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男子高校生の俺が女子小学生に恋をするわけがない

作者:

 夏の暑さは人を狂わせる。

 熱暴走するパソコンのように、判断力が著しく落ちるらしい。

 でなければ、高校で友達もおらず女子ともろくに会話もできない根暗の俺、三上文人みかみふみとがナンパされている女の子をわざわざ助けようなんて思うはずがない。

 やらない後悔よりやる後悔なんて言葉があるが、そんなの嘘っぱちに違いない。


 「あ?お前、この女の彼氏なんか?」


 背の高い金髪の男が高圧的に威嚇いかくする。

 大学生ぐらいの強面こわもてをした男だ。

 

 「い、いや。か、彼氏ではないですけど……」


 今にも逃げ出したいが、その場の勢いで少女を背中にかばった手前引くに引けなくなってしまっていた。

 背中からは軽く服が引っ張られる感覚。

 

 「じゃあ、どけよ。俺はそこの女に話があんだよ」


 ちらりと後ろを見ると、白色の薄手のシャツに黒のショートパンツを穿いた背の低い幼い少女が不安そうに俺を見上げている。

 くそ、庇うんじゃなかった。どうかしてるぞ。

 そうすれば今頃、冷房の効いたゲームセンターで快適に音ゲーを楽しんでいたはずなのに。

 

 「い、嫌がってるじゃないか。そ、それに、小学生をナンパするとか。お兄さん何歳ですか?ロリコン?」


 「あ゛あ゛ぁ?」


 男は顔の血管が浮き出た鬼のような形相でジロリとにらむ。

 まるで空腹の猛獣を前にしているようだ。

 正直、今にも泣きそうなぐらい怖い。

 なのに、助けたはずの少女から背中を思いっきりつねられて思わず悲鳴ひめいを上げてしまった。


 「私、小学生じゃないよ」


 「わかった、悪かったよ。だから、つねるのやめてくれる?」


 ひりひりする背中を押さえながら安堵の息を吐いた。

 すると、ひょいっと少女は前に出る。


 「お誘いはありがたいけど、あなたは私の好みじゃないの。ごめんね」


 「っけ!別に暇だったから誘っただけで、お前に好意を持ったわけじゃねえよ。勘違いすんなビッチが」


 唾を道路に吐きつけて、わざとらしく俺に肩をぶつけながら金髪の男は歩き去っていった。

 結局、助けに入らなくたって少女は一人で問題なかったのだ。

 柄でもないことをするものではないな。むしろ、俺の浅はかな行動で男の機嫌を損ねて事態は悪化した可能性すらあった。

 痛む肩を押さえて溜息を吐く。


 「ありがとう。おかげで助かったよ」


 満面な笑みを浮かべる少女。

 日に焼けた健康的な肢体したい。意思の強そうな瞳が好意的に俺をとらえる。

 小学生ではないと言っていたが、それなら中学生だろうか。

 年下とはいえ、女子ヘの耐性がない俺の顔はみるみる赤くなっていくのを自覚する。


 「余計な事したかな。一人で問題なかったみたいだね。ごめん」


 「なんで謝るの?助けてくれてすっごく嬉しかったよ。それに、カッコよかった。私が勇気を出して断れたのも、何かあっても君が守ってくれるっていう保険があったからだよ」


 助けに入ったはずの少女にフォローを入れられて情けない気分だ。

 

 「そう言ってもらえると助かるよ」

 

 俺は本来の目的地であるゲームセンターへ行こうと少女の横を通り過ぎようとしたら、腕を掴まれた。


 「名前も明かさずにどこ行くのよ。私は中村綾乃なかむらあやの。君は?」


 「あ、悪い。俺は三上文人だ」


 話の途中で急に立ち去るという、社交力の無さを存分に発揮してしまい、気まずくほおいた。

 

 「これから何か予定はあるの?」


 「いや、暇だったから一人でゲーセンにでも行こうかと」


 「そう、なら私も一緒についていくよ」


 思わぬ発言に、「あ、え」と声がどもる。

 そんな俺にお構いなしに手を繋ぎ笑顔を見せた。

 女子と手を繋いだ記憶は幼稚園にまでさかのぼらなければならないほど女子に耐性のない俺だが、この時は綾乃の手をぎゅっと握り返した。なぜなら、手のひらが小動物のように震えていたからだ。


 冷房の効いたゲームセンターへとたどり着く。

 本来は社交性のない友達ゼロの根暗高校生でしかない俺が知り合ったばかりの女子とデートをしている。そんなありえないシチュエーションに頭が真っ白になっていた。


 「ねぇ、これやってみたい」


 クマのぬいぐるみが入ったクレーンゲームに近づき、俺を上目遣いで見る。

 言われるままに財布から百円玉を取り出した。


 「ど、ど、どうぞ」


 「やったー!文人って優しいんだね」


 「ははははは」


 壊れたロボットのように笑う。

 バイトもせず、お小遣いだけで生きている俺のふところは常に閑散かんさんとしている。

 だけど、しょうがないじゃないか。今まで女子とまともに話したことすらなかった俺が、いきなり見知らぬ女子とデートをするなんて難易度が高すぎだ。ご主人の命令に忠実な犬のようになっても仕方ないだろう。


 「わーっ。落ちちゃった」


 もう一回と綾乃は手を差し出す。


 「んー……ここかな?だめかー」


 もう一回と再び手を差し出す。


 「は?なんでゴール手前で突然アームからはずれるの?詐欺なの?」

 

 バンバンと筐体きょうたいを叩く。そして、三度綾乃は手を差し出す。

 ついに小銭が尽きて、財布には全財産である残りの千円札が三枚だけ。

 

 「あー、ちょっと両替してくるから待っててくれる?」


 「しょうがないなぁ。早くしてね」


 腕を組んでふくれっつらになる綾乃。

 そんな生意気な態度にもかかわらず、悪い気にはならなかった。

 なんだか、親戚の小学生を相手にしているようだ。

 そういえば、GWの長期休暇中に祖父母の家で集まった時こんなことを言っていたな。「小学生だけでゲーセン行くの禁止だってさ。ありえないよね」と。

 おかしなルールだとは思うが、小学校ってのはそんなものだろうと適当に相槌あいづちを打っていた記憶がある。

 なんてことを思い出していると、手持ちの千円札をすべて百円玉に両替し終わった。

 あの調子じゃ、今日で俺の手持ちは空になりそうだな。けど、女子と二人で遊べる機会なんてもう二度と訪れないかもしれないと考えると安いものだ。


 「あっれ~、そこにいるのはボッチの三上君じゃ~ん」


 嫌な声が聞こえて振り向くと、クラスメイトの矢野やの竹間ちくま高原たかはらの三人がいた。

 いつも教室で俺を見下し、揶揄からかってくるやつらだ。

 矢野はガキ大将みたいに大柄で傍若無人な性格。他二人は細身の腰巾着だ。いつも教室で一人ぼっちの俺に絡んでくる。

 くっそ。最悪なタイミングで一番会いたくない奴に見つかってしまった。


 「お~い、聞こえますか?」


 矢野が耳元まで口を近づけてささやくと、後ろの二人が下品に笑う。


 「ぷぷぷ、一人でゲーセンとかありえねぇえ」


 「学校でも一人、外でも一人。こいつ社会不適合者じゃん」


 そんな侮蔑ぶべつの言葉を聞き流し、三人の横を通り過ぎようとすると矢野が邪魔するように前に立つ。

 にやにやと笑うその様子に俺は深い溜息を吐く。

 俺が嫌いなら、ほっといてくれればいいのに。

 

 「どいてくれないか」


 「おいおい、つれないじゃないか。俺達クラスメイトだろ?」


 「待たせてる人がいるんだよ」


 そういうと三人は一斉にゲラゲラ笑い出した。


 「は?何強がってんだよ。ボッチのくせに笑わせんな」


 「言いすぎだよ矢野。三上がそう言ってんだから、誰かしらいるんだろうよ。それなら俺達も一緒について行ってやろうぜ」


 「うっは、それ最高。これで誰もいなかったら爆笑もんだぜ」


 というわけで、俺は三人を連れて綾乃の場所へと戻ることになった。

 最後まで彼女にはカッコいい男という印象を残したかったけど、まぁ、結局どこまで行っても俺はボッチで根暗の弱い男なんだな。


 「おっそ~い。両替するのにいつまでかかって……。文人?その人達は?」


 怒った顔から急に無表情になる綾乃。

 すると、三人が彼女を囲みだす。

 別に俺が助けなくたって綾乃がなんとかするだろう。金髪で強面の男にも対処できたんだ。そうだ、付き合ってるわけでもないし、必死に庇うのもカッコわるいし……。

 だけど、なぜこんなに苦しい気持ちになるのだろう。

 気づいたら痛いぐらいに拳を握りしめていた。

 

 「うひょお。マジでいたよ。しかも女子とか嘘だろ」


 「この子可愛くね?ねぇねぇ、どういう関係なの?」


 「てか、日焼けした足えっろ!やべぇ興奮してきた」


 無遠慮に体を眺める三人に対して綾乃はうつむき続けている。

 なんで何も反論しないんだよ。ナンパされてた時はあんなに強気だったのに。

 あの意志の強い瞳はどこにいったんだよ。


 「……えと、あの。あなたたちは文人の友達なの?」


 俯いたまま尋ねた声はひどく震えていた。

 それが矢野達を調子に乗らせてしまう。


 「そうだぜ?俺と三上は親友だよ。だから一緒に遊ぼうぜ」


 「てか、この子何歳?もしかして小学生か?」


 「うわー、三上ってロリコンだったのかよ。まじで救えねえ」


 「……小学生じゃないです」


 「へぇ、なら中学生か?へへへ、俺達が大人の遊びを教えてやるよ」


 そう言って、矢野は綾乃の太ももをでるように触った。


 「きゃっ、やめてください」


 怯える綾乃を竹間と高原はにやけながら見ている。

 

 「いいじゃねえか。三上の友達は俺らの友達だろ?これぐらいスキンシップだって。おい、お前らも触っていいぞ。三上の女ならやりたい放題だ」


 「うひょお、この子めっちゃ俺の好みの顔してるよ。ねぇ、君、三上とはどこまでやったんだ?教えてくれよ」


 「な、なぁ、俺は胸触ってもいいか?」


 綾乃を囲む輪がどんどん狭まっていく。

 まるでウサギを逃さんとするライオンの群れのようだ。

 

 「や、やめて。……文人、助けて」


 綾乃は内股になり、両手で胸を守るように押さえながら俺を見上げる。その表情はひどく怯えていた。

 綾乃とは今日会っただけの関係だ。付き合っているわけでもない。

 ここで矢野達に喧嘩を売ったら今後の学校生活が大変になるのは目に見えてわかる。だから、彼女を見捨てるのが正しい選択肢だ。

 ……やれやれ、我ながら最低な男だな。自嘲な笑みが自然とこぼれる。


 俺はボッチで根暗でゲームが好きなオタクだ。

 現実世界なんかに興味はなく、どれだけ馬鹿にされようがどうでもいいと流せてしまうほど他人に、そして自分自身に諦めていた。

 だから学校ではモブのように目立たずに暮らし、勉強をして成績を上げようとも思わなかった。人生のすべては一五インチの小さな画面の中にしかなかった。

 なのに今日、暑さで頭をやられて綾乃をナンパから助けて何かが変わった気がする。


 こんなどうしようもない、底辺みたいな俺をカッコいいと言ってくれた。

 こんなどうしようもない、底辺みたいな俺を優しいと言ってくれた。

 こんなどうしようもない、底辺みたいな俺を信頼して助けを求めてくれた。

 

 こんな状況で無関心を装うほど俺の心は死んでなんかいなかった。


 「おい、矢野」


 「あ?」


 矢野が後ろを振り向いたその顔に右拳を振りぬいた。


 「ぐがぁああ」


 歯が一本口から飛んでいくのが見えるも同情心も湧かない。

 

 「矢野!おい、三上ごときが調子にのりやがって。お前自分が何したか分かってるのか?」


 「あ”?」


 竹間の胸ぐらをつかみ上げて顔面に頭突きを決める。


 「がぁああぁああ」


 鼻血が出た鼻を押さえながらうずくまる。


 「これは暴行だぞ!自分が何してるのか分かってるのか三上!」


 高原は俺を指さして非難する。


 「それはこっちのセリフだ」


 「ボッチの三上ごときが、舐めるんじゃねえ!」


 殴りかかってきた高原の拳をかわして鳩尾みぞおちに左拳を突き刺す。

 腹を押さえて後退する高原。

 息を切らしながら、俺の前にうずくまる三人を見下ろしていた時だった。


 「お前たち何してるんだ!」


 異変に気づいた大人たちが駆けつけて、俺は取り押さえられた。

 騒動の中心にいた俺に嫌疑けんぎが向けられたが近くで喧嘩の一部始終を撮っていたサラリーマンが庇ってくれたことで事なきを得た。

 彼いわく、小学生っぽい女の子が男に囲まれていたため念のためカメラを回したそうだ。

 そんな余裕があるなら助けに入れよとは思ったけど、おかげで俺の正当防衛を証明できたので何も言えなかった。

  

 「ごめん、変なことに巻き込んで」


 ゲームセンターを出て隣に歩いている綾乃に頭を下げた。

 嫌われるのはしょうがない。俺が三人を連れてきたんだ。

 これで俺と綾乃の関係が終わったと思うとちくりと胸が痛んだ。


 「なんで謝るの?助けてくれたじゃない。それに、カッコよかったよ」


 そんな俺に何もなかったかのように微笑んでくれる。

 その目は赤く、うるんでいるように見えた。

 そうか、この子は強いのではなく、強がっていたんだ。ナンパした男を撃退した後に言った言葉、俺がいるから勇気を出せたってのも俺を励ますための言葉だと思っていたけど、本音だったんだ。


 「ねぇ、文人。メアド教えて」


 「え?ああ、いいけど」


 そう言って、俺たちはメアドを交換しあった。

 

 「今日はありがとう。まさかこんなにナンパされるなんてね。まあでも、文人が一緒なら大丈夫だよね」

 

 俺の腕にしがみつき、無邪気な笑みをみせる。

 これは財布の金が底をつきそうだなと内心で思ったのだった。

 別れ際に、疑問に思っていたことを聞いてみた。

 白色の薄手のシャツに黒のショートパンツから見える健康的な肢体は細く、顔は幼いがどこか大人びた雰囲気もある。


 「あのさ、ずっと疑問に思ってたんだが、綾乃って何歳なんだ?」


 綾乃はぷくっと頬を膨らませて、


 「小学生じゃないから」


 それだけ言って俺の背中を思いっきりつねられた。


 「痛ってええええええ」


 「女子に年齢を聞くとか!最低!」


 綾乃はべーと舌を出して走り去っていった。


 この後、ネットに矢野達が綾乃を囲んでセクハラしている動画が出回り、炎上事件が起きた。学校にも情報が伝わり事実確認の上、三人は退学した。

 当然、俺もそこに映っており学校中で一躍有名人になった。

 綾乃とはメールのやり取りを続けており、今度の休みに遊びの約束を取り付けてある。相変わらず年齢は不詳だ。

 まぁ、本人が小学生ではないと言っているのだから中学生なのだろう。


 デートの資金を稼ぐために受けた隣町にある本屋のバイト面接の帰り道。俺は自転車に乗りながら下り坂を駆け抜ける。坂を下りたすぐに横断歩道があり、キュウとブレーキをかけて止まった。

 自転車から降り、快晴の青空を仰ぎ見ながらポケットから取り出したハンカチで額の汗を拭く。

 信号機が青に変わり、前を見ると横断歩道を挟んで向かい側に立っている少女と視線がぶつかった。

 白色の薄手のシャツに黒のショートパンツを穿き、日に焼けた健康的な肢体をした少女が赤いランドセルを背負っている。

 青信号にも関わらず俺と綾乃は立ち尽くし、同時に声がれた。


 「あっ」


 生暖かい空気が俺たちの間を通り抜けていく。

 やらない後悔よりやる後悔なんて言葉があるが、そんなの嘘っぱちだ。

 ナンパされている少女を助けるべきじゃなかった。

 だってそうだろ。幾らなんでもありえないだろ。

 高校生の俺が女子小学生に本気で恋をしてしまったなんて。

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