053 仮面の婚約披露と悪魔な王子の策略2
「まぁ、とてもお似合いの二人ね」
「ご婚約おめでとうございます」
「ステア殿下、コートニー様。どうぞお幸せに」
二人のダンスを見た、来賓たちが口々に祝いの言葉を口にする。
祝福の声が耳に届くたび、コートニーはとんだ茶番劇に付き合わせている気分がして、申し訳なさが募る。けれど、自分とダンスを踊るステアはどこまでも楽しそうだ。
「殿下。少しは罪悪感みたいなものは感じないのですか?」
「だれに対して?」
「みんなにですよ。こんな盛大な嘘に巻き込んでいるわけですし」
「全然」
ステアは、コートニーの腰に手を回しながら、ご機嫌に笑う。
「そんなに緊張するな。今日は君の晴れ舞台なんだから。それにそのドレスは、君に良く似合ってる。だから、堂々としていればいい」
突然ストレートに褒められ、コートニーは思わず虚を突かれた。
「あ、ありがとうございます……」
頬が染まるのを実感しつつ、小さな声でお礼を口にした途端。
「私の髪色を連想させる色のドレスだし、誰がどう見ても、仲睦まじい婚約者同士に見える。実にいいチョイスだ」
ステアは、さも当然といった表情で付け加えた。 確かに今日コートニーが袖を通したドレスは、白に近い明るいシルバーで、殿下の髪色とよく似ている。
エロイースイチオシのこの一着は、誰がどう見たって、婚約者であるステアへの敬愛を示すもの。その意味では大成功と言えるのだが。
(……この人の『似合ってる』は、情緒が欠けてるのよ!)
褒められたはずのコートニーの心には、微妙な風が吹き抜ける。
ステアの感じる「似合っている」の基準は、一般的な賛辞とは違い、婚約者としてどれだけ合理的で説得力があるか、という一点のみに集中しているようだった。
確かに、二人は恋人でも何でもない。
(けど、こういう時くらい、普通に容姿を褒める方の「似合ってる」をくれてもいいのに)
思わず頬を膨らませかけ、コートニーは慌てて「慎ましやかな令嬢」の笑顔を貼り付け直した。
「殿下のそういう所は、どうかと思います」
「笑顔で言われると、どんな言葉でも好意的なものに変換されて聞こえるものなんだな」
嫌味をあっさりと切り返したステアは、実に愉快そうに目を細める。
「ほら、もっと顔を良く見せて」
腰に回していた手を今度はコートニーの顎に添えると、ぐいぐいと上を向かせてくる。
「近いです殿下!」
本当に顔が近い。コートニーはたまらず顔を背けようとした。
「よそよそしいと、疑われるだろう?」
「だからって、そこまでやらなくてもいいと思います。ドレスの色合わせだけでも充分じゃないですか」
周囲に聞こえない小声で諭すが、彼女の意見など最初から聞く気がないらしい。
「いいから、いいから」
抵抗を無視して、さらに顔を近づけてくる。
「近い近い!」
コートニーは、悲鳴に近い小声で叫ぶ。けれど次の瞬間、強引に腰を引き寄せられる。気付けば、殿下の肩越しに会場の全員へ、二人がいかに仲睦まじいかを見せびらかすような、密着したダンスを踊らされていた。
「ほら、みんな見てる。恥ずかしいです……」
涙目で訴えかけるが、殿下は涼しい顔で言い放つ。
「見せつけてるんだよ」
「そこまでする必要がありますか?」
「ほら、笑って笑って。何事も最初が肝心だから。今日だけは逃げないで、しっかりとやり遂げて」
変なところで真面目さを発揮し、ついでに嫌味が炸裂する。
(ムカつく!……けど)
二人の仲に疑わしい点があれば、今後ステアに色目を使う女性が現れるかもしれない。
コートニーの役割は、盾となってステアを彼女たちから守ることだ。
「……ラージャー」
コートニーは渋々、あり得ない距離感に収まることを、渋々了承する。
「……さあ、フィニッシュだ。最高の笑顔を、観客にプレゼントしてやれ」
曲の終止符に合わせて、ステアがコートニーの腰を深く抱き、彼女の体を大きく反らせるポーズをとった。 眩いシャンデリアの光の下、銀色のドレスが花開くように広がる。
割れんばかりの拍手。その中心で、コートニーは仮初の婚約者の腕の中、自分が今どんな顔をしているのか、もはや自分でも分からなくなっていた。
(お、終わった……)
曲が終わると同時に、肩で息を整えながらホールの中央でお辞儀をする。会場からは割れんばかりの拍手と喝采が降り注ぎ、その勢いに圧倒されて、思わずふらついた。
「おっと」
咄嗟にステアが腰を支えてくれる。その仕草すらも、観衆の目には「愛」として映るらしい。
「まぁ、なんて可愛らしい」
「ステア殿下の愛を感じますわね」
黄色い声が飛んでくるたびに、コートニーは罪悪感に苛まれる。
俯きかけた彼女に、ステアの非情な声が降ってきた。
「バテるにはまだ早いぞ」
「え?」
「今日のノルマはあと三回。しかも連続で踊るからな」
「本気で言ってます……?」
「課せられた責務を先延ばしにするのは、仕事ができない人間のすることだ」
ステアは冷徹なほどに淡々と言い放つ。
今の一曲で魂が削れそうなほど疲弊したというのに、あと三回。しかも連続。
(いったいこの人は何を考えているの?)
コートニーは並び立つ、ステアの美しい顔を凝視した。
「私と君の仲が確固たるものだと、周囲に知らしめる必要があるだろう。それに踊り続けていれば、周囲から無闇矢鱈に話しかけられたりもしない。合理的だと思わないか?」
「……まさかですよね?」
問いかけた瞬間、非情にも再び優雅な旋律が会場に響き渡る。
「さぁ、お手をどうぞ。コートニー嬢」
ステアは恭しく、かつ有無を言わせぬ所作でコートニーに手を差し出した。その手を全力で無視したい方向に気持ちが傾きかけるが、ステアの目がスッと細められる。
「契約不履行で、今すぐ実家に送り返すことも可能だが?」
「っ……! 卑怯です、殿下!」
「交渉と言ってほしいな。さぁ、どうする?」
意地悪な微笑みを浮かべるステアを前に、コートニーは小さく、けれど深い溜息をついた。 これ以上ないほどの仏頂面を浮かべながら、それでも、そっとその手に自分の手を重ねる。
「……性格、最悪」
「文句を言ってもいいが、笑顔で言え。ほら、口角を上げろ」
「……っ、謹んで、お受けいたしますわ!」
コートニーはヤケクソ気味に完璧な「あざとい笑顔」を貼り付けた。 周囲には、熱烈な求愛に照れながらも応える、仲睦まじい婚約者同士の甘い睦言にしか見えないだろう。
(見てなさい……あと三回、完璧に踊りきって、そのあとの自由時間は絶対にステア殿下から逃げ切って、来客者の中にミッドナイト・テイラーを探し出してやるんだから)
コートニーは再び、熱狂と欺瞞の渦巻くダンスホールへと引きずり込まれていった。
二曲目、三曲目と進むにつれ、会場の盛り上がりは最高潮に達する。
「あぁ、見て。殿下のあの慈しむような眼差し」
「コートニー様も、まるで夢見心地のようですわ」
観客の勝手な実況が耳に入るたび、コートニーの心の中では「違う、これは疲労困憊の虚脱状態です!」と叫びがこだまする。
だが、ステアのリードは相変わらず容赦がなかった。
「ステップが乱れているぞ。あと一曲半、気を抜くな」
「……殿下は、人間ではなく精巧な自動人形か何かなのではありませんか?」
「もしそうなら、君を逃さないためのプログラムが最優先で組み込まれているだろうな」
さらりと恐ろしいことを言いながら、ステアは彼女を軽やかに回転させる。 最後の一曲が終わり、華やかなファンファーレが鳴り響き、周囲からはまた拍手が起こる。
「なんて素敵なカップル」
その言葉を聞きながら、コートニーは心の中で呟いた。
(素敵なカップル……? 違うわ。これは悪魔との契約よ……)
こうして、コートニーの「婚約者としての初舞台」は、過酷な試練として幕を開けた。
華やかなシャンデリアの光の下、二人の影が寄り添うように重なっていた。
「……本物の悪魔がいる」
「褒め言葉として受け取っておこう」
笑顔で会話を交わす二人は、傍目には愛し合う姿に見える。
だが、その実態は、仮面を被った婚約者と、冷徹な策略家の王子による、壮大な演技の始まりだった。




