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 ハイペリオンには触れられない。

 言うなればそれはもう決定事項だ。異世界だろうと空が見慣れた青に染まっているように、誰が何と言おうとそうだと決まっていることなんだ。今更それを揺るがすことなんかできっこない。

 エルミタージュの攻撃はことごとく空振りに終わった。種子弾丸は異様に急カーブした軌跡を残して闘技場の壁に撃ち込まれ、蔓でハイペリオンを縛りあげようとゆっくり確実に蔓を伸ばすがゴリラの身体に触れる瞬間につるっと滑るようにハイペリオンの頭上や足元に抜けてしまう。終いには触れないことが相当苛ついたのかいばらを束ねてできた巨大釘バットで殴りかかってくる。しかしそれもハイペリオンの身体を流れ落ちる水滴のようにするりと流れて地面を打ってしまう。

 もっとも、こっちから攻撃しようにもこっちも何にも触ることができないので直接打撃を与えられない。小さいものなら胸の前で手のひらの上に載せるように浮かばせることぐらいはできそうだが、人の身体みたいに大きいものはじっくりバランスをとらないとつるりと流れてしまいそうだ。それこそ初っ端に見せつけたように地面を思い切り引っ叩いて衝撃波を起こすくらいしか攻撃手段が思い付かない。

「イブキ!それずるい!」

 エルミタージュがプンプン怒ってる。そんなこと言われたって、僕にどうしろと。中途半端な笑みを浮かべつつ頭をポリポリと掻くしかない。ハイペリオンも中途半端に頭を下げてポリポリと掻く。こいつ、自分自身には触れるのか。

「これだけの巨体とパワーで触ることも触られることもできないって、伊吹くんっぽい宝の持ち腐れっぷりだな」

「僕が決めた訳じゃないんで、なんともコメントのしようがないです。ごめんなさい」

 考え方によっては『絶対無敵の最強伝説ここに誕生』ってレベルだが、また別の考えようでは『壮大な役立たず何がしたいんだおまえは』ってつっこまれかねない。

「どれ、俺が試してみよう!」

 来たな、礼儀正しい熱い男。バローロはドラムセットに大きな手のひらを添えて腰をぐっと低く落とした。僕はそれに応えるようにコントラバスをバローロの方へ向けてやや斜めに構える。次はドラムとのセッションか。

 バローロが一瞬息を強く吐き出して腰の両脇にある大きめのドラムを一気に連打した。お腹にどしどしと響く低い音だ。一つ一つに芯があるカミナリのような音で、それが連続してさざなみのように打ち寄せてくる。ASDは最初一人きりだったが砂埃を上げて走るうちに砂煙に紛れてその数を増やしていた。六人の子豚のようなおっさんか、それともおっさんのような子豚達がそれぞれ背中のリュックに手を突っ込む。

「私にも見せ場ちょうだい」

 よもぎ先輩がふらりと僕の前に立った。背中の大きく開いたドレスが風にはためいてさらにその露出度を高めている。こんな状況じゃなかったら、じっくりこの曲線を観測するのに。

 バローロのドラムに被せてギターを掻き鳴らすよもぎ先輩。シンプルなコードの繰り返しだが、低く大きなドラムのリズムとお互いを高め合うようにスピードを上げていく。

 ASD達がリュックから光沢のない黒い棒状のものを取り出した。ぐいと引き抜かれたそれは、どう考えてもリュックよりも長い棒で、また別なASDが取り出したものはリュックどころか彼らの身体よりも大きなハンマーのような鈍器だ。どうやってあんな長いのやでかいのがリュックにしまってあったんだ。何でもありって言っても限度ってのがあるだろ。と、僕の黄金巨大ゴリラはこっちに置いといて、バローロのASD達につっこんでおく。

「バローロの能力は道具」

 僕の心の声が届いたか、よもぎ先輩が振り向いた。すごく楽しそうな笑顔がそこにあった。弦楽部のみんなで演奏している時の笑顔と同じだ。

「信じられない構造の道具を使う。あいつに常識は通じないから」

 ASDの一体が長い棒を腰に力を溜めて下段に構えた。そこへ別のASDがハンマーの頭部分をあてがう。するとコンと木琴を弾いたような音がしてハンマーの頭が分解した。ハンマーから柄のような突起が何本も突き出て、長い棒状のパーツと組む合う。さらに別のASDが飛んで来て、

その接合部分に拳大の立方体の木箱を埋め込んだ。今度は木箱が展開して棒状パーツとハンマーのパーツを固定する。

 この間、わずか2秒。あっと言う間によもぎ先輩二人分はある巨大ハンマーの出来上がりだ。それを六体のASDが底引き網を引っ張る漁師のように力を合わせて振り上げる。あれが脳天に直撃したら身長が30センチは縮みそうだ。

「行くぞ、ヨモギ!」

 攻撃対象にいちいち宣言するあたりはわかりやすくて好感が持てるが、実際の戦闘ではあんまり推奨できない行為だな。よもぎ先輩はいつものようにフフンと鼻を鳴らしてギターを低く構える。ガールブラストはめんどくさそうにだらりとした袖で前髪をいじっている。

 六体のASDがぴょんと飛び上がり、自分達の身体よりはるかに大きく重そうなハンマーを高い位置から一気に振り下ろした。

 本来なら。そう、本来なら、男子たるものここはか弱き美少女の危機に奮い立ち、彼女の剣となり盾となり、愛と勇気を武器に強大な敵に立ち向かうべきなのだろうが。

 よもぎ先輩はそんな気を微塵も起こさせない人だ。自信ありげに形のいいあごをくいと上げ、申し訳程度に膨らんだ胸を張ってヒールを地面に突き刺すように仁王立ちしている。よもぎ先輩の背後にぴったり控えているガールブラストもふてぶてしく身体を反らせるようにして敵を見下ろしている。

「私に打撃系は通用しないっての学習しな!」

 一際強くエレキギターを掻き鳴らす。むしろ打ち鳴らすと言った音だ。ガールブラストがよもぎ先輩の音楽に合わせて右腕を振り上げた。相変わらず長い袖はだらりと垂れたまま。振り上げた腕の途中でだらっと袖が折れ曲がっているので、あそこまで手があるんだなってのがよく判る。手の

ひらを大きく開いた形が服の布地越しでも見てとれた。特に武器を隠し持っているような様子もない。あの巨大ハンマーをどうするのか。

「私の能力はね」

 よもぎ先輩がとっておきの秘密を教えてくれるような、と言うか、誰かの秘密をバラしたくて仕方がないっていかにも女子高生っぽい目をキラキラさせた笑顔を見せてくれた。

「チャージアンドディスチャージ」

 ASDの巨大ハンマーがガールブラストの右袖に直撃する。エレキギターのパワフルな音の現像化と言ったって、実際そこにいるのはよもぎ先輩のように細い女の子の姿だ。自分の体重の何倍もありそうなハンマーを片手で受け切れるはずがない。

 ガールブラストの右腕をハンマーが打ち砕く、まさにその寸前、ガールブラストの右袖が蛇のように大きく口を開いた。巨大ハンマーはその口に触れると音もなく動きを止めてしまった。そして大きな獲物を丸呑みする大蛇のように右袖がぶわりと膨れ上がる。

「右腕はあらゆる打撃を吸収し……」

 飲み込まれた打撃のエネルギーなのか、右袖のものすごい膨らみがどんどん腕を登っていく。肩がはち切れそうになるほど膨らみ、そのまま胸へ移動。超巨乳になったかと思えばあっと言う間に萎んでしまい左袖がぶわり。

「左腕で自在に編集、再生!」

 ガールブラストの左腕が爆裂した。音と光を発して左袖からほとばしったエネルギーはASDの持った巨大ハンマーをバラバラにして弾き飛ばした。吸収したバローロの打撃力をそっくりそのまま打ち返したようなものか。

「すげえ」

 思わず感嘆の言葉が漏れてしまう。ガールブラストのコイル状の髪の毛がぶぅんと唸りを上げて一段と輝きを増した。ふわりと長い袖を漂わせて、ミニスカートから伸びる黒タイツの長い脚でASD達の前に立ちはだかる。脚だけでもASD達の身長よりも長いぞ。

 と、いつの間にかASDが二体しかいない。他の奴らはいったいどこから出て来てどこに消えるのか。バローロを見ると、肩が異常な角度で折れ曲がり左脇側のドラムを器用に両手で連打し始めた。

 すると突然ASDが弾き飛ばされたパーツの影からひょっこりと顔を出した。どこからでも現れるのか、あいつら。

 空中でパーツをつかみ取り、ASD達は再構築を始めた。棒状のパーツは二本の棒に分かれ、ハンマーの頭の部位は箱が開くように展開してパワーショベルのような挟みこめる形になった。そしてそれぞれのパーツに一人ずつASDが取り付き、ガールブラストの周囲にバラバラと着地すると巨大なマジックハンドのような道具を一瞬で構築させてガールブラストを取り囲んだ。

 パーツの組み換えだけでまったく別の道具を作り出したようだ。あれだけの衝撃を食らって木っ端微塵になったかと思ったが、パーツ個々の共有性が高いくせに強度が半端なく、全体的にフレキシブルな構造になっているっぽい。ちょっと欲しいぞ、それ。

 ASDが三体ずつ、それぞれ一本の大きなマジックハンドを抱え、それらをドラムのリズムに合わせて合体させて巨大トングを組み上げてガールブラストに左右から襲いかかった。

 うまい。あれなら左右からの攻撃だからガールブラストの右腕チャージだけじゃ対応しきれないはずだ。

 でもよもぎ先輩は余裕の表情だった。唇を少し緩ませて笑顔を作り、ちらっと僕の方をうかがう。えーと、そういうことだろうな、たぶん。

 よもぎ先輩のエレキギターとバローロのドラムとのデュオに僕のコントラバスの拡がりのある低音を重ね合わせた。音楽に合わせてハイペリオンが踊るようにステップを踏み、両腕を目一杯広げてガールブラストとASDの間に舞い降りた。

 僕の海の底を泳ぐ鯨のようなゆったりとした音はよもぎ先輩のギターの音を飲み込み、バローロのドラムのリズムを緩めてスローなものへとリードしていった。

「わかってるじゃない、伊吹くん」

「鍛えられてますから」

 ASDの巨大トングはハイペリオンの触れない壁に遮られてするりと斜めに空を切り、ハイペリオンの腕のひと薙ぎでASD達は風に吹き飛ばされる埃のようにちりぢりに散っていった。

 ガールブラストもハイペリオンの触れない壁に弾かれて空間を滑るように壁際へ押し出されそうになったが、ハイペリオンが片手で水をすくうようにガールブラストの身体を拾い上げて、腕組みするようにして腕と胸とで触れない壁で見えない足場を築き、そこにガールブラストを招き入れた。

 黄金の毛色をした巨大なゴリラが腕を組み、そこへ宙に浮くようにして長い脚を組んで寄りかかっている光り輝く髪の少女。うん、絵になるな。

 僕とよもぎ先輩の音楽も一区切ついて、闘技場は沸騰したかのように大歓声に包まれた。




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