第一話
「ただいまー」
返事はない。俺は2階の自室に向かい、荷物をベッドに放り投げて、1階の和室に向かった。
「お、燈真。帰ってたか」
「ただいま、父さん」
襖の奥には布団で横になっている親父がいた。少し頬が痩せているが、笑顔からはエネルギーが感じられる。
俺は夢見燈真。市立戸熊中学校に通う中学2年生だ。純粋な心を持っていて、最近段々と厨二病を発症しているところだ。俺の父親は夢見光蔵。50歳にしては豪快な言葉遣いで、認知症の心配は無さそうだ。だけど2年前、建築会社で働いてたときに鉄骨から落下して入院。そのときに背中を強く打って、今は顔と首と右腕しか動かせなくなり、ずっと寝たきりだ。母親の夢見氷華は俺が小学2年生の頃に居なくなってしまった。起きたら既にいなかったのだ。父さんは母さんのことを話そうとしないが、俺はもうこの生活になれている。
「体調はどう?変わりはない?」
「当たり前だ。ただ寝たきりってのは暇でしょうがないな。」
苦笑いする親父を見て安心した俺は、キッチンへと向かった。1年前までは親戚の人が手伝いに来てたけど、母さんが居なくなってから親父に料理を教えてもらったり、親戚の人が家事を教えてくれたから、最近は俺が全部やってる。当然部活には入ってない。
俺は余り物で簡素な夕飯を作り、親父に食べさせた。
「うん、旨いな。まぁ俺には敵わないな」
そう言ってガハハと豪快に笑った父親に対して俺は口を尖らせる。そしてテレビを見たり課題をしたりして時間を潰し、「おやすみ」と声をかけて寝る。こんな感じのルーティーンは確立していた。ベッドに入ってうとうとしてきた時、頭がモヤモヤとした。寝そうなときの感じとは違う。意識が遠のく感じがした。余程疲れたのだろうと、俺の意識は闇へと沈んだ。
─────
俺は固い床の感触で目が覚めた。ボーッとした意識のままからだを起こすと、目に飛び込んできた景色は、俺の意識を覚醒させるのに充分すぎる光景が広がっていた。驚いて周りを見ると、そこは大きな塔のようだった。瓦礫が積み重ねられているところもある。床は俺の寝ていたところを中心として、半径3m程の大きな魔方陣が描かれていた。その魔方陣は紫の光を帯びていた。俺が考えをまとめようとフリーズしていると、「よし!成功した!」と声が聞こえた。
驚いて前を見ると、紫がかったローブを着た女の子が立っていた。この子は杖を持っていて、先端には紅い宝石が着いていて、眩しいほどに輝いている。
「よくぞいらっしゃいました。炎の勇者様」
意味が分からない。
寝て起きたら変な場所に来たと思ったら俺が勇者?何かのドッキリだろうか。立ち尽くしている俺に少女は一方的に話しかけてくる。
「突然ですが、助けていただけないでしょうか。私たちの国、「ゾリアルド王国」が大変なんです!」
パンクしそうな頭を落ち着かせ、俺はその少女に聞いた。
「すみません。まだどういうことか分からないんですけど…」
そういうと少女は説明を始めた。
「私たちの住むゾリアルド王国はゾアル王国とリアド王国という2つの国に分かれていました。2国は互いの宗教や政治の仕方が噛み合わないが故に古くから対立していました。戦火自体は交えませんでしたが、国民同士の喧嘩や迫害に困っていたんです。ただ昔、ある出来事がきっかけで世界を巻き込む大戦に発展してしまったんです。」
「じゃあ、その対立を鎮めるのが俺の役目ってこと?」
彼女の顔はより深刻そうな表情になった。
「いいえ、世界戦争にあやかった魔族によって、ゾリアルド王国は魔族の手中になってしまったんです。魔族に支配されてすぐ、王国は二人の勇者を転生し魔族を追い込んだのですが、魔族を退くことはできませんでした。それどころか、他の王国にも勢力を広げました。ですがそれが逆に功を奏し、また転生できるほどに監視網が緩みました。その為、各国で四名の勇者を召集したんです。炎師、雷師、時師、風師。そこで召集されたのが…」
「……俺ってことか。」
なんだか凄いことになっているな…
「ごめん、一つ疑問があるんだけど、その…俺の勇者の力?は何?」
「貴方には炎関連のスキルに特化した能力を授けています。習得しやすかったり、威力が高く、魔力の消費も通常とは低かったりとなっています。」
なるほど。ややこしくなくていいな
「というわけで、王国、いや、世界を救うために力を貸してほしいです!お願いします!」
「分かった。よろしく。」
そんなこんなで呼び出された俺は、小説でみた転生系のように、無双出来るかもと胸を高鳴らせたが、すぐに不安な気持ちも沸いてきた。どうなるのだろうか…
「俺は夢見燈真。君は?」
「私はクーニャ・シンプリン。クーニャって呼んでください」
そして俺はクーニャにつれられ、ゾリアルド王国の東に位置する町、「クリウン」にあるクーニャの家に行った。町は活気があって、魔族がいるとは思えなかった。クーニャの家は2階建てで、どうやらクーニャ1人で暮らしているようだ。
「転生者ということで、目印として手に印を押させてもらいます。この紋章は、魔法の威力をあげる効果もあります」
クーニャが何かの呪文を唱えると、俺の左手の甲が光り、謎のマークが浮き上がった。そのマークは抽象化された炎の形のモノだった。
「取り敢えず今日は夜も遅いので、睡眠を取ってください。」
そう言ってクーニャは客間を貸してくれた。これからの冒険に胸を高鳴らせ、俺は深い眠りについた。
─────
「…どうやら再び我らの邪魔をするものが現れたようだな。」
「今回は4人。どうしましょう…?」
禍々しい玉座の前で、透き通る水晶を前に2つの影が話している。
「雑魚は集まっても所詮雑魚よ。とりあえず、アイツをゾリアルドに送っておけ」
「はっ。」
一つの影が消え、玉座に腰掛けた影は、頬をつき笑った。
「この私に牙を剥こうとも、夢半ばにして散りゆくのみ…」
ニヤリと笑った口から覗く牙は、炎の光を反射し、不気味に輝いていた_