真紅の月をのみこむ怪物
【グロい表現が多用されております。苦手な方、食事時の閲覧は推奨出来ませんので、ご了承ください】
※しいなここみ様主催『秋のホラー企画【いろはに】』参加作品です。
夜空に浮かぶ中秋の名月。
老いた深緑の葉。
無骨な皮を残す焦茶の木の幹。
真っ黒な闇に、
手には持参した白いお月見団子。
これで紅葉があれば、いとおかし。
──そんな風に思えるくらいには、気持ちはまだ余裕があった。
仕事に疲れ、家にも帰りたくなくて、わざわざ森の奥に一人で足を運んだ。
誰もいない場所で静かに月を見上げ、酒を飲めば、何かが癒やされる気がしたのだ。
一人、月光に団子を飾り、ワンカップのプルタブを用心深く開けて一口。
喉に通る日本酒が体温に触れて美味しさが追いつく。
この孤独もまた、悪くない──そう思った、その矢先。
プチッ。
「痛っ!!」
肘の近くをピンセットで抉られたような鈍痛。
思わず息が詰まる。
何だ、虫か?
いや、それにしては鋭すぎる。
持っていたワンカップが大きく揺れ、縁から液体がこぼれ落ちた。
腕からは肉が千切られ血が滲む。
熱を帯び、ひりつく。
頭の奥で小さな警鐘が鳴り始める。
カサカサ、カサ、カサカサ。
足元の枯れ葉はだけ。
ただの風かもしれない。
けれど、不安が胸を締めつける。
──誰か、そこにいるのか? いや、違う。“何か”、だ。
足首をなぞる感覚に慌てて振り払う。
何もない。
見てもいない。
だが心臓は早鐘を打つ。
「気のせいだ」と言い聞かせても、背筋を這い上がる寒気は止まらない。
肩の強張りに気付き、ふぅと脱力した瞬間──背中に小刻みに動く意思を持った何か。
「うわっ!!」
思わず情けない声が出る。
自分で笑って誤魔化したかったが、笑えない。体が強張って動かない。
プチッ。
「痛いっ!!」
反対の足。焼きごてを押しつけられたような激痛に声が裏返る。
視線の先、枯れ葉の隙間から“それ”が次々と這い出てくる。
──蝗。
だが、ただの蝗じゃない。
小さな瞳が増えている。月の光に照らされて、黒い瞳が光る。
数え切れないほど、おぞましい量の蝗たち。
こちらを向いた蝗は羽根を広げて、音を立てる。
ブブブブブブブブッ
飛び立ち始める蝗たちに足が竦む。
「いやだ、来るな──!」
靴の上に乗り、足を登ってくる。
体長五センチの凶暴な存在。
慌てて駆け出すが、枯れ葉の中からも次々と這い出てくる。
ムニュッ。
柔らかい感触を踏んだ瞬間、全身が粟立つ。
ブチチィ。
「あぁぁっ!!」
首筋を掘り進む感覚に、思考が白く弾ける。
背中に入り込んだ不快感も束の間、蠍の尾と勘違いするほどの硬い口が皮膚を喰い破る。
背中を反りながら、腕は払いのけようとするあまり左右の手先は変な方向を向く。
次第に増える赤い斑点。
背中を駆け上がる。腕を、手を、喉を──止まらない。
払っても払っても、次から次へと。
「やめろっ!! やめてくれ!!」
びっしりと身体につく蝗。
痛みに耐えかねて、壊れたマリオネットような動きをし始める。
ブチッ、ブチッ、ブチブチッ
「⋯⋯ぅ⋯⋯ぃ⋯⋯ッ!!!」
ペンチを脛にぐりぐりと押し当てられるように蝗は中へと進み始めた。
痛みのあまり意識が何度も飛ぶ。
かすかに目の端で捉えたのは森の奥に見える枯れ葉の木。
目、目、目、目──。
数え切れないほどの細い足が至る所を掴む。
食い破って頭をめり込ませるおぞましい蝗は右へ左へ四方に動き、肉をめりめりと鈍く貫く。
ブチチィッ、ベチャッ
ワンカップと共に落ちる血まみれの腕。
身体を覆う赤い液体が蝗の隙間から滲みでる。
口にもいっぱいの蝗。
声にならない。
──もう殺してくれ。
祈りのような願いが頭の中で何度も繰り返される。
怪物のように一つになった群集は空へと伸びていく。
空を見上げる。
どこを見ても、赤い。
紅葉のごとく赤色の葉で視界が満たされる。
そして夜空に光る真紅の月。
空へと立ち上がった怪物は月へと手を伸ばす。
月がのみこまれると、同時にコト切れた。
死体は血溜まりに横たわっている。
ブチッブチッブチッブチッ
血溜まりの中で、なお蠢く自分の肉体。
血に塗れた死体の目が不自然に前後に動いている。
後ろから何かに押されているように、片目が飛び出そうとしている。
その柔らかい白身のような眼球の後ろから短い触角が二本現れた。
顔を動かしながら黒い大きな目が外へと覗く。
濡れた蝗が出てくると、羽根を広げてその怪物へとのみこまれていった。
お読みいただき本当にありがとうございました。
稚拙な文章になりましたが、なんとか1682字で調整出来ました!
これホラーでいけますかね?
出来る限り、一人称、三人称を省いて読者の皆さまが体感できるよう工夫しました。
私の大嫌いな虫のお話です。