006.『続きを沈めた笑い声』
バスローブだけ羽織ってリビングへ戻った。
冷たい床は体温を容赦なく奪っていく。髪は乾かす気分じゃなかった。
暗いリビングはさっきよりも月明かりが差し込んで、家具の輪郭をぼんやりと映し出していた。
デスクの上のラップトップを見つけた。
そうか。頭で考えるから逡巡してしまうんだ。ならば、書き起こせばいい。
何年も使っていなかったWordをクリックして白紙のページに向き合う。
私は私の解剖結果をここにしたためる。何かどこかに救いを求めて。けれど分かっている。救いは、たぶん出ない。
あれは大学一年生の時だ。
サークルにも部活にも所属しなかったが、講義を受けているうちに仲の良いメンバーができた。
その中で私は「ちょっと抜けているお世話をしてあげないといけない子」になぜだか位置づけられた。
私はそれに耐えられなかった。今までの人生でそんな扱いを受けて来なかったからだ。
普通に道を歩いていても、手を引かれて危なっかしいなぁと小言を言われる。
学食でトレーを先に受け取って席に座っていたら、後から来たメンバーにお前こっちだぞと言われる。
私はそれらへの反応をどうすれば良いのか分からなかった。
だから、笑うことにした。
少し冗談も言っていた気がするが内容は覚えていない。
覚えているのは、言い終えた後みんなが「そうそう」と納得するように空気が解けていく感覚だけだ。
そこから私はそういう係に任命されたみたいだ。みんなの仲が悪い時、期待するかのように誰かに袖を引かれる。
その重苦しい空気を破るように冗談で笑わせた。
最初こそ乾いた空気が漂っていたが、少しずつ本物になっていった。
笑ってくれる。
それを見て私も安心する。役割を果たせたと。
みんな、泣いてなければ怒ってもない。場の雰囲気は壊れていない。
だから私は上手くやれていた。
後から思う。
あの仲の悪い「重苦しい雰囲気」は誰かが勇気をだして一言告げるために必要な時間だったのではないかと。
相談でも愚痴でも弱音でもなく、続きを言うための入口だったのではないかと。
私はその入口に容赦なく蓋をした。
自分を偽ってまでしたことは、役に立ってなかったのかもしれない。
でも、役に立った「ふり」だけは、私の中に残った。
解剖メモ:笑いで場を救う代わりに、続きを沈める。




