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1-11. 図を見る母

 テーブルの上に、紙が置かれている。

 

 コピー用紙。

 

 シャーペン。

 

 丸と線。

 

 矢印。

 

 子供の字。

 

 

 最初は、流し見だった。

 

 また何か思いついたのね。

 

 五歳だもの。

 

 そういう時期だ。

 

 

 そう思って、一枚目を手に取る。

 

 少しだけ、視線が止まる。

 

 二枚目。

 

 三枚目。

 

 矢印の向き。

 

 戻る線。

 

 分岐の位置。

 

 そして、余白。

 

 

 (……これ)

 

 

 専門用語はない。

 

 数式もない。

 

 だが。

 

 間違っていない。

 

 

 魔力入力。

 

 制御。

 

 安定。

 

 再循環。

 

 

 それは、かつて自分が使っていた端末の――

 

「説明されなかった部分」だった。

 

 

 協会の端末は完成品だ。

 

 強い。

 

 安全。

 

 誰でも使える。

 

 

 だから中身は知らされない。

 

 理解する必要がないから。

 

 

 (なのに)

 

 

 この図は違う。

 

 なぜそうなっているか、から描かれている。

 

 

 五歳の字で。

 

 五歳の言葉で。

 

 

 それなのに、発想が――

 

 (……技術者側)

 

 

 背中が、すっと冷える。

 

 

 これは、見たものを真似した線ではない。

 

 思いつきの落書きでもない。

 

 

 理解して、

 

 分解して、

 

 もう一度組み直そうとしている線だ。

 

 

 しかも。

 

 

 魔力を力として扱っていない。

 

 

 流れ。

 

 損失。

 

 制御。

 

 

 まるで最初から――

 

 暴走するものだと知っているかのように。

 

 

 (この子……)

 

 

 問いかけが、喉元まで上がる。

 

 どうして分かったの。

 

 誰に教わったの。

 

 どこまで見えているの。

 

 

 だが、飲み込む。

 

 

 聞けば、答えが返ってくる。

 

 そしてきっと、その答えは理解できてしまう。

 

 

 それが、少し怖かった。

 

 

 だから紙を置く。

 

 「しまっておきなさい」

 

 

 声はいつも通り。

 

 感情は乗せない。

 

 

 それでいい。

 

 

 今は、何も言わない方がいい。

 

 

 この子はもう――

 

 教えられて伸びる段階を、静かに越え始めている。

 

 

 (……あとは、結果を見るだけ)

 

 

 テーブルを片付けながら、思う。

 

 道場を選んだのは、やっぱり間違っていなかった。

 

 

 力だけが先に育つ子は、折れる。

 

 だが綾芽は違う。

 

 

 土台から積み上げている。

 

 

 それが分かる。

 

 

 そして、もう一つ。

 

 

 この子は、自分が異常だと理解している。

 

 だから隠す。

 

 だから急がない。

 

 

 その慎重さに、わずかに息を吐く。

 

 

 ふと、もう一度だけ紙を見る。

 

 

 いつかこれは、ただの落書きではなくなる。

 

 

 誰かを守るための。

 

 命を預けられる装置の。

 

 最初の設計図になる。

 

 

 そう確信してしまった自分を、

 

 母親として。

 

 そして、かつて戦場に立っていた者として。

 

 

 ほんの少しだけ、誇らしく思った。

 

 

 母親は紙を揃え、引き出しにしまう。

 

 鍵はかけない。

 

 だが、場所だけは覚えておく。

 

 

 もし世界がこの子を必要とする日が来たなら。

 

 

 その時、自分はきっと――

 

 誰より先に前に立つ。

 

 

 守るために。

 

 

 静かに灯りを落としながら、思う。

 

 (……とんでもない子を産んだものね)

 

 

 けれど次の瞬間、わずかに微笑む。

 

 (でも、それが綾芽だ)


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