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強すぎた勇者は魔王に何を望むか?

作者: 伯谷 陽太

 勇者ラースは魔王と対峙していた。その手に握られているのは、世界を救う意思でも、魔王を討ち滅ぼす聖剣でもなかった。


「魔王、お前はなぜ強さを求めたんだ?」


 ラースが問うた。魔王城の玉座の間は乾き切った空気が溜まっている。質問に相応しい重苦しい雰囲気だった。


「なぜ? か……。それが我の使命を果たすために必要だったからだ」


 魔王が体を羽織りで隠す。魔法でも構えているのだろう。その部分だけ空気が歪んでいる。

 それでもラースは一切の緊張もせず対話を継続させた。


「使命とはなんだ。世界征服か?」


「よく分かったな、そうだ」


「お前も含めて三百人近く。全ての魔王が同じだった」


 魔王は言葉に謎の恐怖を覚えた。それが単なる嘘でないのは全身の五感が伝えてくる。

 目の前のラースという男。勇者であっても殺意だけは感じられない。


 異様な感覚に魔王の筋肉は硬直を繰り返す。まるで無を相手に自分語りしてる、そんな気分。


「征服を達成したらあんたは魔王なのか?」


「当たり前だ。全ての生物が我に畏怖し恐怖し滅んでいく。それだけが望みだ」


 魔王は先程から溜めていた魔法を放った。黒紫に耀(かがや)く雷の槍。正確無比の一撃はラースの頭を穿(うが)つ。


「フハハハハ! 勇者もこれで終わりだ!」


 勢いのあまり吹き飛んだ城の壁が(ほこり)(ちり)を吹いている。辺りは白く包まれた。

 魔王の渾身の技。磨き上げてきた究極の一つ。


「これまでに不意打ちをした魔王は十数名。この程度で終われるなら苦労はしていない」


 勇者は肩や頭に積もったゴミを振り落としながら歩み寄る。その顔は至って普通だった。表情はずっと同じだ。


「僕はずっと勇者なんだよ。でも魔王を倒した後の世界には勇者は必要ではなくなる。それでも世界が危険になる度に何度も救ってきた」


「くだらんな。己にある使命、矜持(きょうじ)に生きる事こそが命あるただ1つの理由だ」


 ラースは落胆した。どこかに自分を救ってくれる物がある。そう信じていた。魔王にすら存在意義を確かめに至るまでに。


「終わりがないんだ。勇者として生まれてから」


 昔の話、ラースは普通の村の少年だった。聖剣を手にした日にラースの運命は狂い始める。それと同時に世界は喜んだ。勇者の誕生だと。


 15のまま歳も取らなくなった。ラースの周りには自然と人が集まる。その中に対等な奴は居なかった。勇者としての称号を身近に知りたがる存在。

 世界からの見せ物になるだけだ。


「……それでも最初のうちは嬉しかった」


「急な自分語りか、勇者よ」


「すまない。数百年も生きていると感傷的になるんだ」


 世界は停滞と進歩を繰り返していく。魔王も勇者もその一端だ。停滞している世界には魔王が生まれ、それに対抗する存在として勇者がいる。


 勇者ラースが生まれた瞬間から世界はずっと平和に止まっていた。それでも世界の意思で魔王は生まれ続けている。

 ラースは何となくそれを察していた。


「ならば勇者ラースよ、我と共に世界を破滅に導こうではないか」


 ラースはこの提案を受け入れたかった。しかし、それ(すなわ)ち過去の自分を否定するのは簡単でない。


「……悪くはない。この提案は初めてだ」


「ならば、世界を手に入れた(あかつき)には半分をくれてやろう!」


「なら、最初の質問に戻らせてもらう。力をつけて世界征服を果たした後、お前を魔王だと畏怖する存在はいるのか?」


 魔王は少し悩んだ。それでも魔王にとってそれは考えるべき事ではなかった。


「我が欲しいのは畏怖でも尊敬でもない。そうだな理由なんてない、ただ世界が欲しいのだ!

勇者。お前はなぜ魔王を倒し続ける?」


 ラースは何も答えられない。今更目的を考えるのは重荷が過ぎた。どんな理由付けをしてもいつかの自分は必ず矛盾する。

 人は矛盾する生き物だとしても、ラースにはそれを肯定できなかった。


 ラースの表情は固まったままだ。しかし、顔色は暗くなっている。


「我には分からないが難しい物だな。自由にでも生きてみたらどうだ? 我だって殺されるのは不本意だ」


「あんたが人を殺さないなら僕だって使命を果たす必要もない」


 魔王は笑った。壊れていた壁から日光が差し込み出す。その光は魔王を照らした。


「我と一つ取引をしないか?」


「内容によるな」


「我はお前を倒せるまで他の人間を殺さないと誓おう。気変わりでもしたらいつでも仲間に入れてやる。その対価として勇者お前には無血で世界征服をするのに協力してもらおう。対等な者としてな」


 ラースは心躍っていた。今まで関わりあってきた人たちは皆、勇者という存在に求めるばかりだった。対等ではなかった。


「あぁ、いいだろう。その契約に乗った」


 この日、世界は都合の良い勇者を失ったのだ。

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