あらすじ
私は、自分が何を感じているのか分からない。
分からないまま、ここまで来てしまった。
途中で立ち止まる理由も、引き返す言葉も見つからないまま。
嫌だったのか、怖かったのか。
嬉しかったのか、欲しかったのか。
どれも違う気がする。
けれど、どれでもないと言い切るには、
あまりにも手触りが残りすぎている。
胸の奥に沈んでいるのは、
感情と呼ぶには輪郭が崩れていて、
記憶と呼ぶには生々しすぎる、
説明されるのを拒み続けてきた「なにか」だ。
私はそれを、見ないふりをして生きてきた。
名前が付けられないものは、
存在しないのと同じだと思い込もうとした。
でも、
言葉にしなかった感情は、消えなかった。
沈殿して、腐って、
思考の隙間に入り込み、
いつの間にか私の判断そのものに粘りついている。
なぜあのとき、あんな言い方をしたのか。
なぜあの人を切り捨てたのか。
なぜ、戻らなかったのか。
理由を探そうとするたび、
感情は整理されるどころか、
さらにぐちゃぐちゃに絡まり、
私の中で居場所を広げていく。
これは、感情を理解するための話ではない。
理解しなかった感情が、
どんなふうに私の内側を侵食し、
いつから私自身と区別がつかなくなっていったのかを、
あとから切り開いて確かめるための記録だ。
解剖して分かったのは、
感情は、名前を与えなかった瞬間から、
もう私の味方ではなくなっていた、
――それだけだった。




