3話
一方のローウェンは、ルドヴィークより一足先に青の結晶を手に入れ次の目印の入手先に向かっていた。
(ルドももう目印を手に入れただろうな……)
優秀な幼馴染のことだから、予想は当たっている筈だ。恐らくそう遠くないうちにどこかで鉢合わせることになるだろう。
青い光は方位磁石のように一定の方角を示し続けていたが、やがてある場所に辿り着くとガラスが割れるように砕け散ると消失してしまった。
(ここが……?)
案内に従って突き進んでいたローウェンは暗く先の見えない洞窟の入り口の前にやって来ていた。
(洞窟か……視界が悪いな)
ローウェンは探索球を応用し、簡易的な灯にして洞窟の中へと足を進める。こつ、という自分の足音だけでなく時折蝙蝠の鳴き声のようなものも聞こえる。どうやらこの洞窟には自分の他にも多くのお客様がいるらしい。
(蝙蝠程度なら、まだ可愛いほうか)
ローウェンは苦笑した後、暗闇に浮かぶ赤い瞳を見据えた。暗闇からゆっくりと光のある方へ姿を現したのは、狐魔狼だ。紫銀の毛並みは妖しい光を放ち、唸る口からは大量の涎が流れ落ちている。この様子から見るに、だいぶ気が立っているようだ。
(本当にゴードン教授の再現率はすごいな)
まるで本物の魔物がそこにいるようだ。まあ、本物でなくとも生徒を襲うように指示されている上、致命傷を受けようものならこの区域から除外されてしまうため、本物でないからと気を抜くことはできないのだが。
(三匹か。この空間だと、範囲攻撃は危険かな)
ローウェンはすぐに可変呪器を起動させ、剣を構える。狐魔狼は牙を剥きながらローウェンに飛びかかってくる。
「ーー--!」
正面の狐魔狼を剣で薙ぎ払い、右側面から襲いかかる一匹に回し蹴りをお見舞いする。そして、その反動を利用して二撃目で左方の魔狐狼の首を落としたローウェンは、壁に叩きつけられ態勢を立て直そうとしている一匹に距離を詰めその頭に剣を突き立てた。
(……仕留めた、かな)
狐魔狼の息の根が止まったのを確認して剣をその頭から引き抜く。周囲に魔物の気配がないことを確認して、ローウェンは息を吐く。
(段々魔物に遭遇する間隔が短くなってきた……ひょっとして目標地点に近づいているんだろうか)
そうだと嬉しいのだが。
(その可能性も考えて、用心して進まないと……)
洞窟は足場も視界も悪い。探索球を灯り替わりにしているとはいえ、視認できる範囲に限界がある。不意をついた攻撃を受けるかもしれない。今のところ聞こえるのは水滴の音と自らの足音や息遣いだけだが。
(………ん?)
しかし、足を進めていくと今までと違う雑音が耳に届き、ローウェンは足を止める。
「っ、ひっく、ぐすっ。うぅ」
鼻をすする音に、聞こえる嗚咽。訝しげに思いながらも、ローウェンは音の聞こえる方へと静かに足を向ける。
「……イル・シラーズさん?」
名前を呼ばれた少女は勢いよく顔を上げる。その目には涙が浮かんでいる。
「え、あ。ローウェンくん!? よ、良かったあ!」
(ーー!?)
勢いよく抱きつかれたローウェンは一瞬体を硬直させつつも、すぐに我に返り体を引き離す。
「シラーズさん? あの……」
「あぁっ! ごめんなさい! あの、無意識で、ひとりで怖くて。その……」
イル・シラーズは己の無意識の行動を恥じたのか、顔を赤くしながら即座にローウェンと距離をとった。
「……あはは。大丈夫? とりあえず落ち着こうか」
音に反応して魔物が集まってくるのを防ぐため、声を潜めながらローウェンが言うとイルは口を押さえて首を縦に振る。
「ご、ごめんなさい」
イルが俯きながら小さな声で謝罪する。
「……落ち着いたみたいだね。良かった」
「う、うん。少し落ち着いたよ。ありがとう。ローウェンくんはひとりでここまで来たの?」
涙を拭いながらイルがこちらを見上げてきたので、ローウェンは頷く。
「そうだけど、シラーズさんもそうじゃないの? 他に誰もいないみたいだし……? え!?」
ローウェンは言葉の途中で静かに泣き出したイルに狼狽える。
「え、何か変なことを言ったかな……?」
「ち、違うの。ローウェンくんが変なことを言ったんじゃなくて。じ、実は……」
目を真っ赤にしながら此処に来るまでの経緯を話すイルの言葉に、ローウェンは黙って耳を傾ける。
イルは途中言葉に詰まりながらも、ロキシーとヒューズと離れ離れになったことをローウェンになんとか説明した。
「……それで、私1人になっちゃったの。私、弱いから何もできなくて。それに、あんな魔物今までに見たことなくて、もうどうしたら良いかわからなくて」
「なるほど。それで、1人になってしまったんだね」
(恐らく2人は回収地点に戻されているだろうから、心配は要らないだろうけど……)
勝率を上げるのであればローウェンひとりで進む方が良いのだが、このまま彼女をここに置いておくわけにはいかないだろう。とりあえず目標地点に近づいたら安全な場所で身を隠してもらい、時間が過ぎるのを待ってもらうしかないだろう。時間がくればいずれこの空間魔法式は解除されるはずだ。
「とりあえず安全な場所を探そうか……此処は安全とは言えないようだし」
ローウェンの言葉にイルは、はっと息を呑みあたりを見渡す。暗闇にこちらの様子を伺う金の瞳が幾つも浮かんでいた。相手も気づかれたのを察知したのか、恐怖心を煽るように唸り声を上げ始める。
(大したことはないけど、数が多いな)
ローウェンは側で震えているイルに目を向けた。狭いこの場所で彼女を守りながら戦うには結界を張って動かないようにしてもらうしかない。しかし、イルは普段から混乱に陥りやすい様子が見受けられていた。
(そこが心配だけど……仕方ない)
「シラーズさん。今から言うことをよく聞いて。僕が魔物を倒すまで、動かずに此処にいて。結界を張るから、怪我をしないように絶対に動かないで」
「わ、分かりました!」
こくこくと頷くイルに頷き返して、ローウェンが可変呪器に手をかけたその瞬間魔物達が吹き飛び、その姿が暗闇から叩き出され探索球の光に晒される。
「……え?」
何が起きたのかわからないイルは目をぱちくりさせながら、ぽかんと口を開けている。ローウェンも一瞬呆けていたもののすぐに誰の仕業かわかり、暗闇に向けて名前を呼ぶ。
「ーー君もここまできたんだね、ルドヴィーク」
冷たく深い藍色の双眸がローウェンに注がれ、数時間前に別れた時と変わらぬ不機嫌そうな幼馴染の姿がそこにあった。