003 家族という名の牢獄1
舞踏会を終えた翌朝。
王都に構えたコンラッド伯爵家のタウンハウス内。コートニーの部屋は静まり返っていた。
重厚な扉には外側からしっかり鍵がかけられ、彼女の自由を奪っている。逃げ場がないわけではないが、「逃げる気力」を削ぐには十分だった。
(……監禁、よね。どう考えても)
コートニーは寝台の縁に腰掛け、天井を見上げた。
舞踏会で血に染まったドレスはすでに剥ぎ取られ、今は地味な部屋着に着替えさせられている。外出用ではない。人前に出るための衣服でもない。
(反省させる装置としては、上出来よね)
サイドテーブルに置かれた冷めきった紅茶を一口啜り、コートニーは、皮肉っぽく口端を上げる。
昨夜、義兄フレデリックに小麦が入る袋さながら担ぎ込まれて帰宅したあとの惨状が、ありありと蘇る。
義母ソフィアの「なんて嘆かわしい」という悲鳴のような叱責。リリアの「お姉様のせいで私のデビュタントが……」という、鼻につくすすり泣き。
そして、身内の愚かな包囲網にあっさり捕まってしまった自分への、やりきれない悔しさ。
(やっぱり、私は詰めが甘いのね)
コートニーは立ち上がり、鍵のついた机の引き出しを開けた。中から取り出したのは、隣国フィデリアの港町を切り取った一枚の絵葉書。
抜けるようなコバルトブルーの海。
陽光を反射して輝く大理石の白い街並み。
海沿いのテラス席には色とりどりのパラソルが咲き、人々はこの国の重苦しいドレスとは無縁の、軽やかな装いで行き交っている。
(潮風と、空を飛ぶカモメか……)
ここには「切り裂き魔」も、「家族の干渉」も届かない。ただ、自由な風が吹いているだけだ。
絵葉書の端、波打ち際に描かれた小さなカモメを指先でなぞる。それは、今の彼女が最も渇望している「自由」そのものだった。
目を閉じ、フィデリア国を歩く自分を想像する。
その時、カチッと鍵が外れる音がした。
パッと目を開けると、ノックもなく扉が開く。
「失礼するわね」
入ってきたのは義母ソフィア。
背後には、自慢げに顔を上げたリリアと、所在なさげに肩を落とす義兄フレデリックが続く。
(役者が揃った、ってところかしら)
絵葉書を引き出しに戻し、コートニーは淑女の微笑みを顔に貼り付けた。
「あら、ソフィア。お加減でも悪いのですか? 朝からそんなに険しいお顔をなさって」
「白々しいことを」
ソフィアは冷ややかな視線を部屋の隅々に走らせる。
「昨夜のあなたの醜態、そしてリリアへの嫌がらせ……コンラッド家の名誉を、どれほど傷つけたか分かっているの?」
その隣でリリアが、「お姉様があんな風に倒れるから、私、怖くて……」と、これ見よがしにフレデリックの袖を掴んだ。
フレデリックは困ったように眉を下げるばかりだ。
ソフィアは優雅に扇子を広げ、コートニーを見つめる。
「あなた、反省しているのかしら?」
口調は穏やか。だが、「忌々しい女の忘れ形見を叱咤するチャンスに恵まれた」という心情が、あまりにも露骨に表情に示されている。
「……何について、でしょうか」
静かに問い返すと、ソフィアは小さく溜息をつく。
「ほら、そういうところよ。自分がどれほど恥ずかしいことをしたか、まだ理解していないのね」
隣で、リリアがわざとらしく首を傾げる。
「お姉様。私が殿下に憧れているって、前から知っていたわよね?」
彼女は、コートニーに一歩近づいた。
「それなのに、横取りしようとするなんて。ひどいと思わない?」
その声は甘く、無邪気で歪んでいた。
「まるで……金に物を言わせて、私からウィリアムを横取りした、エリノアそっくりね」
ソフィアは、積年の恨みを吐き出すかのように、悦に入った笑みを浮かべて言い放った。
ピシリ、と空気が凍る。
(……またその話)
コートニーは眉を寄せる。
「血は争えないものよね」
世間話でもするように、ソフィアは続けた。
「自分が欲しいものは、手段を選ばず奪う」
ソフィアの持つ扇子が、かすかに鳴った。
(違うわ、お母様は奪ったわけじゃない。選ばれてしまったのよ)
胸が熱く震え、喉元まで迫った反論を、奥歯を噛み締めて飲み下す。その揺らぎを見逃さず、ソフィアは獲物を追い詰める悦びに口角を吊り上げた。
「あら、図星かしら? その気性の激しさに、どれほど私たちが苦労させられているか。エリノアも、今のあなたを見たら嘆くでしょうね」
(苦労、ね)
母の遺産でタウンハウスを改築し、リリアに最高級のドレスを買い与えているのは、どこの誰か。
コートニーは、沸き立つ感情を氷水で冷やすように抑え込む。
「お母様、もういいわ」
リリアが追い打ちをかける。
「お姉様だって、わざとあんな汚い姿を殿下に見せたわけじゃないもの。ただ……血筋が、そうさせてしまっただけですものね?」
勝ち誇った笑み。
「でもね、コートニー。喜びなさい」
ソフィアは扇子を閉じ、満面の笑みを浮かべる。
「あなたと結婚したい、という申し出があったのよ」
コートニーは、ピクリと眉間に皺を寄せ、リリアは、ぱっと顔を輝かせた。
「まぁ、お母様!もう決まったの?」
「昨日あんなことがあったのに? 相手は誰ですか?」
訝しげに尋ねるフレデリックに、ソフィアは、はっきりと告げた。
「ゴードン・アップルビー卿よ」
「……」
コートニーの思考が、一瞬、完全に停止した。
「……アップルビー卿、ですか」
ようやく絞り出した声は、ひどく冷静だった。




