《開戦》
光が晴れた時、その場所にいたのは黄色の髪を持つ魔法少女たった一人だった。
気配も音もなく消えた少年、ユウキに対し困惑の色を見せつつも冷静に、冷徹に周囲へと視線を向ける名も無き魔法少女。
斬撃のよって生まれた砂埃の中を探すべく、一歩踏み出した──その時だった。
なんの音も、前兆もなく、瞬き一つしたその先に拳があった。
あまりにも突然のことに、機械的となった彼女ですら反応できず、その拳が顔へとめり込む。
強烈かつ、重い一撃に、魔法少女は後退りすような暇すらなく、その体を宙に浮かせて吹っ飛んで行く。
凄まじい音を立て壁を突き破り、抵抗一つ出来ずに隣のフロアへ。
すぐさま姿勢を立て直すも、顔を上げた時には同じフロアへ入ってくる一つの影が見えただけ。
「……敵意を確認」
小さくそう呟いた後、手に握っていたナイフを二回、三回と乱暴に振り回す。
風が巻き起こるとともに周囲へと斬撃が散らされる、砂埃は一斉に吹き飛んでいくが影の正体は掴めず。
と、言うよりもそのフロアに誰もいなかった。
──否。
その少女には認識できていなかったのだ。
突然、何の前触れもなく一際大きな音が天井から響く。
上を見上げた瞬間、迫ってきていたのは──拳であった。
先程、顔面に一撃加えた拳と同じもの、彼女がそう認識した時には既に手遅れであり、重い一撃が左頬へと叩きつけられる。
体のバランスを崩し、重い一撃に体全体が地面へと沈む。
そんな状態からでも斬り殺しにかかるべく、その手に握ったナイフを振るうが、もはや場を掌握しているのは彼女ではなかった。
──下から体の中心にめがけ、アッパー仕掛けていた影が、正体不明の何かが、既にその場を支配していた。
鋭いアッパーが超低空姿勢から放たれ、身体がくの字へと折れ曲がる。
顔は上を向いていた、故に背面からのアッパーである。
骨が数本イカれる音と共に、本来は曲がるはずのない角度へと曲がっていく身体。
全身──もはや本能が。
彼女のもはや持ち得ぬ全てが、たった一つの警告を出していた。
目の前の存在を殺せ、と。
「ッッ──!!!」
折れ曲がった身体で尚、下にいる影へと向けて一撃を放つべく、その身体を捻って視線と、身体を下へ。
声一つ挙げはしないがその顔は悲痛のものであった。
「冗談だろ!? 戦闘不能にしたつもりだぞ!?」
だが一撃を加える前に影は鋭く、かつ素早く動くと彼女から距離を取り、舞い散る砂埃と物陰の中へと姿を隠した。
その瞬間、彼女は直感する。
今の動き、今の素早さ、それは間違いなく魔法少女のものであることを。
そして違和感。
──少年であるはずの声が、まるで可憐な少女のような声であることに。
「魔法少女の体ってどうなってんだよ……」
声がすると、すかさず数本のナイフを、声が聞こえた方向への投擲。
当たった──意思無き彼女がそう確信したが、声が一つも聞こえないことに違和感を感じ、両手に新たなナイフを二本生み出し逆手に持つと、周囲への警戒とともに構える。
「──なるほど。それがお前の戦い方か」
後ろから聞こえた声に咄嗟に振り返ると、砂埃から拳を引いて姿を現したのは、銀色の髪を持つ少女の姿だった。
「なッ──」
黄色の魔法少女が、本来持ち得ぬ驚きに声を出しながらも判断は早く、後ろに飛び退けるとその手に握ったナイフを顔面、腹、足と順に投擲。
しかし銀の魔法少女は更に強く踏み込みと、最小かつ最適の動きで投げられた三つのナイフを流れるように回避し、もう一度飛び退けようとした黄色の魔法少女の胸元へと踏み込む。
「吹ッ──飛べぇッ!!」
咄嗟の行動に腕をバツ印に構え、放たれた一撃を真正面から受ける。
だが腕を振り抜くと、すかさず反対の左腕で下からの強烈な一撃──アッパーが撃ち放たれる。
たった今作ったばかりの防御姿勢を大きく崩され、人間としては急所ともいえる腹の中心ががら空きに。
即座に姿勢を立て直そうと体を動かそうとするが、仰け反って宙に浮いた身体では踏ん張ることができず、気づけば踏み込み直した銀の魔法少女の右腕が振り絞られていた。
「うおおおおおおおおッッッ!!!!」
雄叫びにも似た咆哮と共に、その一撃はがら空きの腹へ直撃。
「ぅ、ぐッ──、あ、ぁッ!!?」
まさに痛撃。
痛みに声を上げ、壁際まで吹き飛んでいく、黄色の魔法少女。
それに対し銀の魔法少女は軽く息を切らしながらも姿勢を戻し、真っ直ぐと立ち上がると、深く息を吐いて相手を見据える。
「頼むから見逃してくれ。悪いが……殴り合いはごめんだ」
だが、その言葉は届きはしない。
気づけば細く薄い直剣を片手に、黄色の魔法少女は立ち上がっていた。
「……チッ。殺すまで止まらない、ってか!?」
そうして音もなく、ラウンド2は始まりを告げるのであった。
≡▽△▽≡
極光により視界を潰されたとき、始めに起こったのは思考の一新だった。
いや……『一新』というよりも、研ぎ澄まされた、というべきだろうか。
ともかく。
今まで濁っていたかのような思考がクリアになり、俺は今から何をすればいいのか、どう動けばいいのか、はっきりと理解できるようになった。
だから最初に行ったことは、目の前の魔法少女を止めることだった。
何故か軽くなった今の体ならば、必ずできるという妙な確信に突き動かされるがままに、俺は目の前の魔法少女へと走り出した。
結果として──妙な確信は本物となり、普通の俺では敵わないはずの魔法少女を壁際まで殴り飛ばすことに成功した。
が、それだけでは奴は止まらないようで、剣を片手にこちらを見つめている。
「どうしたもんかなぁ」
何故か妙に低くなった姿勢と、急に柔軟になった体──そしてとても男とは思えない可憐な声を出しながら、俺は相手を見る。
──この時点で嫌な予感がしていたのだが、一先ずそれは考えないことにして、この場を切り抜ける方法だけを考えることに。
今の俺の体ならばまともに戦うことは出来るだろう。
ただし、それは殴り合いでの話だ。
本格的な『戦闘』となると、話は変わってくる。
まず理由として魔法少女には『能力』が存在する。
それは個人差とかいうものではなく、個別に設定された強力な『異能力』と称されるものだ。
例えば。
エリカならば現実改変。
目の前の魔法少女ならば、恐らく武器を生み出す能力。
と言ったように、魔法少女はそれぞれ特殊な能力を持つ。
それを万全に扱う、というのであれば、俺の不利は確実だろう。
「……なんにせよ、やるしかないか」
魔法少女がゆっくりと剣を構える。
そんな彼女に対し俺は姿勢を崩しながらも、奴の動きを見逃すまいと見つめた。
一陣の風により小さな瓦礫が落ちる音が響いたその瞬間、俺と奴は同時に飛び出し攻撃を交わらせるのだった。




