第6話
「お、燈真、おはよう。相変わらず早いなぁ」
玄関先から先生が顔を出して話す。
「おはようございます!今日も特訓お願いします!」
(『朝一番の挨拶は元気よく』父さんによく言われてたことだったな)
一人で勝手に感傷に浸り、いつも通り訓練場に足を踏み入れた。
「今日は、攻撃以外の魔法の訓練をお願いします」
「攻撃以外…ヒールとかプロテクションみたいなやつか?」
「はい!」
先生はニヤッと笑って、「普通だったらまだ早いが、お前なら大丈夫だろ。さ、じゃあヒールから行くか」と言った。
「常々言っているが、魔法はイメージの具現化だ。ヒールは相手の傷の箇所を元の形に戻す感覚だ。難しかったら傷の上に膜を張る感じでも行けると思うぞ」
「なるほど。詠唱はシンプルにヒールでいいんですか?」
そう聞くと先生は渋い顔をしていった。
「燈真の場合は無詠唱でいいか」
「えっ!?」
(なんで俺だけ特例?)
俺の疑問を汲み取ったのか、先生は説明を始めた。
「本来詠唱ってのは魔法のイメージを補助する役割なんだ。反復動作みたいなもんだ。「この詠唱をしたらこの魔力操作をしてこの魔法を撃つ」っていうスイッチの役割だ。もちろん難しい魔法は詠唱するほうが確実だ。ただ、ヒールとかボーダーになったりすれば無詠唱でいい。だから俺はプロテクションやテンポラリアンは詠唱してるだろ?」
(なるほど、反復動作のスイッチか…)
案外無詠唱魔法はそこまで凄いものでもないのかもしれない。
(というか、それよりも、今の説明だと…)
「プロテクションって…むずいんですか?」
てっきりヒールみたいに簡単にできると思ってたのに…と落胆し肩を落とす。
「基本的に効果を与える範囲が広くなったりしたら難易度は上がる。他にはプロテクションみたいに魔法、物理共に干渉するものは魔力操作が難しかったりする。そうだな…」
先生は顎に手を当てて考える。
「よし、燈真、盾に火球を撃ってみろ。『プロテクション』」
そういうと、先生は詠唱して盾を召喚した。俺は言われたとおりに火球を放つ。火球は盾にあたって受け流された。
「これが成功例だ。これが、魔力操作が正しくできてない場合は…もっかい撃ってくれ」
今度は詠唱を省いて盾を召喚する。同じように火球を放つと、火球は盾をすり抜けてその向こうの人形にあたってしまった。
「盾となると、物体を静止させるための反発力がないとだめだ。ボーダーや火球だって、相手は通り向けられはするだろ?そこがプロテクションとの違い、故に難しくなってるんだ」
理論的な説明は頭痛が痛くなるから苦手だが、イメージが根本になってるから理解できた。つまり、身の回りを纏う鎧を生成する魔法とかも難しいんだろう。
「よし!じゃあヒールやってみるか。まずは実践から。傷を治してみろ」
「はい!」
俺は手を前に出す…が、そこで気がついた。
「…傷って、どこですか?」
「…あっ、すまん」
先生はハッとしたあと、舌を出して謝った。このシーンが漫画だったら、絶対に「テヘペロ」とテロップが書いてあるはずだ。
「今度こそ、俺の傷を治してみてくれ」
剣を抜いた先生は、自身の腕を浅く斬りつけた。
「えぇっ!?」
突拍子もなく自傷行為を行う先生に対して、俺は驚きと恐怖を感じた。
「そんな驚くことじゃあねぇよ。ほら、やってみ?」
少しも痛がらない先生。
(怖っ…)
そう思いつつ、俺は傷を治療するイメージをしつつ魔法を放った。傷の周りに緑色の光が浮き上がる。ただ、傷は何も変わらなかった。
「うーん、失敗か。じゃあ…」
途端、先生の右腕が動いたかと思えば、俺の右腕に鋭い痛みが走った。
「痛っ!えっ!?」
突然のことに何が起きたのかわからずローブの袖をめくると、そこには浅く切り傷ができていた。
「自分の傷だったら治療のイメージがつきやすい場合があるからな。もっかいやってみろ」
(せめて説明してから斬ってくれよ…)
頭の中でこっそり愚痴りつつも、俺は自身の切り傷に左手をかざした。ついでに、成功率を上げるために詠唱もする。
「『ヒール』」
また傷に緑の光が浮き出るも、同じように傷に変化はなかった。
「あれぇ?おっかしいな…」
「燈真、あれだな。回復魔法は苦手なのか?ヒールぐらいなら出来ると思ったんだが…」
先生の言葉にムッとするが、何度やってもうまくいかない。
「まぁ大丈夫だろう。他の勇者と合流すれば、回復魔法が使えるやつが一人ぐらいはいるだろうし…」
「合流するまではどうしましょうか…」
「うーん…」
先生も困った顔で俯く。二人でうなりながら考えてみるが、打開策は出てこなかった。
「だったらこの布を使ってください」
突然後ろから声が聞こえ、俺と先生二人揃って肩をビクッと跳ねさせながら後ろを振り返ると、そこには袋を持ってこちらを見るクーニャの姿があった。
「先生、おはようございます。何も言わず勝手に上がり込んでしまってすいません。」
「あぁいや、全然…おはよう」
先生も突然のことで驚いているのか、目を真ん丸にしてぼそぼそと返答する。クーニャはこっちに歩いてきて、袋の中身から湿布のようなものを取り出した。
「道具屋に売っていた治療薬です。皮膚に直接貼るかたちなら荷物もかさばりませんし、使用も楽なので。これを使ってください」
「あぁ、ありがとう」
手触りや柔軟性も湿布と大差ない。絆創膏みたいに傷を保護するんじゃなくて、傷を直接治療するための物。俺の世界より進歩していることがよく分かる。
「じゃあこれでヒールは終わりな。あとは…なんかあるか?」
俺に聞くが、どんな魔法があるかわからないのに何がやりたい!とは言えない。すると、発言したのはクーニャだった。
「『アクセル』とかはどうでしょう?使い所は難しいですが、慣れれば戦略の幅が広がると思いますよ?」
「『アクセル』…?どんな魔法なの?」
その疑問に先生が答える。
「一時的に自分の速度を上げる。ただそれだけだ。シンプルだろ?」
なるほど、加速か。確かにあって不便はない。
「じゃあそれをおねがいします!」
ただ、アクセルの習得は驚くほど簡単だった。先生曰く「自分の足に魔力を溜めろ」とのことだった。自分が加速するイメージをするのは慣れているので、一回目から成功した。アクセルを使うと、体感速度がだいぶ高くなって、大体1.5倍ぐらいだった。試しにその状態で人形に打ち込み稽古をしても、相手を切り抜けることができた爽快だった。最後に先生と軽く手合わせをして、今日の訓練は終わりだった。
──────
先生の家を出て、クーニャと一緒に帰路につく。
「そういえばさ、クーニャのお父さんって先生と同期だったの?」
「え?」
「この前、図書館でベロニカの隊員表を見たんだ。そこに「リュードゥ・シンプリン」って名前があってさ」
クーニャの表情がハッとなった。
「それは私の父方の叔父です。リアド王国のベロリカだったと思います」
「あぁ、叔父さんか」
「両親は私とは別の街で暮らしています。「デルア」という、「センチュリア王国」の北の方ですね。センチュリア王国は、ゾリアルド王国から西の方です」
その説明を聞いているうちに大事な疑問が浮かんだ。
「てか、ヴィレデクはどこにいるの?それをまだ教えてもらってないけど…」
クーニャは「あぁ」と呟き説明を始めた。
「ヴィレデクの本拠地はこの世界の西端「ジュリング山」の中です」
「山の中!?」
「はい。外部からの攻撃を受けにくく、資源も豊富だからでしょう。以前は山の上だったんですが、先代の勇者様との戦いで倒壊しましたから」
(山の中…外から見てもわからないんだろうなぁ)
「そして、ジュリング山内部にいる魔王ウィーゲの討伐が最終目標となってはいますが、各王国を支配している部下の討伐も必須になってきます」
(部下…七忠臣のことか)
「向かわなければいけない王国は、それぞれ東から、「ペリウル王国」「センチュリア王国」「デラクシア王国」「メリーゴル王国」「ノーマン王国」「ヴィル王国」です。どうやら、6人の側近が支配し、1人は魔王の右腕的な立ち位置でジュリング山にいるんでしょう」
「6つか…先が遠いな」
「あぁ、側近の討伐は4人で手分けして行います。それに関しては長くなるので、明日お話しますね」
気づけばもうクーニャの家は眼の前だった。俺はやることを済ませてそそくさとベッドに潜り込んだ。ベッドの中で俺は、一つの疑問を抱えていた。
(なんでゾリアルド王国だけはノーマークなんだ…?単純に一番遠いからなのかもしれないけど、確かもともとは「支配しやすくするため」の2国の合併だろ?なんか引っかかるんだよな…)
性に合わず長々と考えことをしているうちに、俺の意識は睡魔に打ち負かされて暗闇に沈んだ