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捕まるまでが、逃亡です  作者: 月食ぱんな
第七章:契約婚約は、例外だらけ
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056 殺人鬼からの祝辞

 王都を覆っていた不穏な空気が、ある朝を境に、嘘のように一変した。


 きっかけは、一通の手紙だった。


 差出人不明。

 宛先は、王都最大の新聞社、セントラル・ニュース社。


 届いた手紙に書かれていたのは、あまりにも非常識で、背筋が凍るような文面だった。


『親愛なる新聞社の皆様へ、


 私は、あなたがたが知る連続殺人鬼であることは間違いありませんが、私はあなたがたに脅しをかけるつもりでこの手紙を書いているわけではない事をご理解頂きたい。


 むしろ、この手紙を通じて、真の意図をお伝えしたいと願うのだから。


 聞くところによれば、ここ数ヶ月ほど、私と死の駆け引きを楽しんできた、我が国の第二王子ステア殿下が、たいへん美しい伯爵令嬢と婚約を発表したとのこと。


 私はいち国民として、そして、殿下の友人として、この結びつきを祝福し、彼らの幸福を心から願いたい。


 彼らは愛と誠実さをもって結ばれ、この世で最も幸せな日々を過ごすこととなるでしょう。


 なぜなら、私はこの祝福の日々において、一時的に殺人を控えることを決意したのだから。


 我が祖国の慶事に水を差すような、新聞記事が散見されぬように。


 どうか新聞各社の皆さまにおかれましても、私の思いを受け止めて頂きたく思う。


 敬具。


 地獄の審判、通称〈ミッドナイト・テイラー〉』


 手紙が届いた時点では、世間は懐疑的だった。事件を面白がる冷やかしの類が起こした、悪質ないたずらだと誰もが疑っていた。


 残忍な殺人鬼が、自分を追う王子の婚約を祝う。

 その異常な構図は、到底人々の理解の範疇を超えていた。


(……普通に考えれば、ただの悪ふざけよね。でも、もし本物だとしたら、殿下への執着とも思える文面は、不気味なんだけど)


 コートニーは、新聞の隅に載ったそのニュースを見つめ、背筋に走る微かな寒気をこらえた。


 けれど、手紙が届いてから一ヶ月が経ち、事態は無視できない局面を迎えていた。

 表立って、あの残忍な手口で命を奪われた女性が現れなくなったのである。


 もちろん、貧困と暴力が渦巻くイースト地区において、娼婦の死体がゼロになることなどあり得ない。強盗や薬物、あるいは劣悪な環境による病。死の誘惑は、あちこちに転がっているのが現実だ。


 けれど、犯人の署名とも言える「喉を左から右に切る」という鮮やかな手口だけは、ぴたりと止んでいた。


(ミッドナイト・テイラーという怪物が、本当に『お祝い』のために牙を隠したというの?)


 その疑念は、やがて確信へと変わる。


 当局による筆跡鑑定が行われ、驚愕の事実が発覚したのだ。今回届いた手紙の筆跡は、過去に犯人自身が、ステアや新聞社に送ったとされる数通の書状と、完全に一致した。


 これにより、前代未聞の連続殺人鬼が「ステアの婚約を祝い、殺人を控える」という、驚くべき事実は、公然のものとなった。


 そんな中、コートニーは、残忍な殺人鬼が「お祝い」のために牙を隠したという事実を、素直に喜べずにいた。


(……祝福だなんて、虫酸が走るわ。ステア殿下の婚約を、自分の殺人を止めるための『言い訳』に使っているだけじゃないの)


 国民として事件の早期解決を願う気持ちに嘘はない。


 けれど――。


 自分たちの婚約が、殺人鬼の手によって、「殺人を止めるための聖域」のように扱われるのは、不快以外の何物でもなかった。


 何より、国民を欺いているという自覚があるコートニーの胃はキリキリする一方だ。


「……皮肉なものね。一人の殺人鬼を黙らせるために、国中の新聞が私たちの『偽りの愛』を書き立てる事態に陥ってるなんて」


 コートニーは、山積みになった新聞を眺めて溜息をつく。


 まるで切り裂き魔の要望に応えるかのように、紙面は今やステア殿下とコートニーの婚約にまつわる甘い噂で溢れかえっている。かつて死の恐怖を煽っていたインクは、今や無理やり仕立て上げられた慶事の美辞麗句へと形を変えたのだ。


 そして、世間を震わせた切り裂き魔チャックは、あの一通の手紙を最後に、忽然と姿を消したままとなっていた。

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