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1話

 数えきれない程の書物が埋め尽くす薄暗い空間に、二つの人影があった。風の音もなく、静かな空間に聞こえるのは呼吸音のみ。寝椅子ソファーに横たわる少年は、そばの少女の小さな笑い声にうっすらと目を開けた。

「どうしたんだ」

「ふふっ。面白いことが始まりそうだと思って」

寝椅子の縁に肘をついた少女は、少年を見て笑みを深くする。

「それは君を楽しませてくれそう?」

「さあ?どうかしら?でも時間は潰せそうよ」

少年は少女の様子にまた悪い癖だ、とため息を吐く。この姉は変わったことを聞きつけては、頭を突っ込みたがる。

「分かった。付き合うよ」

「あら?いいの」

少女は目を瞬いた後、にやりと笑った。

「あなたも実は退屈なのね?」

少年は少女の言葉に体を起こし、大きく伸びをした。

「僕は君が余計なことをしないように、監視しに行くだけだよ」

「あらそう?でも、どうせ行くならとっても面白い催しになると良いわね。せっかくあなたも行くのだし。それともそうなるように、少し後押ししようかしら?」

「だめだからね?見るだけだよ。お願いだから、また面倒ごとを増やさないでよ?」

「はいはい、分かりました。それじゃあ行きましょう?」

肩を竦めた少女が促した次の瞬間、二人の姿はまるで最初からそこになかったかのように忽然と消えた。












「これじゃあ、また赤点よー」

フェリスがまっさらな教科書の前に顔を突っ伏して喚く。その姿は、室内にいた友人達の視線を拾い集めた。

「先輩、また小テストの点数悪かったんですか? 大丈夫ですか?」

「大丈夫な訳ないじゃない!」

フェリスがガバッと顔を上げ、斜め向かいで読書をしていたカーティスを睨みつける。

「このままじゃ両親に連絡されちゃう!」

「……部長。それを言うなら、生徒のお悩み相談解決に手を貸したり、学校の怪談話の解明に首を突っ込んだりするのを辞めたらどうですか?」

静かに勉強に勤しんでいたキースの鋭い視線がフェリスに注がれる。それを受けたフェリスは、うっと小さなうめき声を上げたじろいだ。

「それとこれは話が別よぅ」

「部長自ら勉強の時間を削っているんですから、関係なくはないでしょう。人にお節介を焼く前に他にすることが……」

キースの言葉に段々と萎れた花のようになっていくフェリスを見かねたラウラが、苦笑しながらやんわりと間に割って入る。

「ま、まあまあキース先輩。先輩も勉強しなくちゃいけないことは分かっていますし、その辺で……それに今からしっかりと予習、復習をしていれば次はきちんと点数を取れますよ。がんばりましょう?」

「ラウラ、あなた何て良い子なのー!そうよ、今から頑張れば何とかなるわよね!」

フェリスは立ち上がってラウラを抱きしめ、頬擦りする。

「それでもギリギリかもしれませんけどね……」

ぼそっと小さな声でキースが呟く。

「なんですって!? そう言うあなたはどうなのよ?」

「自分はいつも満点ですよ?」

それが何か?とでも言うように首を傾げるキースに、フェリスは歯噛みしながら味方を探して辺りを見渡す。

「ねえ、ルシル、ルドヴィーク、ローウェンはどうなのよ?」

椅子に背もたれを預けて目を閉じていた少女、ルシルは深いため息をついて首を振った。

「んー、自分はまあいつも中間ぐらいの点数ですね。所謂普通って感じです。っていうか、自分はともかく聞く相手を間違えてますよ、先輩。片やテストどころか実技も満点の皇族の教育を受けた完璧男、もう一方は、入学前から優秀と評判の五大家の全方位死角なし男ですから」

総合試験の順位だけ見れば全体的に点数が低いと思われがちだが、実はルシルは得意不得意がはっきりしているだけで、小テストも含めて赤点を取るほどの点数を採ったことはないのだ。

「た、確かに聞く相手を間違えた……勉強を苦手な人の味方はいないのぉ?」

ルシルの直球に、フェリスは肩をガクッと下ろす。

その様子にルドヴィークとローウェンが苦笑する。

「だって、私この部の部長なのよ? 率先して動かないでどうするのよぉ?」

「部長だからこそ、学業をおろそかにせずしっかりと両立して後輩に先輩としての手本を見せて欲しいですけどね」

「ま、まあまあ。キース先輩、その辺……」

再び仲裁に入ろうとしたラウラの言葉を遮った声がしたと同時に、部屋の扉が勢いよく開いた。

「みっなさーん、驚きです!大事件です!」

興奮で上気した頬ときらきらと輝く瞳で、キーラが衝撃の内容を口にする。

「なんと、夜の学校で首なし幽霊ゴーストを見た人がいるんです!」

「なんですって!?」

弾むフェリスの言葉に、優等生組であるルドヴィークとローウェンは顔を見合わせ苦笑した。

どうやらフェリスが勉学に励む時間は更に減りそうだ、と。










エスリール学園に併設される演習場。まず中に入って驚くのは見た目よりも大きなその内部。空間術式により大幅に拡張された天井に浮かぶのは、室内にいることを思わせない澄み渡るような青空だ。加えてその足元に広がるのは板や石の床ではなく土。まるで外にいるかと錯覚するような光景だ。

「今日は戦闘の実技演習でしょ? 最後まで生き残れるかなあ?」

「一緒にゴール目指しちゃう?」

「えー、あんただけじゃ不安だって」

演習着スーツに着替えた学生達は、どうやって演習を乗り切ろうかと友人達と画策する。

「実技のポイント欲しいしなあー。なあ、今回俺らも協力しねえ?」

「そうするかあ? その方が生存率上がるしな」

「って、ゴードン先生が来たぞ。やべっ」

生徒たちは教師の姿を確認して慌てて整列し始める。

「それでは、本日の実技演習を始める前に規定ルールの説明をする。今日は知っての通り、敵を倒し時間内に目標地点ゴールにたどり着いた者に得点が与えられる。まず、目標に到達した者には五十点を与える。目標地点の最初のヒントは一角兎に持たせてある。それを討伐すれば次のヒントに辿り着ける。まずはそいつを見つけろ。ヒントを見つけ続ければ問題なく目標地点にたどり着けるだろう。だが、目標地点に到着しただけでは第一席とはならない。なぜなら敵を倒した者には、その敵の種類によって点数が加点されるからだ。それと途中で敵にやられてしまった者の場合だが、演習空間から強制的に移動させられることになる。最終的に時間内に目標地点に到達していた者の点数で順位を確定し、第五席までを今期の総合試験の点数の加点対象とする。質問は?」

 眼鏡を光らせ、両手に杖を持ったゴードンの目は鋭い。厳しい教師であることを知っている学生達は言葉を発することなく、次の言葉を待つ。

「よろしい。それでは、演習始め!」

ゴードンの杖が強い光を発する。強い光に目を閉じた生徒達は光の収束後、すぐさま目を開く。

次に生徒達がいたのは木々の少ない拓けた森の一部。ゴードンが発動させた術式により、空間が変化したのだ。少し先に行けば、草木が繁る森にはどのような敵が潜んでいるのか。

「ルドヴィーク、一緒に行くよ」

いつの間にか幼なじみのローウェンが側に来ていた。

「ああ、そうだな」

「ルシル、君も一緒に行くかい?」

ルドヴィークの言葉にローウェンは笑顔で頷いて、彼は背後にいた少女を振り返った。

「いーや、結構。私はいいわ」

「えぇ!? ル……」

手を振ってその申し出を断るや否や、銀灰色の髪を揺らしてルシルは走って行く。

「俺達も行こうぜ!」

「タリア、一緒に行きましょう」

それを皮切りに他の生徒達も動き始め、各々森の中へと消えて行く。

「僕達も行こう、ルドヴィーク」

ルシルに掛けようとした言葉を飲んだローウェンがルドヴィークの方を向く。

「ああ、そうだな。そうしよう」

ルドヴィークは頷き、表情を引き締めた。ここから先はいつ魔物が襲ってくるか分からない状況だ。常に周囲を警戒して進まなくてはならない。

(まずは一角兎ホーンラビットを見つけないとな)

腰吊革ホルスターには愛用の可変呪器ファティスを装備してある。一角兎程度であれば容易に倒すことができるだろう。しかしどの魔物に遭遇しても対応できるように備えておく。

幼馴染のローウェンの可変呪器は最も扱いやすいとされる剣型だ。しかし、五大家の系譜に連なるローウェンは幼少期から研鑽を積んでおり、その実力は並の騎士では相手にならない程だ。加えて、魔術の心得もある。幼馴染であり気心のしれたローウェンは共に目標地点を目指す相棒としてはこれ以上ないほど安心できる相手だ。

ルドヴィーク自身も皇族の末席として名を連ねるため、学園以外でもある程度の戦闘訓練は受けている。ルドヴィーク自身に興味のない皇帝レオンス・ダエグ・エオティルだが、皇族としての評判を落とすことだけは許すことができないらしい。そのおかげもあってルドヴィーク自身がローウェンの足手纏いになる心配は少ない。

「一角兎は他の魔物に狙われやすいから、たぶん見つからないように隠れているはずだよ。茂みやもしかしたら小さな穴を掘ってその中に隠れているかも。とりあえず魔力の消費を最小限に、探索球を飛ばしてみよう」

ローウェンの周囲に複数の青白い球が浮かんだ後、一斉に離散する。ルドヴィークもそれに倣う。

「さあ、僕らも進もうか。魔物を倒さないと加点ポイントを貰えないし」

「ああ。そうだな。今回も上位を目指そう」

「僕たち二人なら大丈夫だよ。必ず第五席以内に入るさ」

自信満々のローウェンを見てルドヴィークは不敵に笑う。

「じゃあどっちが第一席になるか、勝負するか?」

「ははっ。ルドヴィークがしたいなら、そうするかい? でも勝負をするなら負けないよ」

笑顔を浮かべながらも、ローウェンの瞳は力強い光を放っている。

(やる気になったな……)

優しそうな風貌だが、負けず嫌いなことをルドヴィークは知っている。第一席を目指すにあたって一番の障害となり得るのは、ローウェンだろうとルドヴィークは確信している。それだけの実力があるからだ。故に授業の一環ではあるが遠慮されて買っても素直に喜ぶことはできない。

「一角兎を倒して、ヒントを見つけてから勝負開始にしよう」

「ああ。分かった。俺も手加減はしないから、お前も本気で戦ってくれよ」

「もちろん、そのつもりだよ。ーーって、ルドヴィークあれ!」

がさがさと茂みの揺れる音がしたかと思うと、頭を出したのは件の魔獣。そのつぶらな瞳がルドヴィークとローウェンを捉えて見つめ合ったのはほんの数秒だった。

ルドヴィークとローウェンは一角獣を倒すため瞬時に術式の展開と可変呪器を起動し、戦闘体制に入った。

複数の氷柱が一角兎を狙うが、地面に突き刺さり呆気なく消え去る。意外に素早い動きで別の茂みに逃げ込まれ、上手く回避されてしまった。

(逃げ足が速い……)

だがそれも想定の範囲内である。

虹色の光が一帯を覆い、網目状に形を変える。

それは徐々に範囲を狭めルドヴィーク達の方へ迫ってくるが、もちろん危険はない。ローウェンが展開した捕縛術だからだ。範囲が狭まると同時に、きゅうと鳴き声を上げて一角兎が草の茂みから弾きだされる。ルドヴィークはそこに容赦なく魔術による雷撃を叩き込んだ。雷撃の強さに一角兎は断末魔をあげる間もなく消滅するが、同時に赤い宝石が宙に浮かぶ。

(これが次の場所への目印ヒントなのか?)

赤の宝石を手に取るとそれは微かな光を放ち、脳内に無機質な音声が再生それる

『川に向かえ』

その一言と共に赤の宝石は砕け散り、細かな光の欠片となって消えていく。

「ローウェン、川を探す。次の目印ヒントはそこにある」

「分かった。じゃあここからは二手に分かれよう。どっちが先に川を見つけて次の目印を得るか、競争だね」

「ああ。手加減するなよ」

ルドヴィークの言葉にローウェンは笑顔で勿論と頷く。この幼馴染は騎士道精神を大切にするあまり、優しさが勝ち過ぎる面があるのだ。勝負はあくまでも勝負。手を抜かれては面白くない。

「それじゃあ、ルドヴィークも気をつけて」

「そっちもな」

その言葉を合図に二人の少年は二手に分かれて森の奥に姿を消した。

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