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1-10. 魔法少女端末の原型

 夜。

 

 部屋の隅で、綾芽は床に座っていた。

 

 昼に分解して戻した目覚まし時計は、もう視界に入っていない。

 

 構造も、動く理由も、だいたい理解した。

 

 今、頭の中を占めているのは――使い道だった。

 

 

 (魔法少女ってさ)

 

 ニュースの映像が、静かに再生される。

 

 出動要請。

 

 位置確認。

 

 魔力の残量。

 

 どれも、人が声で伝え、目で探し、経験で判断している。

 

 (……無駄、多くない?)

 

 言葉にはならない。

 

 図にもならない。

 

 ただ、小さな引っかかりだけが残る。

 

 

 綾芽は床に指で円を描いた。

 

 意味のない円。

 

 そこに線を足し、点を置き、矢印を引く。

 

 

 (魔力は、ある)

 

 (情報も、ある)

 

 魔法は出力。

 

 身体は媒介。

 

 なら――

 

 (……繋ぐもの、いるよな)

 

 

 まだ「端末」という言葉は浮かばない。

 

 通信という概念も、輪郭が曖昧だ。

 

 それでも。

 

 ・誰がどこにいるか

 ・誰が危ないか

 ・魔力がどれくらい残っているか

 

 それが一目で分かったなら。

 

 (……判断、速くなる)

 

 

 そこで思考を止める。

 

 作らない。

 

 踏み込まない。

 

 分かっている。

 

 今はまだ無理だ。

 

 知識も、材料も、許可も足りない。

 

 

 ただ――

 

 必要になる未来だけが、はっきり見えた。

 

 

 キッチンの奥から、母親がその様子を見ていた。

 

 床には何もない。

 

 道具も、図面もない。

 

 なのに、あの子の思考は確実に「次」へ進んでいる。

 

 (……もう、そこまで行くの)

 

 

 驚きはしない。

 

 ただ、静かに受け止める。

 

 作らないのが偉い。

 

 言わないのが賢い。

 

 

 母親は視線を外し、棚の下段を見る。

 

 そこには、昔使っていた古い通信端末。

 

 

 まだ早い。

 

 でも、捨てもしない。

 

 

 数日後。夕方。

 

 道場から帰り、シャワーを浴びたあと。

 

 綾芽はリビングの床で積み木を並べていた。

 

 五歳児のカモフラージュは、もはや習慣だ。

 

 

 カチャ。

 

 テーブルの端に、何かが置かれる音。

 

 

 振り向くと、黒い板。

 

 古いスマートフォンだった。

 

 画面には細かい擦り傷。

 

 ケースは外されている。

 

 

 母親は何も言わない。

 

 目も合わせない。

 

 ただ夕飯の準備を続けている。

 

 

 (……置いたな)

 

 説明もない。

 

 許可もない。

 

 だが――止められてもいない。

 

 

 綾芽は一度だけ積み木を合わせてから立ち上がった。

 

 スマホを持つ。

 

 重さ。

 

 質感。

 

 重心。

 

 (ちょうどいい)

 

 

 ソファの前にタオルを敷く。

 

 爪は使わない。

 

 細いプラスチック片を差し込み、順番通りに外していく。

 

 パチ。

 

 パチ、パチ。

 

 背面カバーが外れる。

 

 基板が現れる。

 

 (……素直な配置)

 

 

 分解は速くない。

 

 だが、一切迷わない。

 

 途中、わざと首を傾げる。

 

 五歳の思考速度に、自分を落とす。

 

 それでも手は止まらない。

 

 

 確認し、覚え、逆順で戻す。

 

 分解より、少し丁寧に。

 

 

 元通り。

 

 外見だけなら、触っていないのと変わらない。

 

 

 スマホを元の位置に戻し、何事もなかった顔で積み木に戻る。

 

 

 その瞬間。

 

 母親が初めてこちらを見た。

 

 スマホ。

 

 綾芽の手。

 

 それだけを確認する。

 

 

 何も言わない。

 

 だが――理解している。

 

 

 母親は包丁を置き、綾芽の頭を軽く撫でた。

 

 「……手、洗ってきなさい」

 

 

 ただ、それだけ。

 

 

 (次、行けるな)

 

 

 その夜。

 

 リビングのテーブルに白い紙を広げる。

 

 シャーペン一本。

 

 

 まずは形。

 

 四角。

 

 丸。

 

 線。

 

 矢印。

 

 

 □ 本体

 □ 魔力

 □ 変換

 □ 制御

 □ 表示

 □ 通信

 

 回路図ではない。

 

 設計思想。

 

 

 魔力は電気じゃない。

 

 だが、流れは似ている。

 

 入力。

 

 ロス。

 

 暴走。

 

 

 だから必要なのは――

 

 (とめる)

 

 (もどす)

 

 (ととのえる)

 

 

 専門用語は書かない。

 

 五歳の字で十分だった。

 

 

 次の紙。

 

 画面のイメージ。

 

 ・つかれ

 ・あぶない

 ・まだいける

 

 丸と線だけの表示。

 

 それでいい。

 

 

 「なに、それ」

 

 気づくと、母親が立っていた。

 

 「魔法少女の端末」

 

 「……おもちゃ?」

 

 「ううん。設計」

 

 

 紙を差し出す。

 

 母親は受け取り、目を落とした。

 

 

 最初は流し見。

 

 次に、視線が止まる。

 

 最後に――

 

 ほんのわずか、呼吸が浅くなる。

 

 

 質問はしない。

 

 紙を戻し、一言だけ。

 

 「しまっておきなさい」

 

 

 否定ではない。

 

 許可でもない。

 

 守れ、という意味だ。

 

 

 (よし)

 

 綾芽は紙を揃え、引き出しにしまう。

 

 

 今日はここまで。

 

 作らない。

 

 だが――もう始まっている。

 

 

 魔法少女端末は、まだ名前も形も持たない。

 

 

 ただ一つ。

 

 原型だけが、静かに揃い始めていた。


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