スポーツ兵士
「明日の朝、開戦です」
各国の首脳は冷静だった。かつてのように兵を動かし、領土を焼くような戦争ではない。AI調停機構の管理下、現代の戦争はすべて「スポーツ」によって解決されることになっていた。
国連改定憲章第17条――いわく、主権をめぐる対立は「指定競技による一対一の対戦」によって処理される。
今期、ユーラシア連邦とオセアニカ共和国の紛争解決競技は「拡張リアリティ・ゼロGフットボール」に決定された。フィールドは軌道上、月面基地から打ち上げられた20人の選手たちは、それぞれ国旗のデザインをスーツに纏い、静かに空中に浮かんだ。
「ゴールすれば、主権の50%を獲得」
無重力の競技空間で、選手たちは宙を切り裂きながら、まるで流星のように駆けた。観客数十億がリアルタイムで視聴し、ハッシュタグは一瞬でトレンドを席巻した。
《#ゼロG決戦》《#連邦がんばれ》《#我らの主権はボールひとつで》
国家の威信をかけたゴールシーンに、各地で花火が上がる。観客の熱狂に呼応するように、選手たちの身体は極限まで研ぎ澄まされ、AI審判がリアルタイムでフェアプレイを監視する。もはや、戦争よりも整備された美しい「衝突」だった。
1対1、2対1、そして2対2。試合は後半へ。
最年少エース・ラミンがゴール目前で回転斬り。逆回転する防御選手を跳び越え、ボールは青いゴールラインをくぐった――
瞬間、両国の国旗が半透明になり、AIが主権譲渡率を更新。20%、30%、50%――
ついに、ユーラシア連邦がオセアニカに対して「紛争地域の主権」を勝ち取った。国境が再定義され、ニュースキャスターが次々と各国の対応を報じる。
「おめでとうございます。あなたの国は、本日より正式に南洋諸島の海底資源の採掘権を獲得しました」
選手たちは笑い、肩をたたき合い、互いの健闘を称える。
……そこまでは、よかった。
問題は、その次だった。
「……え、これ、またやるんですか?」
ラミンの言葉に、代表団のひとりが答える。
「ええ。来週は、北極圏航路の競技があります」
「……え、俺たちまた出るんですか」
「もちろん。連邦代表として、あなたたちは年間75試合が義務です」
無言のラミン。
別の選手がぽつりと漏らした。
「……俺たち、ただの“スポーツ兵士”じゃん」
誰も笑わなかった。どの国も、最初は楽しげに競技に参加していた。だが次第にエスカレートし、交渉はすべて「競技場」で解決されるようになった。
外交官は必要なくなり、スパイも、政治も、不要になった。
残されたのは「公式戦」という名前の戦場。
やがて、画面に新たな競技スケジュールが表示される。
《次戦:ヴァーチャル・サバイバル・アート/対アマゾニア合衆国》
ラミンはそっとヘルメットを脱ぎ、ため息をついた。
「……こんなことで国が動くの、どうなんだよ」
誰も答えなかった。
ワクワクと熱狂に満ちた戦いのあとに残るのは、次の戦争、次の競技、次の勝利と敗北。
そして、選手の消耗だけだった。
次は、政治的紛争をスポーツで解決するショートショートが読みたいです。三千字程度で、ワクワクする展開でありながら、最終的にはがくっと力が抜けるような話がいいです。