093 犯人は、語り始めた
コートニーは、王城内にある円卓を囲んでいた。
本日は、貴婦人たちが集うティールームの、あの愛らしい円卓ではない。戦略会議でも行われそうな、重厚で威圧感のある本格的な円卓だ。
そこに集うのは、ステア率いる精鋭の捜査チームとコートニー。そして、今回の主役とも言うべきハウエル伯爵マーティンと、サラ。彼女に付き添うように王妃エロイーズとエマが座り、周囲には物々しい空気が停滞している。
(まるで公開裁判のようね。この密閉空間で二酸化炭素濃度が上がれば、人の理性は比例して剥がれ落ちていく。真実を炙り出すには絶好の環境かもしれないけれど……)
コートニーは心で、そんな不謹慎な分析をしていた。
最初に沈黙を破ったのは、ステアだった。
「今日は呼び立ててしまい、すまないな」
「いえ、殿下のお呼びとあらば、いつでも参上いたします」
マーティンは恭しく一礼し、穏やかな微笑みさえ浮かべている。
「それで、本日はどういったご用件でしょうか?」
「うむ。まずは、これを見て欲しいのだ」
ステアの合図で、レナルドが一歩前に進み出た。
彼がテーブルの上に置いたのは、コートニーの母の形見。例の指輪だ。
「これは、いったい……」
マーティンが発した一言で、部屋の緊張感は一気に沸点へと達した。
(しらばくれているのか、それとも本当に無知なのか。サラ夫人は『結婚記念日に夫からもらった』と、はっきり証言した。その事実を、当の夫であるあなたが知らないなんて、論理的な矛盾が発生しているわ)
コートニーは目を細め、マーティンの瞳の揺らぎや呼吸の深さをじっと観察する。
「この指輪に見覚えはないのか?」
ステアの問いに対し、マーティンは指輪をつまみ上げ、しげしげと眺めた。
「見覚えはございません」
彼は、はっきりと断言した。
(表情筋の動きに不自然な硬直は見られない。声のトーンも一定……。嘘をついているようには見えない。でも彼は嘘をついている)
マーティンが指輪を置いた瞬間、コートニーはその指先がわずかに震えたのを見逃さなかった。彼は「知らない」と言いつつも、一瞬だけ指輪の台座の裏を、確認するかのように凝視していた。
「そうか……」
ステアはわずかに落胆滲ませ、小さく息を吐く。
「ただ、奥様のサラ夫人は、結婚記念日に『あなたからこの指輪を贈られた』と証言しているのだが?」
ステアの追及が飛ぶと、マーティンの肩が微かに跳ねた。
コートニーはその瞬間を見逃さない。
(やはり。心拍数が跳ね上がったわね。瞳孔も微かに散大している……。彼は今、凄まじい速度で整合性を書き換えている最中に違いないわ)
「それは、その……」
マーティンは一瞬、喉を詰まらせた。そして、確かめるような視線を隣に座る妻、サラへと向けた。しかし彼女の顔色は変わらない。
諦めの色をまとうマーティンは、肩を落としたまま告げた。
「うっかり……忘れていただけです」
「うっかり、ですか? 愛する妻に、結婚記念日の象徴として贈った品を?」
レナルドの容赦ない追撃が続く。
マーティンはついに、観念したように深く項垂れた。
「……申し訳ございません」
彼は理由を探すように、ほんの一瞬だけ隣のサラへ視線を走らせた。
そして、迷いのない声で答えた。
「これは、私が妻に贈ったものです」
その瞬間、静寂だった部屋に波紋のようなどよめきが走る。
「見覚えがない」と言った直後に「自分が贈った」と答える。
この明らかな矛盾に、列席者たちは顔を見合わせた。
(脳内での情報処理が追い付かずに不具合を起こしたのかしら。これほど露骨な供述の翻転は、彼ほどの知性を持つ人間にしてはあまりに不自然だわ)
コートニーは、動揺する周囲を余所に、冷徹な観察眼でマーティンの横顔を見つめた。
「なるほど……では、先ほど『知らない』とおっしゃったのは、どうしてですか?」
レナルドの低く冷徹な問いかけに、マーティンは苦渋に満ちた表情を浮かべ、言葉を絞り出した。
「それは、その……忘れたかったからです。妻の犯した罪を直視したくなくて、無意識に否定してしまったのかもしれません」
「罪、とは?」
ステアの鋭い一瞥に、マーティンは震える手で顔を覆った。
「殿下、白状いたします。私は以前から妻を……『切り裂き魔』ではないかと疑っておりました」
「なっ……!」
その場に居たいかなる人間も、この急展開を予想していなかった。
エロイーズが息を呑み、エマがサラの肩を抱くように身を寄せる。
「疑っていたとは、どういう意味だ?」
ステアが低く問い返し、マーティンは悲痛な面持ちで語り出す。
「検視担当のドクター・フィリップは私の旧友でしてね。以前、犯人の手口について意見を求められた際、ナイフの入れ方が医療従事者のそれだと分析したのです。……妻は私の助手も務めていた。彼女には十分な知識がある。そして、ジェーンが殺されたと知らされた時、確信したんだ。やはり君だったのだと」
「私が犯人だと、あなたは疑っていらしたの?」
サラは取り乱さなかった。激昂するでも、泣き崩れるでもなく、ただ静かに、凪いだ海のような瞳で夫を見つめて尋ねた。
「ああ、信じたくはなかった。だがサラ、君は私に自分を疑わせるよう、巧妙に誘導していたではないか」
マーティンは疲れ果てた表情を、ステア、そしてコートニーへと向けた。
「私の気に入っていた服や帽子が数着なくなった。さらに、愛用していた解剖用のナイフが一本紛失したのです。そのナイフを使えば、検視報告にあった通りの傷口になる。その上、屋敷の者から『奥様が夜中に出歩いている』と報告を受けた……。これだけの材料が揃えば、夫として疑わざるを得ない」
書斎が凍りついたような静寂に包まれる。 サラの証言が嘘だったこと以上に、彼女が殺人鬼だったという事実に、出席者全員が戦慄していた。
「君の妻が切り裂き魔であるという、決定的な証拠はあるのか?」
ステアの厳しい追及に、マーティンは力なく首を垂れた。
「屋敷にある彼女の部屋を捜索してください。紛失したナイフも服も……そして、拭いきれなかった被害者の血痕も見つかるでしょう」
その言葉が落ちた瞬間、再び激しいどよめきが部屋を支配した。 しかし、コートニーだけは、その騒乱の中で一人、冷徹な違和感を拭えずにいた。
(おかしいわ。サラ夫人の態度は、夫から殺人鬼だと指摘された人間の反応ではない。否定も肯定もしないなんて、まるでこの展開を待っていたかのような冷ややかさだわ)
コートニーは、動揺する人々の中で、ただ一人、冷静な視線をサラに向けていた。




