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捕まるまでが、逃亡です  作者: 月食ぱんな
第三章:円卓の端に座る資格
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019 幻の令嬢、円卓に座る

 白に金の装飾が施された壁紙が、まばゆい光を放つ王城内のサロンだった。


 大きな窓からは中庭の景色が一望でき、数ヶ月もすれば色とりどりの花々が金色の窓枠を縁取り、絵画のような光景が広がるに違いない。天井に目を向ければ、牡丹の花が咲いたように丸く広がるシャンデリアが輝いている。


 目に入るものすべてがゴージャスで、うっとりしっぱなしのコートニーだったが、円卓の上座から声をかけられ、現実に引き戻された。


「それで、ステアのところはどう? 何か困ったことはないかしら?」


 声をかけてきたのは、一際意匠の凝った刺繍が施されたシルバーのドレスに身を包む、美しい女性。エロイーズ王妃殿下だ。


「大変良くしていただいております」


 コートニーは細かい事情や愚痴をすべて省き、模範解答としてステアを褒めておく。


(流石に王妃殿下の前で、息子である殿下の愚痴なんて恐れ多くてこぼせないし)


 それに、今彼女が身にまとっている薄紫色のドレスは、ステアが「経費」で落としてくれたものだ。


(……悪口なんて言えるわけないじゃない。経費とはいえ、着心地も最高で本当に素敵なんだもの)


 唯一気になる点があるとすれば、衣装係に勧められるがまま決めたドレスの色が、ステアの瞳の色と同じ系統であることだ。

 よからぬ噂が立たないかという心配や抵抗もあったが、そこは「仕事」だと、何度も自分に言い聞かせた。


(私は殿下の侍女――らしいことはまだ何もしていないけれど、これは所属を示すための色なんだわ、たぶん)


 そう自分を納得させていると、王妃はどこか見透かしたように微笑んだ。


「まあ、無理しなくていいのよ? あの子は女性に対して決めつけるところがあるもの。窮屈な思いをしているでしょう?」


 内心「そうなんです!」と身を乗り出したい気持ちを堪えて、静かに微笑む。


「正直なところ、殿下には感謝しかございません」


 ここでも「経費でドレスをくれたから」という本音は飲み込んだ。それを付け足すのは、あまりに無礼すぎると感じたからだ。


「でも妃殿下、あのステア殿下が女性を身近に置かれたのです。その事実は私達の活動が実ったと言えるのではないでしょうか?」


「確かにそうですわね。最初の頃に比べると、随分と女性に対し寛大になられたような気がしますし」


 テーブルを囲む婦人がコートニーに笑みを向けながら、ゆったりとした口調で告げた。王妃が「皆様のおかげですわ」と応じると、一斉に婦人たちが「光栄です」と頭を下げる。コートニーもよくわからないまま、慌ててそれに倣った。


(……それにしても、これは一体何の集まりなの?)


 コートニーの記憶が正しければ、発言したのは軍の長官であるホーキング卿の妻エマ夫人と、宰相マクスウェル卿の妻ケイト夫人だ。他にも、社交界デビューにあたり家庭教師から「絶対に覚えておくように」と口を酸っぱくして叩き込まれた、名だたる重鎮たちが揃っている。


 つまり、この部屋にいるのは、王妃を頂点としたクラスコー王国の貴族女性のトップ層。


 しかも白い布がかけられた大きな円卓を囲むのは、コートニーを入れて十一人。だが、用意された椅子は全部で十二脚ある。


(円卓に十二脚の椅子……そして空席が一つ。まるでアーサー王伝説の『円卓の騎士』みたい。でも、目の前にいるのは騎士じゃなくて、ドレスを着こなした淑女の方々)


 さらに奇妙なことに、お茶会だというのにテーブルの上には裏返しにされた紙の束があるだけだった。目にも胃袋にも楽しいお菓子もなければ、紅茶すら用意されていない。


(……もはやこれ、お茶会じゃないわよね。謎すぎるし、緊張する)


 コートニーは背筋を伸ばし、膝に置いた両手を強く握りしめた。


「では皆様、そろそろお茶会を始めましょう」


 王妃の言葉に、コートニーは驚いた。どうやら、まだ始まってすらいなかったらしい。


「こちらはステアのところで働くことになった、ヒスコック伯爵家のコートニー嬢です。コートニー、皆様にご挨拶できるかしら?」


 紹介を受け、彼女はしずしずと立ち上がった。


「お初にお目にかかります。ヒスコック伯爵家のコートニーと申します。皆様におかれましては、どうぞコートニーとお呼び捨てください。至らない点ばかりかと存じますが、ぜひご教授いただければ幸いです」


 緊張で震えそうになりながらも何とか言い切ると、温かな拍手が送られた。 促されて席に戻る際も、指先にまで最大限の注意を払い、貞順な娘に見えるよう静かに腰を下ろす。


(王妃殿下の前だということもあるけれど……ここで失敗しなければ、あの『ワイン事件』の汚名が挽回できるかもしれないわ)


 そこでふと、一つの可能性が頭をよぎる。


  (もしかしてステア殿下は、私にチャンスをくれるために、あえてこの謎の円卓会議に参加させたのかしら?)


 そう考えた瞬間、コートニーの胸の奥が少しだけ、くすぐったいような温かさに包まれた。


 少しだけフワフワした気持ちに包まれている間に、話題は思わぬ方向へ向かう。


「ふふふ、ワイン事件以降、社交会からパッタリ消えてしまった幻の令嬢が、ついに姿を現したのね」


「まさかステア殿下のところにいたなんて」


 婦人たちの間でさざ波のように声が広がる。


「噂通り、とても綺麗な子ね。それにその若草色の瞳はエリノアの色だわ」


「なんだか、彼女を思い出すわねぇ……」


 突然、亡き母の名が飛び出し、心臓がひくりと跳ねた。


 さらに、サロンの空気はしんみりとした、追憶の気配に包まれた。


 コートニーに向けられる婦人たちの視線は、コートニー自身を見ているようでいて、その奥に眠るエリノアの面影を懸命に辿っているようだった。


「あら皆様、空気が重いわよ。エリノアだって、そんな暗い顔の皆様を見たらガッカリするわ」


 エロイーズ王妃殿下が、その場に漂うしんみりとした雰囲気を打ち消すように、明るい声を響かせた。


「エリノアがいないことは、本当に残念。けれど私たちは彼女の意思を継ぎ、こうして活動を続けているわ。天国の彼女が見たら、きっと私たちのことを誇らしく思うはずよ」


 王妃の力強い言葉に、呆然とした。


(お母様をよく知っているだけじゃない。お母様はこのお茶会に、何らかの形で深く関わっていたんだわ)


 どうやらステアが自分をここへ送ったのは、単なる汚名挽回のチャンスを与えるためではなかったようだ。


 だが、王妃が口にした「母の意志」とは、一体何を指すのだろうか。


「このお茶会はね、元々はどこにでもありそうな貴族の妻たちが情報交換をする、井戸端会議のようなものだったの。けれど、エリノアに振り回されているうちに、いつの間にか目的を持った活動の場になったのよ」


 混乱するコートニーを気遣うように、王妃が穏やかに説明を続ける。


「だからコートニー、この会の発足者はエリノアだと言えるわ。私たちは彼女を今でも忘れていないし、彼女の功績を誇らしく思っている。それだけは覚えておいて頂戴」


 それは懇願というよりは、女王としての、あるいは一人の友人としての「命令」に近い、重みのある響きだった。


 円卓を囲む婦人たちも、静かに、しかし深く頷いてコートニーに笑みを向ける。


「さあ皆様、時間は有限よ。今日はようやくステアが例の件について情報を提供してくれたの。本当はあの子自身が説明するはずだったのだけれど……どうやら逃げたようね。全く、困った子だわ」


 王妃は呆れたように微笑んだが、その表情には息子への深い慈愛が滲んでいた。


  (ステア殿下は、お母様にすごく愛されているのね。お母様も、この場所でこうして私の話をして笑っていたのかしら……)


 胸の奥が熱くなるのを感じながら、コートニーは膝の上で重ねていた手をそっと解き、背筋をより一層正す。


「本人不在ではあるけれど、嬉しいゲストを寄越してくださったのですもの。殿下に感謝ですわ」


「本当に」


「あのきかん坊の王子殿下も、人を見る目はあったのね」


 初めて会ったはずの婦人たちは、コートニーを値踏みするどころか、まるで自分の子や孫のように、慈しみを持って受け入れていた。


 それは、長いこと屋敷で一人、家族相手に孤独な戦いを強いられていた彼女にとって、あまりにも不思議な感覚だった。


(……大人にこんなに優しくされるなんて、五年ぶりだわ)


 母を亡くしてからの毎日は、最悪を更新し続ける日々だった。


 何かに苛立ち、怒り、ささくれ立っていた彼女の心が、母を知る女性たちの温かな空気によって、じわりと解きほぐされていく。


  今日初めて会ったばかりの、血の繋がらない他人。なのに、血の繋がりのある家族より温かい。


(なんで……なんでこんなに、優しいんだろう)


 感情の整理がつかなくなり、コートニーの頬を一筋の涙が伝った。


「大変だったのね。もう大丈夫ですよ」


 隣に座るホーキング伯爵夫人のエマが、優しく自身のハンカチで、コートニーの涙を拭う。


「ありがとう……ございます……」


 掠れる声で礼を言い、ドレスのポケットから自分のハンカチを取り出そうとするが、震える手がうまく動かない。


「嫌なことは、綺麗さっぱり流しておしまいなさい」


 エマ夫人は無言で手を伸ばし、コートニーの肩をぎゅっと抱き寄せた。


  その包み込むような温もりに、コートニーの張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。


 彼女は情けなくも声を上げ、エマ夫人の胸を借りて、子供のように大泣きしてしまった。


 それを、誰一人として咎める者はいなかった。


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