《武装の魔法少女》
奴は弓を片手に後ろへと飛び下がる。
俺はそのまま真正面に走り、瓦礫から飛び降りた奴へと向かって手を伸ばす。
だが奴は後ろはと下がりながら、矢を数本何処からともなく取り出すと、弓に番えて上へと向けた。
何を──と思ったのも束の間。
奴はその矢を天井へと向けて射出、魔法少女の能力によって撃ち放たれた矢は屋上を貫き、何処かへと飛んでいってしまった。
ならば。と、矢を無視して俺は突き進み、立ち止まり弓を投げ捨て、剣を片手に構えた奴へと向かう。
放たれた剣戟を一度、二度、三度と回避しながら、斜め下から奴の懐に潜り込み、顎から上に向けた一撃をぶち込む。
「ぐッ──!?」
奴は少し仰け反りながらも、いつの間にか左手に握られていた銃をこちらに向け撃とうとした。
が、俺は思考を加速し、放たれる前に掌底で左手を突き上げ、弾丸の軌道を逸らしながら、反対の手で奴の腹に向けて押し込み突き飛ばす。
少し体勢を崩して『く』の字になりながら、よろよろと後ろへ下がる奴に向けて俺は地面を蹴って飛び出すと、奴は腕を乱暴に振るい俺から無理矢理距離を取ろうとする。
しかし俺が上半身を後ろへ反らしたことにより、奴の腕は俺の鼻先を掠めるだけに留まり、逆に上半身を起こした俺が奴の顔面に一撃を叩き込む。
右ストレート、クリティカルヒット──!
まともに俺の攻撃一撃を食らった奴は、壁際まで吹っ飛んで行く。
「……なんだ、この違和感」
立ち上がり狼狽えながらフラフラとする奴に、俺は強烈な違和感を抱く。
なんと言ったらいいのだろうか……奴の懐に潜り込んだ時、今日初めて戦いに挑んだはずの俺の攻撃が全て効いていたのだ。
と言うより、防御しきれていなかった。
不得意というわけではなさそうで、どちらかという不慣れな──
もしかして──アイツは対人戦をしたことがない?
魔法少女というのはそもそも世界の平和を守るため、悪の組織や週に一度現れる怪物を倒す存在だ。
まぁ、エリカの力によって悪の組織とは茶番ごっこになったし、怪物も世界の脅威ではなくなってしまったわけだが。
……ともかく。
全てはエリカによって統治されたが故に、他の魔法少女と戦闘を行うことがなく、対人戦をしたことがないのでは──と、俺は考えた。
ただの予想でしかないが……要するに五分五分。
「……勝機はなくもない、ってとこか」
俺は息を吸って吐いて.軽く姿勢を整えながら体勢を立て直そうとする奴に視線を向ける。
奴はゆらりと揺れながら、懐から何かを一つ取り出す。
アレは……『栞』だろうか。
「しょう、がない、ですね。簡単に、使うなと、言われているのですが」
「お前……一体、何を──」
突然、奴は栞の先を胸元に当てると、まるで沼にでも落とすかのように栞がその身体に飲み込まれていく。
そして突然、脱力したかのように上半身から力が抜ける。
俺が警戒を向けたまま構えていると、奴は小さく呟いた──
「エリカ様。私に、力を」
その瞬間、俺の目の前からやつの姿が消失する。
否──消失したのではない。
「『思超考過』ッ!」
咄嗟に発動した思考加速により俺の目は捉えていた、やつの動きを。
奴は凄まじい速度で飛び上がると、天井に張り付いて蹴り飛ぶ。
まるで撹乱させるかのように、あっちこっちへ縦横無尽に飛び回る。
思考の加速を繰り返しているが、もう既に奴を視界に捉えることはできずにいた。
だから──
「なッ──!?」
言葉一つ発することない奴の拳が、真正面から顔面に突き刺さる……が、その寸前に、なんとか腕を突きだしたことで、攻撃を防ぎ、殴り飛ばされた俺は奴との間に距離が生まれる。
だが着地した奴はすかさず、両手に無数のナイフを生み出しては、俺の脳天に向けて投擲を繰り返す。
俺はその攻撃から逃れるべく、真横に流れるように走りだした。
投擲の速度は凄まじく、飛んで滑って、隠れて避けて、なんとか逃げるのに精一杯で、奴に近づくことはできない。
それに合わせて、奴は隙を見ては弓を生み出して強烈な一撃を射出。
強烈な一撃を回避するのに精一杯で、次の一手に間に合わず投擲が頬を掠める。
……積極的に攻めてこないところを見るに、強くなっただけで戦えるわけではなさそうだ。
「ならば、無理にでも近づくだけだッ……!」
俺は走りながら、瓦礫をいくつか拾い上げると、投擲を続ける奴に向けて投げつける。
一瞬の目眩まし。
当然、その程度の妨害では奴の攻撃が止まることはない。
平べったく破損していた瓦礫を拾い上げ、それをブーメランを投げるかのように奴に向けて投げ飛ばす。
これで視界を防ぐ──!
と、その狙いは簡単に打ち砕かれることに。
何処からともなく、奴は二本の剣を手にして、その瓦礫を真っ二つにしてしまった。
バツ印に切られた瓦礫の断面は滑らかで、どれだけの鋭さで切られたのかを語っていた。
そこで俺は気づいた。
奴の姿がほんの少し歪に変化していることに。
栞を差し込んだ先から胸元が黒く変化しており、両手の先はまるで腐ったかのように黒く染まっている。
魔法少女……とはもう呼び難い状態だな。
「あの栞の影響か……?」
俺が奴を見ていると、奴は両手に剣を握ったまま、突然苦しそうにうめきながら、フラフラと横に揺れ出す。
「ぅ、グっ──、こ、ころ、す……、いや、と、とめ、止める、……と、とめ、止める? と、止、留、停……止め、て、どう、する──?」
「な、なんだ、急に何が──!?」
あまりにも異質な状況に、俺の動きは止まってしまう。
だが奴は止まらず、更にぶつぶつと何かを言い続けては、両手に握った剣を振り回し始めた。
「容量、オーバー、だ」
「影!? おい、アレはなんだ!?」
何処からともなく聞こえてきた影の声に、俺は思わず聞き叫ぶ。
だが影は冷徹に、淡々と、俺の耳元で告げる。
「来るぞ、アレは、もう。人間、魔法、少女、どちらでも、ない」
そう言われて目の前に視線を向けた時、もう既にそこに奴はいなかった。
何処に──と、一瞬考えた後、上に視線を向けるとそれはいた。
黒く濁ったような肉体に、手足の先を剣の切っ先に変化させた、もはや『人』とは呼べない何かが。
奴は天井に足を突き刺してぶら下がり、何処にあるともわからない目でこちらを捉えていた。
「ふざけんなよッ……エリカァーーーッッ!」
その手を前に伸ばしながら飛び出してくる奴に、俺は叫びながらも構えるのだった。




