026 殿下と踊る、捜査の時間
会場は豪華な装飾で飾られ、シャンデリアからは柔らかな光が降り注ぐ。音楽が流れ、華麗なドレスを身にまとった人々が、優雅にホール中央を彩るドレスの花を咲かせていた。
そんな中、コートニーが視線を横に彷徨わせれば、着飾った婦人や紳士たち。前を向けば、見慣れた騎士服ではなく、贅を尽くした紫色のベストにフリフリのクラヴァットを巻いた胸元が迫ってくる。
さらに、恐る恐る上に顔を向ければ――。
「なに? 私についうっかり見惚れる気持ちはわかるけど、とりあえず報告して? それで、ご婦人方が言うには結局のところ、犯人は誰だって?」
プラチナブロンドの髪を完璧に整え、紫色の瞳には「性格に難あり」という本性が漏れ出したような、嘘っぽい微笑みを浮かべるステアがいた。
現在、クビを覚悟したコートニーは、なぜか着飾った姿でステアとダンスの真っ最中。
(もちろんこれは、業務の一環で、贖罪のはず。でなければ、私がこんなに心臓に悪い思いをする理由が説明つかないわ!)
コートニーが恨めしい表情を向けると、ステアは意地悪く目を細め、彼女の腰を引き寄せる手の力を強めた。
「ひぃぃぃ」
淑女らしからぬ声が漏れる。対するステアはなぜかご機嫌な様子だ。
「君の弱点がわかった」
「は?」
「君は、こういう『正面からの圧』に極端に弱い。捜査資料を盗み出す度胸はあるくせに、男に踏み込まれると途端に思考が止まるらしいな」
ステアは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、わざと顔をさらに数センチ近づけた。コートニーの鼻先を、彼のつけている柑橘系の爽やかな、けれどどこか高慢な香りがかすめる。
(この性格の悪さ! 完全に面白がってる! さっきの『不敬罪』とか『機密漏洩』とかいう剣幕はどこに行ったんですか!?)
ステアを睨むと、「笑顔」と短く返された。
慌てて取り繕う笑みを浮かべるコートニー。
「で、誰が犯人なのさ」
「そ、そんなの、すぐにはわかりません」
必死に冷静さを取り戻そうと、コートニーは彼の胸板を押し返すようにして距離を取ろうとした。しかし、ステアの腕は鉄の鎖のように彼女の腰を固定して離さない。
「あれ?確か、君はリボンの結び目で犯人がわかる。それすら気付かない私は愚かだと母たちの前で宣言してたよね?」
「殿下って、根に持つタイプなんですね」
「ちょっとした言葉のアヤを新聞社に売ろうとした、誰かさんと一緒だよ」
「全然ちょっとしてませんでしたけど」
軽口で応戦しつつもコートニーは、緊張で指先に力が入りそうになるのを必死に堪え、ステップを刻む。
家庭教師に文字通り叩き込まれたダンスの作法が、辛うじて彼女を支えていた。
人生初、家族以外の男性とこれほど至近距離で触れ合い、あろうことか手まで取って踊っているという事実を前に、コートニーは沸騰する頭の片隅で思う。
(ほんと、学びって無駄なことがないのね。あ、あの柱……エプジトのルクソール神殿から着想を得たパピルス柱式ね)
「おい、柱とダンスしてるわけじゃないんだぞ」
至近距離から降ってきた冷ややかな声に、コートニーの意識は強制的に現実へと引き戻された。
目の前には、パピルス柱よりもよっぽど威圧感のあるプラチナブロンドの美形。ステアの紫の瞳が、逃避の行き先を遮るように覗き込んでいる。
「もしかして、母たちに私に言うなって言われててたりするのか?」
ステアが耳元で低く囁く。その吐息の近さに、コートニーは肩を震わせた。
「いいえ、滅相もございません。むしろしっかり報告しろと、きゃっ」
不意に、引き寄せられた。
ステアの手が彼女の細い腰をしっかりと抱き寄せ、密着する距離で回転する。
(ち、近い! 近すぎます殿下! それに、さっきから周りの令嬢たちの視線が、ナイフみたいに刺さっている気がするんですけど!)
コートニーは、ふたたび場馴れしたステアの余裕たっぷりな態度に翻弄される。
「殿下、酔ってます?」
「なんで?」
「……怒ってない感じがするので」
「怒ってない? 私が?」
ステアは可笑しそうに鼻で笑うと、ターンの勢いを利用して、さらにコートニーの顔を自分の方へと引き寄せた。
「君は、私がそんなに物分かりの良い男に見えるのか? 自分の庭を荒らされて、尻尾を振る番犬なんていないだろう」
(ひっ……やっぱり怒ってる! さっきのご機嫌な様子は、獲物をじわじわ追い詰める肉食獣のそれだったんだわ!)
コートニーの背中に嫌な汗が流れる。しかし、ステアの紫の瞳は、怒りとは別の、もっと底知れない熱を帯びて彼女を射抜いていた。
「怒ってはいるが、それ以上に驚いている」
「驚き?」
「リボンの結び目、パールパウダー、被害者に抵抗の跡がない。この三点から君は、犯人を女性と推理したことに」
ステアの視線が、コートニーの首元で揺れるエロイーズからの借り物――正しくは押し付けられたパープルサファイアのネックレスを掠め、再びその瞳を捉えた。
「正直に言えば、我々治安局の連中は皆、犯人を『屈強な男』だと信じて疑わなかった。路地裏で女を仕留めるには力が必要だと、端から決めつけていたんだ。だが……」
ステアの声が、ダンスの音楽に溶け込むほど低くなる。
「君の言葉を聞いてから現場の記録を見直すと、すべてが逆転した。あの完璧すぎるリボンは、力ずくでねじ伏せた証拠ではなく、相手を『安心』させた証拠だったのではないかと」
(……認めてくれた。あんなに突っぱねていたのに)
コートニーの胸の奥が、熱いような、疼くような奇妙な感覚に包まれる。ステアの大きな手のひらから伝わる熱が、先ほどよりもずっと心地よく感じられた。
「驚いたのはそれだけじゃない。……君、意外と踊れるんだな」
「……殿下に翻弄されているだけですわ。それより、殿下」
コートニーは、浮き立ちそうになる心を必死に抑え込み、ステアを見つめる。それから、息を吸い込み、心を決めてたずねる。
「私はクビですか?」
あまりにも切実で、この緊迫した状況に不釣り合いな問いかけに、ステアは一瞬だけ虚を突かれたように目を見開いた。




