「魔法少女ってなに?」
『魔法少女』
その始まりは──今となってはわからない。
だがその仕組みが完成されていたのは、西暦2000年。
人はその歴史を深く語らない、詳しくは教えない。
だが、こうは言う。
『西暦2000年、魔法少女たちの手によって世界は救われました』と。
果たしてどう救われたのか、なにから救ったのか。
誰も語らないし、教えはしない。
ただ事実として『世界は救われた』のだ。
だから魔法少女はいる……いや、いた。
この言い方から、察しが良ければ気づく人もいるだろう。
そう、魔法少女たちは『いた』んだ。
3年前までは。
何がどうなったのか、どうしてそうなったのか。
そもそも何故、残ったのが『彼女』なのか。
ある日、一人の魔法少女を除いて、全ての魔法少女はその存在を忘れ去られた。
なにか前兆があったわけではない。
大きな理由が存在したわけでもない。
間違いなくそこにいるはずなのに、一人の魔法少女を除いて全て忘れ去られたのだ。
……なら何故、俺がこんなことを語れるのか、って?
その話をする前に、一人の魔法少女の話をさせてほしい。
それは唯一、この狂った世界で忘れられることのなかった魔法少女。
否──その力を以て、この世界から他の魔法少女を忘却させた、最強にして究極の魔法少女。
『エリカ』のことを。
「ユウキ?」
少女の掛け声に俺は目を覚ます。
寝ぼけ眼で周囲に視線を向けるとそこは教室で、生徒の姿はほとんどいなくなっていた。
どうやら授業中に寝てしまったようで、もう既に時間は放課後を迎えてしまったらしい。
……さっきまでものすごい鮮烈な夢を見ていた気がするのだが、どうにも思い出すことができない。
まぁ、夢なんてものは基本そんなものである。
思い出したところで、って話だ。
それよりも、と。
声を掛けてきた少女の方に視線を向ける。
あまりにも派手なピンクの髪に、整い過ぎた容姿。
美少女という枠では語ることはできないであろう彼女──幼馴染のエリカがそこに立っていた。
「……エリカか」
「もー、そんな言い方することないでしょ☆」
派手で長い髪を靡かせて、くるりと回ってポーズをとる。
見慣れた行動にこれと言った感情を抱くことなく、鞄を手に立ち上がる。
窓の外を見ると部活動に勤しむ学生たちの姿、そして──
奥の町中で十数メートルのはあろうかという『怪物』のようなものと戦いを繰り広げる魔法少女達の姿。
見慣れた光景……歪だが、これがいつもの光景だ。
人々はあの光景を認知しない。
あの存在を受け入れないし、魔法少女のことは知らないという。
たった一人を除いて。
「いいのか、エリカ。アレは」
俺は外の景色を指差しながらエリカのほうを見ると、彼女は不思議そうに首を傾げながら俺の顔を覗き込む。
「うーん……嫌なら消すけど?」
「お前なら消せるだろ、簡単に。戦わせる必要が何処にあるんだ」
「だって魔法少女には出番が必要でしょ?☆」
まぁユウキがそう言うなら、とエリカは外の光景を一瞥もすることなく、そっちの方向に向けて手を振り払う。
その瞬間、先ほどまでたしかにそこにあったはずの戦闘の光景は一切の前触れなく消滅してしまった。
先程まで戦っていた魔法少女たちは、ふわふわと少し浮いていた後、バラバラな方向へと解散していった。
「これで完璧☆」
これがエリカ。
片手一つでありとあらゆる事を成し、彼女が一度願えばそれはありとあらゆる過程と条件を無視して成立する。
彼女がこの世界に於ける唯一の魔法少女であり、現実すらも書き換えてしまう、まさに神に等しい存在だ。
「じゃ、帰ろっか☆」
そう、神に等しいから、俺は何もできないし、何もしない。
全てを好き勝手に操る彼女に対し俺は何もできないのだ。
「……あ」
「ん? どうかしたの?」
「やり残したことがあったんだ。悪いが先に帰っててくれ」
ふーん、と言う彼女の目は笑っていない。
いつもこうだ。
一人で行動しようとすれば、彼女は何処にでもついてくる。
酷い時はトイレの中にまで付いてきたことがあった。
執着されている、と言えるのか。
「言ってくれれば、なんでもするよ?」
「言っただろ、俺はその力には頼りたくない、って」
「もー、強情なんだから☆」
とは言え、束縛されているわけではない。
なんせトイレにまで侵入されて以降、流石に一人の時間が欲しいって言って、ずっと付いてくるのを辞めさせている。
「……じゃあまた明日ね?☆」
「ああ、また明日、な」
そうしてエリカと別れた俺は、一人で生徒の疎らな廊下を歩き出す。
三年前まではこんな世界ではなかった。
彼女が願ったから世の中から不健全な存在は抹消し、まるで朝からやっている女児アニメのようなろくでもない世界になってしまった。
例えば『■■■■』と言ったように、それを思考するだけでも規制がかかる。
人の汚い側面は消え失せ、綺麗事がまかり通るようになった。
そこにあるの幸せなんかではない。
ただの狂気だ。
「そう、狂ってやがる。何もかもな」
一人歩く廊下の中、後ろから突然の聞き慣れない男の声に俺は足を止める。
振り返るとそこには──人ではない何かが立っていた。
まるで光を通さない黒を使って塗り潰したような、人の形をした何かがそこに立っていた。
人の形をした何かは福も着ておらず、ゆらゆらと不安定な動きで俺の目の前へと近づく。
あまりにも突然のことに、俺は呆気に取られ逃亡もままならないまま、気づけば黒い何かに腕を掴まれていた。
「な、んッ……!?」
「俺は、お前を探していた。軌条 ユウキ、あの、来宮 エリカの幼馴染で、間違いないな?」
「なんで、俺の名前を……!」
「言った、だろ。探していた、と」
振りほどこうとするが、あまりの力の強さに逃げることは許されそうにない。
狼狽えていると黒い存在は俺の顔に、その黒い顔を近づける。
「お前は、やつの奇跡が効かない。抵抗が、ある。そう、だな?」
「ッ……! 何故、そのことを……」
「時間が、ない。お前が、最後の希望、だ」
「最後の……!? なんなんだ、お前は!?」
「これを、頼むぞ」
と言って胸元に何かを押し付ける。
空いた片手でそれを受けると、黒い影のような存在はその姿を完全に消してしまった。
さっきまでそこにいたはずのそれは、元から存在していなかったかのように跡形もなく。
まるで、エリカの『奇跡』が行使されたかのように。
まるで一瞬の──夢のような出来事。
果たして現実だったのか……その答えは既に手中にあった。
「……なんだ、これ」
かちっ、かちっ、と歯車が噛み合い回る音が辺りに響く。
時を指し示す針が一秒、また一秒と刻む。
その手に握られたもの、黒い影から託されたもの。
──それは古い懐中時計だった。
俺が何故、エリカの現実改変から逃れているのか。
何故、他の魔法少女のことを記憶しているのか。
答えは至極単純だ。
俺には耐性がある。
いや、抗体、とでも言うべきだろうか。
隣で、間近で、常にその力を浴び続けてきたがために、俺はその力に『慣れて』しまっていた。
即ち──
俺は唯一この世界で、彼女の『奇跡』から逃れることの出来る存在なのだ。




