第五話
「さぁ、こっからどうするんだ?燈真」
炎の壁で隔たれている燈真に問いかける。この壁越しに魔法を放ってもいいが、それでは燈真の練習にもならないだろう。そこで俺は左から迂回して速攻を仕掛ける。そこには背を向けて武器の山を見ている燈真がいた。
「敵に背を向けるな!」
容赦なく剣を背中に振り落としたとき、燈真が振り返った。その顔は、覚悟ができている、鋭い目つきだった。
キィィィィン!!!
先生の剣を正面から受ける。左に流し、咄嗟に距離を取る。今、俺の手には日本の伝統的な武器「刀」が握られていた。いや、正確には刀ではないのかもしれない。ただ、ブロードソードは片手で扱うには重いし取り回しが悪かった。刀なら軽めだし、リーチも長い。
「戦闘中に咄嗟に武器を変えるか…ただし、その武器を扱えるかどうかだな」
俺は返答せず、先生を見据えて真正面から斬りかかっていった。それを受け流されるも、その勢いを借りて間髪入れず攻撃を仕掛ける。キン!キン!と金属のぶつかり合う音がする中、俺は攻撃のために剣を振るったと同時に、先生の後ろと、先生から見て左側にボーダーを放った。
「くっそ!もう無詠唱も出来るようになったのかよ!」
高く飛んで上に逃げられた。だが、それもすでに見越していた俺は、刀を地面に突き刺した。そして、左のポケットからさっき刀と一緒に持ってきた弓矢を取り出す。
(片腕が使えなくても、この方法なら…)
矢じりを右手の親指、中指、薬指でつまんで固定する。そしてあのとき、俺が訓練場を吹き飛ばしたときのように多めに魔力を込める。
「『ブラスト』」
教えられてない魔法だが、先生の教えの通り、イメージを具現化することができた。俺の右手の中で小規模の爆発が起き、その反動で尻もちをついたが、爆風に乗った矢は先生の右足に突き刺さった。
「痛ぇ!矢!?」
案の定着地がぐらついたところを素早く上から斬りかかる。だが、俺と先生の間にはまたプロテクションによって盾が出現する。
俺は、左手の手のひらを先生の方に向け、そこから火球を放った。狙いは付けられずとも、この至近距離でなら手首を動かすだけでいい。盾は同時に二個は張れないだろう。火球は先生の腹部めがけて迫る。
「やっば!」
プロテクションを消して後ろにロールする。しかし─
「熱っ!!ボーダー!まじかよ!」
後ろにはすでに炎の壁がそびえ立っていた。そのまま俺は刀を振り抜き、切先は先生の右肩から左下にバッサリと切り裂いた。
(やった…なんとか先生に勝った…)
余韻に浸っているうちに、俺はハッとした。
「せ、先生!?大丈夫ですか!?」
「あぁ…生きてるよー…へっへへ」
よろっと立ち上がると、笑いながら俺に言った。
「片手だから傷も浅い。ただ、やっぱすごいな。追い詰められてからの速攻、魔法の使い方、魔法の開拓。言うことはねぇよ」
「その…怪我は?」
「任せろ。燈真、カテリアン貸してくれ」
俺はポケットからカテリアンを取り出して先生に手渡す。
「『ヒール』」
カテリアンの効果や先生の熟練度もあってか、先生の体の傷や矢の刺さった場所、俺の肩の刺し傷もきれいに治っていった。
「いやぁすまんな。ただ肩を狙っただけだったんだが、筋を切ったらしかったな」
なるほど。筋が切れてたから動かすと激痛が走ったのか。
「てか、よくデルビグ使えたな」
「デルビグ?」
「この武器だよ。知らないのか?」
(あぁ、刀のことか)
「俺のいた世界で昔に多用されていた武器に似てたんで」
先生は「へぇ〜」と感心したように頷く。それよりも─
「先生、めっちゃ強くないですか…?」
魔法の精度や異次元の身体能力。確実にただの一般人ではない。少し戦闘をかじっているだけでもない。
「そうか?まぁ、昔に「ベロリカ」っていうところの一員だったからな」
「ベロリカ?」
「ベロリカってのは、ゾリアルド国家直属の国衛隊だ。まぁ、俺が属してたときはまだリアド王国だったがな。そこの訓練とかやってきたから、魔法とかも一式使えるんだろうなぁ」
国家直属の国衛隊…自衛隊みたいなもんなのかな。それでも、日本よりは国家間の争いにも兵力として参加してたのかな。
「燈真、俺が戦闘のときに心得てる格言的なものがあるんだ。『型にはまるな。柔軟に考えろ』だ。まぁ燈真には言わなくてもアレンジして戦ってたけどな」
「…たまたまですよ」
(ほんとにたまたまだけどな)
「今日の特訓はここらへんでいいんじゃないか?疲れただろうし、帰ってゆっくり休みな」
「はい、ありがとうございました!」
こうして先生の家を後にした俺は家には帰らず、図書館に向かった。
─────
「あ、燈真さん!今日もなにか調べ物ですか?」
歴史のコーナーに行くと、以前のようにマレリアが座って本を読んでいた。
「あぁ、また歴史について知りたくて…リアド王国の国衛隊についての知りたいんだけど…」
「リアド王国の国衛隊…ベロリカでしたっけ?」
そう言うと本棚から3冊ほど本を抜き取った。
「具体的にどんなことが知りたいんですか?」
「ベロリカの隊員とか、後は…ベロリカの仕事とかかな」
「じゃあこれ、ベロリカの歴代隊員表です」
マレリアに渡された冊子には、ズラッと名前が乗っていた。名前は英語で書いてたので、名前だけは読めた。パラパラとめくると、83代の枠に、「グラッド・ベリール」の名前があった。他の人の名前にも軽く目を通してみる。ウェリウス・デリア、ポルド・クェリー、アラン・バハムート、リュードゥ・シンプリン…
(あれ?この「リュードゥ・シンプリン」って…クーニャの性と同じだよな?)
父親か祖父かな…なんて思っていると─
「燈真さん、仕事の方も説明できますよ」
マレリアに声をかけられた。
「あぁ、お願いします」
「基本的にリアド王国時代のベロリカの仕事は国内の大規模な争いの鎮圧。紛争とかが主ですね。それに、国王襲撃時の防衛などです。ゾリアルドになってからは国内での争いの鎮圧ぐらいですね。前までは魔族に対して攻撃してくることもありましたが、実力差を実感してやめましたね」
「へぇ〜。そうなんだ」
「シンプルでしょう?」
シンプルだし、マレリアの簡潔な説明もあってすっと頭に入ってきた。
「他には知りたいことありますか?」
「じゃあ…ヴィレデクについてとか」
随分と曖昧な質問になってしまったが、マレリアは俺の意思を汲み取り説明を始めてくれた。
「ヴィレデクは、魔王である「ウィーゲ」と、その側近である七忠臣と呼ばれる七人から成り立っています。以前も言ったかもしれませんが、先代の勇者が、以前の魔王「ノゼリア」を倒しましたが、その後、何者かの奇襲によって二人とも倒れました。その後ヴィレデクは新たな魔王を立てて世界の征服を続けています。依然として、ウィーゲ、七忠臣共に能力はわかっていません」
七忠臣…中ボス的な感じなのか。もしかしたら先生に聞いてみても何か分かるかもしれないなと思い、明日聞いてみることにした。
「そういえば燈真さんってなんの魔法が使えるんですか?」
唐突にマレリアに質問された。
「魔法…炎魔法だよ」
質問に対しての回答方法がこれであっているのか?と不安になったが、マレリアはこの返答で満足したらしい。
「あ、もうこんな時間か」
気がつくともう夕飯の時間だ。身支度をして帰る支度をしていると、マレリアに呼び止められた。
「ヴィレデクを倒すために、後ちょっとの間だと思いますが、特訓頑張ってください!私も出来ることがあったら手伝うので」
「あぁ、ありがとう」
そうして俺は帰路についた。そんな俺の後ろ姿を見て、マレリアは微笑んだ─