004.『父を黙らせた夜』
重く冷たくなった服を脱ぎ捨て洗濯機に投げ入れる。
布とは思えない鈍く激しい音が脱衣所に響く。
シャワーで冷えた身体を温めるためにお湯に浸かることにした。
帰宅後すぐに入れたそれは過去の記憶を巡っている間に生ぬるくなってしまっていた。
表面がほんのり温まるが、芯までは温もり切らない。
ぬるいお湯で少しでも暖を取るため顎先が湯船に当たるまで身を屈めた。
また1つ思い出した。
あの日もこんな風にお湯に浸かっていたのだ。
あれは私が中学二年生のころ。
私の父は中学校の教員をしていた。中学といっても父のいる学校では無いもう1つの学校に私は通っていた。
父は体育教員で生活指導員でもあった。
その当時ヤンキーと言える生徒が何人か問題を起こしていた。
そんな中の生活指導員はストレスと重圧で耐えられるものではなかったのだろう。
夜、帰宅した父が私たち家族に当たりはじめた。
あまりにも理不尽。
怒り始めた理由は「母が反論した」だとか「妹が勉強できない」とか「私が生意気だ」とかそういう些細なものだったと思う。
だから私は言ってやった。
「そんな理不尽に怒る人が生活指導なんてできるの? もっと冷静にならないと人は納得しないよ」
って。
父はそれでも当たり散らかした。男1人、女3人、その家族のバランスも父を追い詰めたのだろう。
手を出すことはなかった。ただただ程度の低い罵りと物に当たることをする。
何度目かの正論をぶつけてようやく父は風呂場へと消えていった。
私たち3人は顔を見合せ肩を落とした。別に父の癇癪は今に始まったことではない。ただ、理不尽さが年を追う毎にエスカレートしていた。
それからも何度かそんな夜があった。
母や妹が言い返さない代わりに私が正論を振りかざした。
父はいつものように苦虫を噛み潰したような顔で物にあたって風呂場へ向かう。
私は勝った。母や妹を守ったのだ。
父は何も言い返さなかった。
でも、今ならわかる。それは理解したからではない。
言葉を続ける体力が、残っていなかっただけだ。
あの夜、私は父を黙らせた。
それ以来、
誰かが感情的になるたび、
私は同じやり方で場を静めてきた。
正しかったはずだ。
少なくとも、その場は収まったのだから。
解剖メモ:沈黙を納得に変換する癖がある。




