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 僕は平和主義者ではない。

 国家間の戦争の意義とか、民族や宗教の紛争の根源とか、そういう歴史の教科書にも載っていないような難しいことはわからないけど、僕だって人を殴りたくなることもある。僕は平和主義者ではない。

 言うなれば、僕は完璧主義者だ。僕自身が設定したルールを完璧に守り抜き、そして僕に関わる人間にも完璧に守らせたい。

 誰も死なない戦争にする。

 これが今回の代理戦総会で僕が設定したルールだ。

 よもぎさんはもちろん、エルミタージュ、バローロ。兄王国弟王国すべての兵士達。そして、途中参加の異世界人カリアラ。誰だろうとこのルールは絶対に守らせる。

 自分が設定したルールも守れない奴に、全体が制定したルールに従える訳がない。音楽をやるってことは、そういう事だと思ってる。

 

「伊吹くんがそうだと言うのなら、私はそれを信じる」

 全体が少し斜めってるような崩れかけの魔法研究塔の中を足早に移動しながら、よもぎさんが真っ直ぐに言ってくれる。この人の迷いのない声は、重い決断をしっかりと後押ししてくれるな。

 足の傷が痛むのか、少しびっこをひくようによもぎさんは僕について来てくれる。さらにその後ろからバローロとエルミタージュ。

「イブキ、確かにお前の言う事にも一理あるが、俺には賭けにしか思えない行為だ」

 バローロが大きい身体付きのくせに太くて短めの足でしゃかしゃかと追いかけてくる。背の高さは僕達の中で一番のくせに歩幅は一番狭そうなので、いちいち動きが細かく足の運びも早く挙動がコミカルな感じに見える。でも僕はそんなバローロを置いてけぼりにするように大股で歩く。

 僕がバローロに答えないでいるとエルミタージュが僕を追い抜いて前に立ちはだかった。腰に手をやり、下から睨みつけるように顔を突き出してへの字に曲げた口を開く。

「カリアラに連れてかれたテテが心配なのもわかるけど、ちょっと冷静になりなよ」

 エルミタージュに前を塞がれて、僕は仕方なく立ち止まる。十分に落ち着いてるつもりだけど、そうは見えないのかな。立ち止まった僕にさらに一歩近付いて、僕の胸に小さな手を置いてエルミタージュは子供を諭すような口調で続けた。

「モウゼンって言ったっけ? そいつに新しいポータルを開けてもらったり、弟王側の潜行士に頼んだり、確実な方法は他にもあるんだもん。かもしれない、に賭けることはないって」

 彼女の言うことが間違っているとは思わない。しかし、今はこうして議論している時間すら惜しいんだ。僕はエルミタージュを真っ直ぐに見つめて、力を込めて言ってやった。

「かもしれない、なんて誰も言ってないぞ。絶対に、だ。テテも一緒に戦っているんだ。だから、カリアラを逃がしたりはしない」

 エルミタージュのすぐ背後に扉がある。何かの紋章のようなレリーフが施してある木の扉だ。僕とカリアラとが戦っている間、テテとバローロが隠れていた部屋だ。

「テテはちゃんとカリアラを追う道を作っていてくれたんだ。テテのアイコンタクトは通じたよって応えてやらなきゃ」

 僕はエルミタージュの細い身体を押し退け、力を込めてドアノブをひねり勢いよく扉を押し開けた。

 薄暗い部屋の中には、空間を切り取ったようにぽっかりと黒い穴を開けた異世界へ通じるポータルがあった。

 僕とよもぎさん、二人が元の世界へ帰るためのポータルだ。


 だらしなさを感じさせないギリギリのラインの腰パン。細めのシャツは外に出し、学園指定の赤いネクタイを軽く緩める。

 なんか制服着るのもずいぶんひさしぶりな気がするな。そういえば、本来ならまだ夏休みが始まったばかりだ。ずいぶん部活にも顔出していないことになるけど、弦楽部のみんなは、僕とよもぎさんの二人がいなくなってもちゃんと練習してるかな。

 こっちとあっちとじゃ時間の流れが違うとか言ってたけど、現実社会ではどれくらい時間が経ったのか。僕がよもぎさんに連れ去られたまま二人とも姿を消してしまって、はたしてどんな噂話が尾鰭を大きく揺さぶって泳いでいることやら。

「イブキくん、準備はいい?」

 制服姿のよもぎさんがギターを背負ったまま近付いてきた。

「うん。いつでも」

 じっと僕を見つめるよもぎさん。なになに? とりあえず負けじと見つめ返してみる。

 よもぎさんはちらっと僕の腰元に目をやって、いきなり僕のベルトに両手をかけた。はっけよいのこったって勢いで、上手投げ? 下手投げ? って感じで腰を振り回そうとする。

「腰パンが下がりすぎるとかっこ悪いぞ」

 そのままベルトにかけた両手をするすると上半身に持ってきて、今度はネクタイをつかむ。

「ネクタイは大胆に緩めるとドキッとするぞ」

 ぎゅっとネクタイを引っ張って緩める。うわ、なんか新婚さんみたい。出勤前、いってきますのキスの前にネクタイ曲がってるぞーとか言って。

 とかなんとか次の展開に期待していると、よもぎさんはするっと僕の首から手を引いてあっさり背中を向けてしまった。

「さて。ここにテテとバローロがカリアラと戦う前に作ったポータルがある」

 よもぎさんの目の前には真っ黒い空間の穴。大きさは僕とよもぎさんが少し頭を下げるだけで潜れるほどだ。

「その後、戦いに巻き込まれて場所移動を余儀なくされたテテは、宮殿の食堂でカリアラに捕まってしまう」

 くるり、振り向くとエルミタージュとバローロが静かによもぎさんの話に耳を傾けている。

「カリアラの世界へのポータルを開くことを強要されたテテは、カリアラを逆に追い詰めてやるために、私達の世界へのポータルを作り出した」

 よもぎさんがもったいぶって振り返った。

「このポータルと行き先は同じだ。完璧じゃない。あとは私達がこのポータルでカリアラを追ってぶっ飛ばしてやれば終わりだ」

「そう言う訳だ。賭けとか、カンとか、ヤケになってるとかじゃない。テテのアイコンタクトを受け取ったんだ」

 僕はよもぎさんの後をついで言った。

「じゃ、エルミタージュ、バローロ。後は頼んだぞ。ちょっと行ってくる」

 コントラバスを抱える。よもぎさんもギターを背負い直してポータルに向き直った。

 そんな僕達に、エルミタージュが小さくつぶやいた。

「……もう、会えなくなるの?」

 よもぎさんの動きがぴたっと止まる。

 この代理戦争が終わったらどうしようか。眠れない夜によもぎさんと何度も話し合った。

 元の世界に帰るべきか。あの現実社会には好きなものも嫌いなものも混在している。現実に戻ってしまえば、また単調な毎日を繰り返し、よもぎさんは今度は受験戦争に参戦しなければならない。

 それでも家族がいる。友達がいる。僕達がいなくなってどれくらいの時間が経ったのか。心配しているだろうか。

 こっちの世界では、それこそ奏者として、勇者として迎えられ、ファンタジーな世界での冒険が待っている。

 新しい友達もできた。僕達を必要とする人々が家族のように迎えてくれる。

 よもぎさんは言ってくれた。

 伊吹くんがいる世界が私がいる世界だ、と。

 僕はよもぎさんに言った。

 よもぎさんとならどんな世界でも構わない、と。

 僕達は……。

「テテを助けたら、戻ってくるから」

 よもぎさんは言った。

「カリアラをがっつりへこまして帰ってくるよ」

 僕は言った。

 僕達はまだ迷っていた。どうしたらいいか答えを出せないでいた。

 でも、今は迷ってる時じゃない。まずはテテを助けること。それが最優先だ。

「じゃあ、行ってくる」

 そして僕とよもぎさんは手を繋いでポータルに飛び込んだ。


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