「俺は一体、どうなっているんだ」
剣が俺の頬を掠め、俺の拳が奴の鼻先を掠める。
ほぼ同時に繰り出された攻撃は行く当てもなく空を切った。
そこに、俺は更に一歩前進して懐へと踏み込む。
剣は刀身が長く相手との距離を取った攻撃はできるが、その持ち手から懐で振り回すのは不得意……と、読み取り、それならばと踏み込んでいった。
だがその企みは一瞬で打ち砕かれる。
「なにッ……!?」
奴は剣を手放したかと思うと、何処からともなく取り出していたナイフを右手に、俺の背中めがけて振り下ろそうとしていた。
咄嗟に左手で奴の体を無理やり押すと、お互い離れるような形で後ろへと押し飛ぶ。
「……やっぱり。なんとなくそうだとは思っていたが……そうか、それが能力か」
「…………」
「武器を生み出す……『武装化』とでも名づけたほうがいいか?」
目の前の魔法少女は何も答えはしない。
しないが──ゆっくりと構える奴の動きに、鈍りが見えたところから、どうも正解っぽいようだ。
……能力は分かったが、依然不利なことには変わりない。
ならば一旦……!
「こっちに……来てみろッ!」
俺は地面を蹴って走り出す。
その足はもはや人とは思えない速度であった。
だが無我夢中な今、それに気づく俺ではなく。
とにかく奴を撹乱すべく走り出す。
身体が軽い。
上へ、下へ、右へ左へ。
縦横無尽に動きたいと思った方向に、方法で、思ったように身体が動く。
まるで全ての制限から解除されたかのようだ。
「本当にどうなっちまったんだ、俺は……!」
後ろから追ってくる音が聞こえる。
だがその足音も人のいない廃ビルの中へと分散して、だんだんと曖昧な足音となっていく。
それは俺の足音も同然だった。
「……これで一旦時間は稼げるだろ。この間に俺は──」
ふと、足を止めた。
それは放置された一枚の大きな鏡が目に入ったからだ。
別の鏡の大きさに感心していたわけではない。
薄汚れていた鏡に対して違和感を抱いたわけでもない。
俺が足を止めたのは、その鏡に映る姿に驚嘆したからである。
「ッ!? ……予想してたとは言え、流石にこれは……」
エリカの力によって無理がまかり通る世界になったとはいえ、流石にこうなるのは予想外であったが故に、俺は硬直して鏡を見つめる。
──そこに映っていたのは俺の姿ではなかった。
綺羅びやかに輝く銀色の髪、整った可憐な顔立ち。
そして、光すらも通さないかのように黒く染まったゴシック調の軍服。
そこに映っていたのは、紛れもなく『魔法少女』の姿であった。
つまり──
あの懐中時計を使ったあの瞬間から、俺は魔法少女へと変身してしまっていたようだ。
その姿、一言で言えば『可憐』、二言目に付けるならば『美貌』。
エリカにも引けを取らない愛らしさと美しさに、俺は思わず今さっきまで戦っていたと言う事実も忘れてた立ち尽くしていた。
……なんか自画自賛みたいだな。
と言う余計な思考に思わず現実へと引き戻される。
「っと、見惚れてる場合じゃなかった……!」
鏡から目を離して新たな姿で走り出そうとした。
だが突如、上の階から轟音が響き渡る。
「な、なんだ……?」
何事かと視線を上に向けた──すると、ビキッ、という何かにヒビが入るような音が耳に届く。
直後、俺の見ていた天井に大きなヒビが一つ、二つと生まれ、後退りする間もなく轟音とともに天井が大きく割れる。
「嘘だろ!? マジかよ……ッ!!」
やばい──それはわかっていた。
だが、思考が身体に追いつかない。
見て分かっているのだが、身体が制御権を失ったかのように硬直して動かない。
頭に浮かんだ来たのは『死』というたった一文字の言葉だけだった。
「『思超考過』」
耳元で影の声が響く。
身体が鈍る、思考が冴える、景色が揺らぐ──
気づけば俺の身体は全く動かず、そして周囲の景色も停止……いや、まるで停止したかのように見えるほど極端に遅くなっていた。
俺はこの現象について、一旦何一つ考えずに思考を目の前の光景からの逃亡に移す。
即ち、いつでも逃げ出す姿勢へ移れるように体を動かす、という思考へのシフトだ。
その瞬間、周囲の時間が徐々に動き出す。
それにつれて俺の身体も時間を取り戻し、完全に走り飛ぶと同時に瓦礫が俺のいた場所へ積み上がる。
なんとか魔法少女の脚力で危機を脱した俺は、瓦礫の山を見ながら呟く。
「なんだ、これ……」
俺の疑問に答えのはまたもや耳元で聞こえる影の声だった。
「与えた、能力……だ。覚醒、しきっては、いない、がな」
「能力? さっきの『思超考過』ってやつか?」
「そう、だ。お前の意思と、能力の『宣言』により、発動、する。上手く……使え……」
そう言うと影は沈黙してしまった。
あれが俺の能力。
能力の中身としては思考の超加速とでも言うべきだろうか。
派手さに欠けるし、奴の能力のような持続した戦闘に向きそうにないが──
「悪くない」
使い道は幾らでもありそうな能力だ。
少なくとも考える時間を生み出すことにできる。
能力が判明した今、なんとか戦えるか──その思考が纏まる前に瓦礫の上に影が一つ折り立つ。
「逃げるのは無駄です」
「ッ! ……どうやって追ってきやがった」
「片っ端から、探しました」
どうやら建物内のありとあらゆる場所を破壊して回ったらしい。
非常に乱暴と言うか、なんというか。
俺が奴を見据えながら構えると、奴は目を鋭く細めた後に呟く。
「……最終忠告とします。今、『魔換変機』を渡せば、このまま見逃します」
『魔換変機』……恐らく、あの懐中時計──つまり魔法少女に変身するための道具のことだろうか。
今はまだ……渡すわけには行かない。
あの影の目的も、何もわからないのに。
「悪いが、また明日来てくれないか。そしたら──」
ドンッ、という音が俺の左後ろで響く。
否──見えなかったが、何かが横を掠めた結果、俺の後ろに着弾したのだ。
気づけば奴の手には弓が握られていた。
「交渉、不成立、ですね」
「……融通、利かねぇなァッ!!」
俺が声を荒げながら走り出すと、目の前の魔法少女は弓を手にこちらを睨むのだった。




