014 理想的な獲物
「そうです。私の婚約者候補としてソフィアがオススメしたのは、アップルビー卿にテニソン卿。それにプロウズ卿。あとは……大抵、禿げた、もしくは、将来的に禿げそうな感じの人でしたわ」
コートニーは、ソフィアから受け取った手紙と絵姿を思い浮かべながら、名前と特徴を挙げていった。
実際には、他にも候補はいた。けれど逃亡計画に夢中だったコートニーは、姿絵をちらりと見ただけで脇に置いてしまったのだ。
その結果、「だいたい禿げた感じの人物が多かった」という、最低な印象だけが脳裏に残っている。
「『禿げた』とだけは言わないでおいてやれ。そればかりは、本人の悪行とは関係のない問題だからね」
ステアが苦笑しながら、たしなめる。
「でも、私にとっては大きな問題です」
コートニーは、声を大にして主張した。
悪いが、こちらは初婚なのである。見目麗しく、優しくて素敵な王子様……は現実にはいないようだとしても、それでも父を思い出させるような年配の男性は、生理的に無理だった。
コートニーは床にお尻をつけたまま、キッとステアを睨み上げる。
「私はまだ十六ですよ?髪の毛の生存率より、絶滅危惧種の保護を心配しなければならないような年齢の方々と結婚しろなんて、それはもはや罰ゲームです。しかもアップルビー卿なんて、お父様と同じくらいの年齢なんですよ?」
ステアは、さっきまでの鋭い空気をどこへやら、片手で額を押さえて天を仰いだ。
「……君の評価基準が『毛根』にあるのはよく分かった。だが問題はそこじゃない。マイロ、彼女が挙げた名前を覚えているか?」
マイロの表情がほんの一瞬だけ硬くなる。
それだけで、噂の質は察せられた。
「ええ。アップルビー、テニソン、プロウズ。どれも王都の社交界では、『別の意味』で有名な名前ばかりです。共通しているのは、素行について黒い噂が絶えないこと」
マイロは沈痛な面持ちで、淡々と補足した。
「コートニー嬢は十六歳。通常であれば結婚相手を選び放題なはずですし、そもそも愛ある結婚に憧れる年代です。それなのに、そのラインナップとは……」
その言葉に、コートニーは深く感じ入った。やはり、自らの結婚生活が充実している人間は、他人にも慈悲深くなれるらしい。
(私も、いつか人に優しくありたいわ)
そのためにはまず、幸せな結婚生活を約束してくれる男性を確保しなければならない。
コートニーは、しっかりと記憶しておく。
「あの……マイロ様には、お子様はいらっしゃいますか?」
家庭教師の口利きでもしてもらえないか。
唐突な閃きを、そのまま口にした。
「実は、新婚でして」
照れたように頬をかくマイロ。全身から溢れ出す幸福のオーラにあてられ、コートニーは窒息しかけた。
「そうだったのですね。でしたら、早くご帰宅なさった方がいいんじゃ……」
社交辞令を言いかけた、その瞬間。
ステアの冷ややかな視線が突き刺さった。
「私だって、一刻も早くマイロをマリエッタの元へ返したいと思っている。君も私の考えに同意するなら、早くその机の脚から離れたまえ」
「マイロ様を奥様の元に返したい気持ちは、やまやまです。けれど、嫌です!私だってマイロ様みたいに素敵な騎士様と結婚したい。アップルビー卿なんて、絶対に無理」
コートニーは、机の脚にしがみつきながら、ブンブンと首を振る。
マイロには申し訳ないが、実家に戻るくらいなら、ここで柱の装飾に成り果てた方がマシだ。
「……そうだったな。君に宛てがわれた男たちの名前を聞く限り、君がヒスコック伯爵家で迫害を受けているという話は、事実だと認めざるを得ない」
ため息をついて、「真実であれば、の話だが」と付け加えるステア。
癪に障る一言を忘れないのが、この王子の嫌なところだ。
だが、今はそれどころではない。
「そんなに酷い人たちなんですか……?」
「正直、今すぐ爵位の返還を命じたいほどには酷い……確か君は、莫大な遺産を持っているのだったな」
「莫大かどうかは分かりませんけれど、ある程度の蓄えはあります」
コートニーは、少しだけ胸を張った。
冷静に考えれば、今の自分にはそれくらいしか取り柄がないことに気づいたからだ。
「君が挙げた名前は、どれも金銭的に困窮している貴族ばかりだ。なるほど。彼らにとって君は、喉から手が出るほど欲しい、理想的な獲物というわけか」
ステアは顎に指先を当て、何かを検分するように細めた瞳をコートニーに向ける。
「……もしかして、ヒスコック卿は君を守っていたんじゃないのか?」
「そんなわけありません!」
即答だった。
ソフィアが後妻に入ってからというもの、父に守られた記憶など一片もない。
「殿下が眉をひそめるほど最低な男たちを押し付けておいて、『守っている』だなんて矛盾していますわ」
「いいか。もし私がアップルビー卿だったとしたら、夜会にのこのこ現れた、場慣れしていないデビュタントの君を、言葉巧みに裏庭へ誘い出す。そこで二人きりになり、既成事実を作り上げるだろう」
「……最低です」
机の脚を抱きしめたまま、コートニーは最大限の蔑みを込めた視線をステアに向けた。
「ああ、最低だ。だが彼らも爵位を守るために必死なんだ。その程度、やりかねない。そうならないよう、君のお父上はあえて君を監禁同然の状態にして、彼らの目に触れさせないようにしていた……とは考えられないか?」
(そんな馬鹿な)
コートニーは、小さく首を振る。
「父はソフィアの言いなりです。私を守ろうだなんて、そんな殊勝な考えがあるはずありません」
「そうだろうか」
何か言いたげな視線を向けられるが、コートニーは認めなかった。
世間で見せる顔がどうであれ、自分にとって父は「いい父親」ではなかった。それは揺るぎない事実だ。
「コートニー嬢の抱える問題は、よく分かりました。だとすると殿下。彼女を保護したのは殿下ご自身ですし、このまま面倒を見て差し上げるべきでは?」
見かねたマイロが、助け舟を出す。しかし、それに対する答えは一つだった。
「お断りします」
「断る」
二人の声が、これ以上ないほど綺麗に重なった。
「……気が合ってらっしゃるのに」
呆れたようなマイロの呟きに、コートニーは、
「全然違います!」
全力で否定の声を上げたのだった。




