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バス停で飲み会が始まりました。

作者: 白いスミレ
掲載日:2026/02/18

この作品は短編です。人気がれば、連載版を書きたいと思います!

退社する寸前に仕事を回すのは、パワハラで訴えていいか考えながら歩いていた。


今日は暑かった。


7月ならば当然であろう。しかし、私は突如、歩いて帰りたくなった。唐突にだ、私の家は徒歩20分くらいなので、歩いて帰れる。


私はスーパーで買った惣菜が入った袋を握りしめ、今日の晩酌をイメージしていた。


唐揚げ、餃子、寿司、


今日は金曜日、しかも月末だ。


私はウキウキした様子で帰っていた。


家までもうすぐのところで、声が聞こえた。


私の家の近くには、バス停があるのだがそこからしているようだ。


酔っ払いなら面倒だし、無視しよう。


 そう思って通り過ぎようとした瞬間。


「そこのおにいさああああああああああああああんッ!!」


 夜の住宅街に響き渡る大声。


 反射的に肩が跳ねた。


「ちょっとぉぉぉぉぉ!! 付き合ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 完全に出来上がっている。


 片手にハイボール、もう片手に唐揚げ棒を振り回しながら、こちらを指差している。


 関わりたくない。


 悟は足早に通り過ぎようとした。


「無視しないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 絶叫。


 次の瞬間、足首をがっちり掴まれた。


「ちょ、ちょっと……!」


「なんでぇぇぇぇぇぇぇ!! 冷たぁぁぁぁぁい!!」


 彼女の声はほぼクラクション並みだ。


 まずい。近所迷惑だ。


「困りますって、本当に……!」


 そう言った瞬間。


「うわあああああああああああああああああああああんッ!!」


 号泣。


 しゃくり上げるどころではない。


 全力の大号泣だ。


 肩を震わせ、顔をぐしゃぐしゃにしながら、足を掴んだまま泣いている。


「なんでぇぇぇぇぇ……ひどいぃぃぃぃぃぃ……!」


 これはまずい。


 足を掴まれている女性。

 それを振りほどこうとしている男。


 どう見ても、悪者はこっちだ。


「はぁ……どうしたんですか?」


すると彼女は、自分が座っている席の横をバシバシと叩いた。

私は、気怠く感じながらも、そこに座った。


「っ……ふ……っ」


少し落ち着いたのか、泣く声が小さくなった。

彼女はぽつぽつと喋りだした。


「実は……私、教師志望なんです。でも、全部の大学に落ちちゃって……もう自分の将来を考えるのが嫌いになっちゃって。もう3浪してるんです。3浪ですよ?同級生は楽しそうなキャンパスライフを送って自分はずっと勉強……もう嫌になっちゃって」


彼女はさっきとは打って変わり、絶望した顔をしていた。

私は、咄嗟に声をかけた。


「君は、なぜ教師になろうとしたんだい?」


彼女は一瞬、驚いたようにこちらを見た。


 そして、少しだけ視線を落とした。


「……小学校のときの担任が、すごく好きだったんです」


 ぽつり、と。


「私、いじめられてて。そんなに大きなことじゃなかったけど、毎日ちょっとずつ、削られる感じで」


 さっきまで騒いでいた人間とは思えない、静かな声だった。


「でも先生だけは、気づいてくれたんです。何も言わなかったけど、毎日、私の机に一言メモが置いてあって。『今日はよく発表できたね』とか、『その笑顔、いいね』とか」


 彼女は鼻をすすった。


「それで、救われたんです。だから今度は、私がそういう先生になりたいって……思ったんです」


 街灯の光が、彼女の涙を反射していた。


 なるほどな、と思った。


「いい理由じゃないですか」


 私は言った。


「でも……3浪ですよ?向いてないんじゃないかって、ずっと思ってて……」


「向いてない人は、そんな理由で目指さない」


 彼女が顔を上げる。


「楽な道を選びたいなら、とっくに諦めてる。3年も続けたってことは、それだけ本気なんでしょう」


 自分で言いながら、少しだけ胸が痛んだ。


 退社寸前に仕事を投げてくる上司のことを思い出す。


「俺なんて、やりたい仕事でもないのに、なんとなく続けてるだけです。君のほうがよっぽど立派だ」


 彼女は、じっとこちらを見ていた。


「……ほんと?」


「ええ。少なくとも、泣くくらい本気なら、向いてないわけがない」


 そのときだった。


 彼女のバッグの中から、スマートフォンの着信音が鳴った。


「……え」


 彼女は慌てて取り出す。


 画面を見た瞬間、固まった。


「大学……?」


 震える指で通話ボタンを押す。


「も、もしもし……はい……はい……え?」


 沈黙。


 数秒がやけに長い。


 彼女の目が、ゆっくりと見開かれていく。


「……補欠合格、ですか?」


 今度は、言葉を失ったのは私のほうだった。


「は、はい……はいっ……行きます!行きます!ありがとうございます……っ」


 通話が切れる。


 彼女は数秒間、動かなかった。


 そして――


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 今度は、さっきとは違う泣き声だった。


 勢いよく、私に抱きついてきた。


「ちょ、ちょっと」


「受かった……! 受かったぁ……!」


 バス停のベンチで、号泣する未来の教師志望者。


 通報される確率、再び急上昇。


 しかし、私は少しだけ笑っていた。


「ほら、向いてないわけないって言ったでしょう」


 彼女は涙だらけの顔で笑った。


「……おにいさんのおかげです」


「いや、俺は何も」


「約束してください」


「何を?」


「私が先生になったら、最初の報告、ここでします」


 バス停のベンチを指差す。


「……ここで?」


「ここで!」


 私は少し考え、


「じゃあそのときは、俺の奢りで」


 彼女は、ぐしゃぐしゃの顔で笑った。


 金曜の夜風が、少しだけ涼しく感じた。


 ――スーパーの惣菜は、たぶんもう冷めてる。


 でも悪くない夜だ、と私は思った。

また読みたい!!続きが気になる!って人はこれからもぜひ応援してください

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