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 どこまでも突き抜ける青い空を背に、宙を舞い降りる赤と黒のチェックのミニスカート。無邪気な風が黒のストッキングを撫でるように巻いて、ひらり、スカートがひるがえる。

 しかしそこまでだ。少女のスカートの奥は少女が守る。爆裂する少女、いや、少女爆裂が。

 頭の両脇で結んだたっぷりの髪の毛がコイル状にねじれてピンと伸び、左右の腕はだらりと長い袖の中。ものすごくとんがったヒールのブーツを履きこなす身長2メートル強の少女。ガールブラストがよもぎさんのギターから滲み出るように姿を現し、よもぎさんを抱きかかえてすごい勢いで落下してきた。

 瓦礫の下敷きになっている僕も、僕を瓦礫ごと踏み付けているカリアラも、ただ口をぽかんと開けて見惚れてしまう。

 いやいや、待て待て。何メートルあるんだよ。ビルの3階から飛び降りるようなもんだぞ。

「よもぎさんっ!」

 思わず声が出てしまった。

 ガールブラストが着地するその瞬間に、彼女はよもぎさんから手を離し、左袖でふわっとよもぎさんの身体を撫でた。その途端にぶわっと袖が膨れ上がり、よもぎさんはちょっとした段差を飛び越えるみたいな軽いステップで華麗に舞い降りた。落下の衝撃を左袖にチャージしたのか。

 ガールブラストの左袖にチャージされたエネルギーはそのまま左袖を這い上がって、彼女のバストをどんっと膨らませてから右袖に流れ込み、ガールブラストは鞭を振るうようにだらーんと長い右袖でカリアラを薙ぎ払った。もちろん落下の衝撃をディスチャージして。

 ガールブラストの右袖が触れた瞬間、カリアラの身体がくの字に折れ曲がって吹き飛ぶ。それこそビルの3階から飛び降りるくらいの勢いで。

 声を上げる間もなく宮殿の壁に突っ込んだカリアラ。一瞬の出来事過ぎて何のリアクションも取れないでいた僕は、石壁を砕いて土煙の中に消えたカマキリからよもぎさんへと視線を向ける。

「コラコラ。下から見上げるな」

 セクシーな戦闘ドレス姿もカッコよかったけど、ひさしぶりの制服姿もザ・女子高生って感じでやっぱりいいな。

 細い腰に手を当て、スカートから伸びる黒いストッキングに包まれた長い脚を付け根まで惜しげもなく晒して、ニッコリとときめく笑顔で見下ろして、僕の顔を踏んづけた。

「痛っ! 何すんのっ!」

「下から見上げるなって言った。パンツ見えるだろ」

「パンツくらいいいじゃん」

「ダメ。生意気だぞ」

 げしっとガールブラストが僕を押し潰している瓦礫を踏みつける。待て待て、痛いって。すいません、パンツ見ないんで踏まないで。

 だらりと左袖を垂らして瓦礫に触れると、ガールブラストはサッカー選手みたいに大きな瓦礫を軽々とリフティングした。重さをチャージしたか。そして蹴り上げた瓦礫をカリアラが突っ込んだ辺りへボレーシュート。すぐさま右袖からエネルギーを放出する。元の重さに戻った瓦礫がものすごい勢いで飛んで行く。

「ほら、立って」

 よもぎさんが手を差し伸べてくれる。情けないけど、脚が瓦礫の重みで痺れていてきっついので、よもぎさんの手を握らせてもらう。

「怪我は?」

 身体を起こして、膝を曲げ伸ばし。腰に手をやり、 腰をふりふり。うん、大丈夫だ。ちゃんと動く。

「おかげさまで。ありがとう」

「よかった。ほら、イブキくんも着替えて」

 よもぎさんが僕の制服を手渡してくれる。

「元の世界に帰るってのに、そんなコスプレじゃ恥ずかしいよ」

 僕をこの異世界に連れ込んだ時、誰かさんもこんなコスプレしてなかったっけ? 堂々と部室までハイヒールの足音を高らかに響かせてやって来たような気がするが、気のせいか?

「さっさとこいつを片付けて帰ろ。スタバのモカフラペチーノが恋しい」

「はいはい」

 瓦礫が蹴りこまれた辺りを見ると、まだもうもうと土煙が舞っている。カリアラはどうした? 瓦礫の大砲はかわしたのか、それとも食らって動けなくなっているか。

 いや、そのどちらでもないかもしれない。そういえば、音がしなかった。あれだけ大きい瓦礫が撃ち込まれたってのに、土煙が舞うだけで激突音がしなかった。

 そう思った時、まるで僕の考えに答えを出してくれたように宮殿の中から音が漏れ出した。

 岩を砕く音。

 ばきばき、がりがりと岩を噛み砕く音だ。何かが瓦礫を食っている。

 僕はコントラバスに手をかけてよもぎさんの一歩前に進み出た。岩を咀嚼する音が止み、一瞬静寂が訪れる。

「何の音?」

 よもぎさんの小さな声。僕は前に一度聞いているから知っている。

突然土煙が吹き飛んで、炎を纏った小さな石つぶてが僕達に連射された。カリアラの燃える犬が瓦礫を食べ、細かい銃弾に変えて撃ち出したんだ。一個一個が真っ赤に燃えて、たとえ一個でも食らったらそれこそ銃で撃たれるくらいのダメージがありそうだ。

 よもぎさんのガールブラストのエネルギーチャージは一個ずつしかできないはず。左袖で触らないとならないから。でも僕のハイペリオンなら数は問題じゃない。

「大丈夫。効かないよ」

 コントラバスの音色とともに黄金のゴリラが舞い降りて、両腕を突き出して、撃ち込まれた燃える銃弾をすべて叩き落とした。僕とよもぎさんを中心に円を描くように軌道が反れて、地面を焦がし、壁に穴を開け、ぶすぶすときな臭い煙を燻らせた。

 銃撃を終えると、燃える犬が真っ赤な口を大きく開けて突っ込んできた。何度やってもおんなじだってのに。ハイペリオンにはどうやっても触れないんだよ。

 ハイペリオンの右腕を突き出させて片手だけで燃える犬の突撃を受け止めようとしたが、突然燃える犬が動きを止めた。がくんと急ブレーキをかけ、首を大きく後ろに反らす。何かが首に巻き付いていた。

「あたしもこのライブに混ぜてくれる?」

 燃える犬の首に巻き付いているのはイバラだった。地面から生えたイバラが何本も束になって犬の首輪みたいに巻き付いている。

植物を操る能力、エルミタージュのエバーグリーンだ。暴れる犬を首輪で繋ぐみたいにイバラで結び付けた。

 でもイバラだろ? 燃えちゃわないか?

 燃える犬が姿勢を低くして四本の脚を踏ん張って、エルミタージュのイバラの鎖を引きちぎろうと首を振り回す。燃える犬を包んでいる炎が一段と激しく燃え上がり、イバラの鎖がぷすぷすと煙をあげ始めた。

 でも十分だ。ちょっとの間だけでもこいつの動きを止められればいい。ハイペリオンで吹っ飛ばしてやる。

 コントラバスの弦に指を添えた時、また一つ新たな音が加わった。ずんっとお腹に響く音。力強いドラムだ。

「なんとも物足りない音楽だな!」

 バローロが腰に据え付けたドラムを連打し、子豚顔の小人達を呼び出した。大きな刺叉を持った3体のASD達が荒れ狂う燃える犬に突撃し、イバラの鎖が食い込む首に刺叉をひっかけてそのままぐいと押し上げた。

「俺も混ぜてもらうぞ!」

 首を持ち上げられ、前脚が地面から浮いてしまった燃える犬。それでも後脚で踏ん張り、エルミタージュのエバーグリーンとバローロのASD達をまとめて振り回そうと暴れる。

 しかし、後ろからこっそり近付いてきた残り数体のASD達が、山と積まれた瓦礫からあっと言う間に枷を作り出し、燃える犬の後脚にがっちりとはめ込んだ。

 急に後脚の自由も奪われて、燃える犬はひっくり返るようにしてばったりと倒れた。お腹を見せ、後脚を枷に固定され、イバラの首輪をはめられて、刺叉で首根っこを押さえつけられて。まさに取り押さえられた野良犬か。

「伊吹くん、ガールブラストをあの犬にぶん投げて」

「了解」

 ハイペリオンの両手でお椀を作る。敵味方関係なくとにかく何にも触れないのでこうするしかない。そのお椀へガールブラストに乗ってもらう。触れないから手の上に浮かんでいる感じだ。

「行くよ、よもぎさん」

「思いっきりね」

 ハイペリオン、大きく振りかぶって、ぶん投げた!

 ガールブラストは矢のように一直線に燃える犬のお腹を目指してすっ飛んで行く。そして動けないでいる犬のお腹に突き刺さる寸前に一時停止ボタンを押したみたいにピタッと止まり、彼女の左袖がぶわっと膨れ上がる。運動エネルギーをチャージしたな。

 左袖の膨らみは胸を通り越して右袖に溜まり、一気に爆発した。

 空気が弾け飛ぶのが見えた。ものすごく圧縮されて一瞬だけ水蒸気が爆発したかのように見え、電源を入れた瞬間の大きなスピーカーがホワイトノイズを放ったかのような無音の衝撃が僕の耳を襲った。

 燃える犬のお腹がべこっとへこんで大きな身体が地面から浮いて全身に纏っていた炎が一瞬で消し飛んだ。口からだらりと舌をだらしなく垂らして、再び地面に横たわる燃える犬、いや、燃えてた犬。いまはただの大きな犬だ。

「こんなもんかな。1対1なら私は負けない」

 よもぎさんが額にかかったさらさらした髪を軽く払った。ガールブラストの攻撃で舞い上がった砂埃も落ち着き、カリアラの犬は完全に静かになった。

 って、いやいや、1対1じゃないじゃん。明らかにみんなの協力あっての一撃じゃん。

「なにか言いたそうね」

 ぎろり。睨まれる。何でもないです。はい。

「い、いや、次はカリアラだ。本体を叩こう」

 僕はカリアラが吹き飛んでいった壁の向こうを見た。土煙はすでに消え、何の物音もなく気配も消えている。いない? また姿を消したか、どこに行った?

 僕は穴の開いた壁を覗き込んだ。ハイペリオンがいる限り、どんな奇襲を受けたって平気だ。そんな自信から自分でも驚くくらい大胆に動いてしまう。

「カリアラ! もうあきらめろ。おまえの負けだ!」

 ずんずんと瓦礫が積まれた廃墟と化した宮殿に足を踏み入れる。シェヌー達がうずくまる厩舎を抜け、さっきテテと一緒にいた厨房に入るが、誰もいない。

「……確かに」

 両開きの扉の向こうからカリアラの声。食堂の方か。

「アタシの負けかもね。今は、ね」

 両開きの扉を押し開く。崩れ落ちた天井からまぶしい陽の光が降り注ぎ、まるでスポットライトを浴びているようなカリアラがいた。大きな身体を器用に折りたたみ、腰から座るようにして俯いている。脇腹のアンゲリカに噛まれた傷を押さえるようにして少し斜めに傾き、くいっと逆三角形の顔を上げて僕を見る。

「今は? まだやる気か?」

「いったん帰ることにするわ。確かにこのままじゃ勝てないからね」

「大人しく言うこと聞いてくれるか。それでよし」

 よし、これで戦争も終わる。僕の目指した誰も死なない戦争は完結する。

「またすぐ帰ってくるから。傷を癒して、そして仲間を連れて、ね」

 カリアラが後ろに回していた左鎌を背後から引っ張り出した。その左腕には、テテの小さな身体が握り締められていた。

「テテ!」

「おっと、動かないでね。余計なまねしたら、この子の首、切り落とすから」

 カリアラが吹き飛んだ壁は、この厨房に通じている壁だったのか。僕は自分の詰めの甘さに愕然とした。何やっているんだ、伊吹! このバカが! よもぎさんが復活して、戦いの全体像を見失っていたか。

「この子は異世界へのポータルを開ける大事な子。でしょ? だから、動いちゃだめよ」

 カリアラにむんずとつかまれているテテが顔を上げた。埃で薄汚れた顔に涙の筋が何本も走っている。必死になって逃げたのか、身体も埃まみれでひざもすりむいて血がにじんでいる。

「ご、ごめんなさい、イブキさん。捕まっちゃった」

「テテ、僕の方こそごめん。一緒にいるべきだった。ごめん」

 どうする。カリアラとの距離はまだ離れている。ハイペリオンの一撃を食らわせてやるにはまだ遠い。よもぎさんもまだ僕に追いついてきていない。どうする? どうしたらいい?

 仲間を連れてくるって言ったか。つまり、よもぎさんが僕を連れてきたみたいに、カリアラのような奏者が、アルテア・パルテスタの能力を持った凶暴なカマキリがこの世界になだれ込んで来るのか?

「大丈夫よ。この子はアタシにとっても大事なカギ。またこの世界に帰ってくるために、仲間を連れて帰ってくるために必要だから、すぐには殺さないから」

 ふと、カリアラが僕の背後に視線を送った。

「あんたとの決着もつけないと、ね」

 振り返ると、よもぎさんが僕のすぐ後ろに立っていた。

「ふん。人質を取らないと戦えないような奴に、この私が何度も負けるはずがないでしょ」 

 強気のよもぎさんは一歩前に踏み出た。でも、ガールブラストの長い袖でもまだまだ届かない距離だ。

「動くな」

 カリアラが横に一歩ずれた。と、カリアラの背後に何かがある。いや、あるんじゃない、ないんだ。空間がない。その空間だけ丸く切り取ったように色合いが変わっていて、向こう側の真っ暗い異世界が渦巻いている。

 ポータルだ。僕がよもぎさんに連れ込まれた、まさにあの空間の穴だ。僕達が燃える犬と戦っている間に、カリアラはテテを見つけ、そして自分の世界へ戻るポータルを開けさせていたのか。

「じゃあね。またすぐ戻ってくるからね」

 カリアラが僕達に背中を見せる。その瞬間、テテは僕を見た。強い視線で真っ直ぐに僕を見つめ、力強く頷く。眼鏡の奥の瞳は涙に濡れているけど、決してあきらめていないしっかりとした光を宿している。

 うん、わかった。テテ、わかったよ。

 よもぎさんがカリアラの背中にガールブラストを走らせた。しかし、カマキリの後姿は一瞬で消え去ってしまい、ガールブラストの左袖がむなしく食堂のテーブルをなぎ払うだけで、よもぎさんのギターの音が静かに消えていった。

「そんな! テテ!」

 よもぎさんがカリアラの消えた辺りに走り寄るが、やはりもうそこは普通の何も無い空間だ。

「よもぎさん、まだだ。まだ終わってないよ」

 僕は、自分自身に言い聞かせるようにゆっくりと言った。テテと視線がぶつかり合った時、テテのアイコンタクトを理解できた、気がした。そうだ。僕の記憶が正しければ、まだカリアラを追う方法がある。テテもそれを知っていて、僕に強い視線を送ってくれたはずだ。

「でも、もう、カリアラの奴は消えちゃって……」

「テテは、ちゃんと道を残しておいてくれた。さすがだ。さすが、あの歳でモウゼンの助手を勤めるだけはある」

「何を、言ってる? どういう意味?」

「カリアラを追うよ。テテを取り返して、もう容赦なしで、カリアラをへこましてやる」




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