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 カリアラが姿を消した。

 煉獄オルガンを地面に沈ませるように消してしまい、ぶわっと土煙を上げて大きく羽ばたいてすぐ側の森に溶けるように紛れ込んで行った。

 まずい。カマキリは狩りの名人だ。下手に追って森に入るのは危ないな。

「テテ、この森ってどこまで続いてるんだ?」

 僕のジャケットの裾をちょんと摘んでついてくるテテが三つ編みを跳ね上げる勢いで首を振った。

「こっちはもう整備された森じゃありません。このまま険しい山になって……、一年中雪が積もってる高度山岳地帯です」

 なるほど。言うなれば兄王の宮殿は大自然に背後を守られてる強固な要塞か。しかも異世界から強力な戦士を呼べる魔法の国だ。数百年も他国から侵略されない訳だ。

 バローロは兵士達を引き連れて一旦よもぎさんを迎えに下がった。いま森の畔にいるには僕とテテだけ。動きやすくなったとは言え、森に溶け込んだカマキリが相手じゃ迂闊に手が出せない。

 こうして森の入り口に立っているだけで、誰かにじっと見据えられているような気がする。森の奥は暗くて重苦しい圧迫感がある。それに緑の密度がとても高い。草木に紛れたカマキリなんて、そう簡単に見つけられるものじゃない。

 僕も一度体制を立て直すべきか。それとも一気に攻め立てて叩き潰すべきか。

 さあ、どうする?

「よもぎさん、聞こえてる?」

 ケータイに話しかけてみる。

『今、着替え中。全裸で』

「あ、ごめん。って、電話ならいーじゃん」

『……伊吹くん、私の裸を想像してる?』

 う。何言っちゃってるんだ、この人は。

「そ、そんなことより脚の具合はどう?」

『つまんないの。そうね、じっとしてれば痛みはない。動くと少し皮膚が突っ張る感じ。まだ傷がくっついてないか』

 テテが珍しそうに僕の手元を覗き込んでくる。ケータイはまだ見せたことなかったか。近い、近いって。おでこを擦り寄せるな。

「化け物カマキリを見失っちゃった。そっちに行くとは思えないけど、一応気をつけて」

『宮殿の中はいまんところ静かだ。着替え終わったらそっちに行く』

「バローロを迎えに行かせたからちょっと待っててよ」

『わかった。一度切るね』

 一緒にいたいとか言っておきながら、あっさりと通話を切っちゃったよもぎさん。マイペースと言うか、自分勝手と言うか。まあ、いつものよもぎさんが帰ってきたようで、放っておいても大丈夫だな。

 さて、カリアラが何を考えて森に消えたか、そこが問題だな。

 僕一人ならハイペリオンフィールドで森なんか気にしないで突っ込めるんだが、今はテテが一緒だ。わざわざ危険地帯に踏み込んで行く必要はない。

「なあ、テテ。このすぐ近くに森を見張りながら身を隠せる建物ないかな?」

 崩れかけの廃墟同然になった魔法研究塔の周囲にはいくつかの棟続きの建物はあるけど、どれも倉庫のような窓のない構造物だ。隠れるならちょうどいいけど、カリアラの動きがわからなくなる。

「うーん……。あっちに衛兵さん達の宿舎があります。そこの食堂と厨房なら、森の入り口を見渡せます……けど?」

 食堂と厨房、か。

「よし。ちょっとお茶しながら作戦会議だ」

 僕はコントラバスを抱きかかえるようにして、テテは僕の上着の裾を摘んで、一旦森を離れることにした。


 ハイペリオンをコントラバスの中に戻し、姿勢を低くして宿舎を目指す。

「イブキさん、アルテア・パルテスタの仲間みたいな奴、どこに行っちゃったんですか?」

「わかんないよ」

 自分に有利な森の中に引き込もうって魂胆ならまだいくらでもやりようはあるが、ここはスルーして逆に引っ張り出すのがベストな選択か。でも街に下りて無差別に人を襲い出したら。

 町の兵士達はともかく、一般人では奴に抵抗することなんて到底無理な話だ。ただ逃げ惑うだけ。大虐殺が始まる。

 とにかく奴がどこにいるか解ればいいんだけど。森に溶け込んだ虫を探せって、メガネが生活必需品な僕には酷なミッションだ。

「そういえば、テテのさっきの水攻撃、あれって魔法?」

 宿舎の裏口にたどり着く。厨房の勝手口みたいなものか、鍵のかかっていない大きな扉があった。

「……いえ? 私は魔法使いじゃなくて見習い潜行士です。海の底にポータルを開けて水を呼んだんですが……、まずかったですか?」

 テテがうつむいて上目遣いに僕を見る。そんな目で見られたら、おでこを撫で回したくなるじゃないか。

「いやいや、グッジョブ。最高だった」

 つるっとした広いおでこに触りたくなるぐらいうつむいちゃってるテテの肩をぽんぽんと叩く。

「てことはもう、ポータルをすぐに出せるようになったんだ?」

「……いいえ。海の底は障害物もないし、ターゲットとなる対象物もないから、……言っちゃえば適当に穴を開けても水は無尽蔵にある訳ですし……」

「つまり、もしも適当に穴を開けたら?」

 そうっと厨房の勝手口を開く。今日は僕達と兄王との代理戦争をすることになっていたから、兵隊さん以外はみんなあらかじめ避難している。誰もいない厨房はがらんとして薄暗く、何か生臭い臭いを漂わせていた。窓からの風の音か、乾いた何かが擦れるような音がかすかに聞こえた。

「もしも適当に穴を開けたら……、向こうの世界の障害物を壊してしまうかも知れないし、奏者様を喚んでも地面に埋まっちゃったり、空中高く放り上げられたり……」

 あー、なんとなく解ってきた。テテの作ったポータルを潜るのは、ひょっとしてロシアンルーレット的なものなのかも知れない。

「いや、もういい。怖くなってきた」

「……ごめんなさい。でも、でもでもちゃんと見えれば、私だってきちんとしたポータルを開けるんです! ちょっと霞んで見えるから、少し軸がブレちゃったりして!」

 ん? 待て待て。今何かが繋がった気がした。テテ、何て言った?

「……見えれば?」

 真っ正面からテテを見つめてみる。金髪三つ編みおでこちっちゃいドジっ子という多数の属性を持った美少女は、んーっと目を細めて僕を見つめ返し、はっと気付いたように頬っぺたを真っ赤にしてうつむいた。ご丁寧におでこまで真っ赤だ。

「そんな目で、見ないでください。ヨモギさんに、悪いです」

 こら。属性項目に勘違いを追加。

「黙って」

 僕はテテの小さな顎に手を添えてくいと上を向かせた。僕を見上げる形で固まるテテ。僕は眼鏡を外した。テテが長くてふさふさした子狐みたいな耳をビクッと震わせて、おどおどとしながら目を閉じた。

 こらこら。目を閉じるな。こっちもドキドキしちゃうだろうが。

 そういえば。ふっと思い出す。初めてこの世界に来た時の晩餐会で、テテに眼鏡を貸してやった。あの時のリアクション。もっと早くに気付くべきだったんだ。

 僕はテテの顔に眼鏡を装備させてやった。

 ビクッと目を開けるテテ。驚いたようにまんまるい目をぱちくりとさせて、僕をじーっと見つめる。

「イブキさん……。かっこいいです」

 はいはい、その件については後でじっくり聞かせてもらうから、もっと別な感想を言ってくれ。

「どうだ? 見えるか?」

 テテは眼鏡に手を添えてキョロキョロとめまぐるしく首を振り動かした。顔がちっちゃくてとんがり耳が大きいから眼鏡がずり落ち気味だ。眼鏡属性追加。

「ハイ! くっきりすっきりはっきり見えます!」

 やっぱりそうか。この子は潜行士としてポータルを開ける素質に恵まれなかった訳じゃない。ただ単に目が悪くってよく見えなかっただけなんだ。

「どうだ? それならすぐにポータルを開けるか?」

 テテはぐいっと強い目ヂカラで答えた。

「ハイ! これならどんなポータルでも思い通りです!」

「じゃあ聞くぞ。カリアラの元の世界に通じるポータルを開けるか?」

「……! そうすれば!」

「ああ。奴を元の世界に叩き返してやる。あいつには異世界に渡る手段がないから、それでゲームオーバー。僕達の勝ちだ」

 テテの目がキラッと光る。

「行けます! やれます! やっちゃいます!」

 うん、これで僕の人が死なない戦争宣言も達成できる。僕はすーっと深呼吸して厨房の窓から外の森を見つめた。後はカリアラを見つければ……。

 そして、気付く。空気が生臭いのは厨房だからだと思っていた。違う。生臭さの中に錆びた鉄のような臭いも感じる。血の臭いだ。


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