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 もうね、立ち向かうとかリベンジとか、そういうレベルを越えちゃって二度と関わりたくないとトラウマを与えるくらいにべっこりとへこませてやることが完全勝利だ。と、よもぎさんは言っている。

 そう言う意味では、もうね、僕の方が負けそうだった。それこそ完全敗北だ。正直言っちゃうとあんなおっかない生き物とはもう関わりたくない。巨大カマキリの複眼に睨まれたり、ギザギザがいっぱいの口の中とか、怖過ぎ。トラウマものだ。

 でも、カリアラを追って塔の外に出た時、僕の身体の奥底から熱いエネルギーが湧き出してくるのを感じた。

 そうだ。僕は選ばれた奏者なんだ。僕がやらなきゃ誰がやるんだ。

歓声が上がったんだ。僕とハイペリオンが崩れかけた研究塔から太陽の下に飛び出した時に、僕とハイペリオンは歓声を浴びたんだ。

街の衛兵達だ。

 兄王国を滅ぼすための僕とよもぎさんの代理戦争が終わり、すでに次のステージの対カリアラ戦へとシフトしたことを知らない兵士達が、僕を追って宮殿へとなだれ込んでいたようだ。

 そこへ現れたのが、殺戮の神様、宗教法人パルテスタ教導団の神、アルテア・パルテスタだ。昔話に登場する姿よりもさらに大きく、さらに禍々しく、地獄の火炎を吹き上げながら巨大な口の燃えさかる犬を引き連れている。まさしく言い伝えの邪神そのものだ。

 兵士達は半ばパニック状態に陥っていたようだ。遠巻きにカリアラを包囲し、武器を向け、邪悪な神と睨み合う。

 そして僕の登場だ。全身が黄金に輝くモヒカンゴリラを引き連れた奏者が、今にも牙を剥こうとする邪神の前に立ちはだかったんだ。そりゃ歓声も上がるってもんだ。

『何この野太い歓声?』

 ケータイの向こう側でよもぎさんが呆れたような声を上げた。

「ライブのお客さんだよ」

 カリアラが兵士達と僕とを交互に見つめ、嫌らしくニタリと牙を横に開く。

「またキミの弱点が増えたってとこかしらね?」

 燃える犬が大きな口をさらにばくっと広げた。

「一応、彼等と戦争中だけど」

「じゃあ蹴散らしても構わないわね?」

 カリアラがオルガンの鍵盤に鉤爪を置いた。煉獄オルガンに地獄の炎が吸い込まれていく。

 状況を整理しきれていない兵士達を見ると、宿舎で何度も話したことがある顔もちらほら混じっていた。

 僕はこの戦争を始めるに至って、よもぎさんと兄王陛下にあることを宣言していた。誰も死なない戦争をしてやるって。

「やれるもんなら、やってみろよ」

 コントラバスの弦に指をなぞらせる。弓で弾くよりも切れのある音を出せるのがピッチカート奏法の強みだ。ハイペリオンの動きもより素早く攻撃的になる。

 カリアラの燃える犬が動き出すよりも早く、僕のハイペリオンが宙を舞った。ハードロックのベースのように連続して低音を叩きつけてやる。音もなく飛び上がった黄金ゴリラは空中で一回転して両脚を広げて、燃える犬に馬乗りになるように飛びかかった。

 カリアラが攻撃目標を兵士達から僕に切り替えたが、遅い。ハイペリオンは燃える犬にがっちりと組み付いた。直接は触れないが、反発する力を使えばその圧力で抑え込むくらいはできる。

「みんな下がれ!」

 戸惑っている兵士達に叫ぶ。

「こいつは 僕が抑える!」

 ハイペリオンが燃える犬を上から抑え込んだ姿勢のまま突進する。宮殿へと続く整備された庭園の土がえぐれ、木々がなぎ倒され、二体の巨大な獣はもつれ合うようにして兄王の宮殿の外壁を突き破った。

「かっこいいこと言ってくれるじゃないの!」

 カリアラが鎌を振り上げて僕に飛びかかってきた。

「その細い身体、真っ二つにしてあげるわ!」

 僕とハイペリオンとの距離がずいぶん開いてしまった。もう僕はハイペリオンフィールドの効果外だろう。あんな大きな鎌で斬りつけられたら、まさにカマキリに捕まったチョウチョだ。身動き一つ取れずにバラバラにされる。でも、僕はそんなに甘くない。ちゃんと次の一手も考えてある。ハイペリオンと僕が離れたように、カリアラと燃える犬も離れたんだ。条件は同じだ。ただ違うのは、僕には仲間がいるってことだ。

 カリアラが振り上げた鎌に鎖が投げつけられ、小さな影が左右に走ってカリアラの両腕を鎖でからめとった。ちょうど威嚇するカマキリのようなポーズで固定されるカリアラ。左右に展開したバローロのASD達がギリギリと綱引きのように鎖を手繰り、カリアラの両腕をさらに縛り上げて無防備な胸とお腹を曝け出す。外骨格の上にきれいに仕立てた革製のドレスを身につけているカリアラは、やはり女だなって思えるように胸が膨らみ、お腹はくびれている。でも人間にはない下腹部のさらに下に大きな腹部があり、もう一対の脚がある。それがグロテスクな美しさとエロさを醸し出していた。

「残念。イブキは一人じゃないんだな!」

 バローロがドラムのリズムを一気に加速させた。残りのASD達が大きなハンマーを担ぎ上げ、重そうに地面を引きずりながらフルスイングする。土煙を上げてハンマーはカリアラの腹部を直撃し、鈍い音を立てて巨大なカマキリの身体はぐしゃっとその場に崩れ落ちた。

「いまだ! 取り押さえろ!」

 一人だけ違った羽飾りのカブトを被った衛兵隊長らしき奴が叫んだ。その掛け声に反応して兵士達が一気にカリアラに駆け寄っていく。

「ダメだ! 僕に任せろっての!」

 カリアラはまだ動きを止めていない。こんなあっさりと決着がつくくらいなら、過去に現れたアルテア・パルテスタが侵略者を滅ぼせる訳がない。カリアラも僕と同じで規格外の制限なしの奏者なんだ。

 カリアラの片方の鉤爪が煉獄オルガンの鍵盤に触れ、耳障りな割れた音とともに強い炎をほとばしらせた。

 地獄から吹き出している炎はそれ自体が獲物を求める大蛇のようにうねり、地面の草を焦がしながら渦を巻いて兵士達に襲いかかった。

 ハイペリオンを戻さなくちゃ! でも、火炎を弾いても炎の熱は別だ。間に合わない!

 何人かの兵士が炎に飲み込まれる、その瞬間に、カリアラの頭上に光る球体が現れた。そして空間に穴が開いたようなまんまるい光はそこから大量の水を吐き出し、カリアラの地獄の炎を押し流した。

「イブキさん! 私も戦います!」

 テテだ。金髪の三つ編みをぴょこんと跳ね上げ、つるっとしたおでこに汗を浮かべて両手をカリアラに向けている。

「テテ! そっか、テテは魔法使いだったな」

「見習い潜行士ですッ!」

 空間の穴から押し寄せた津波は兵士達も巻き込んで押し広がっていった。よし、カリアラと兵士達との距離が拡がった。よくやった、テテ。

「ハイペリオン!」

 弦を強く弾く。宮殿の天井が吹き飛んでハイペリオンがごつい拳を振り上げて舞い上がった。

「うっとおしいわあ!」

 カリアラの叫びとともに宮殿の壁の一部が火を吹き上げ、瓦礫をバリバリと噛み砕きながら燃える犬が突進して来た。

 ハイペリオンの拳、燃える犬の牙。それぞれが僕とカリアラのお互いの身体に届く直前に、何にも触れないハイペリオンフィールドが僕達を包み込んだ。

 カリアラの身体はハイペリオンの拳に押し潰される、僕は燃える犬の牙に噛まれる、その寸前に僕とカリアラは空気の幕を纏ったようにするっと巨大な獣達の攻撃から抜け出した。

 どおっと兵士達の声が上がる。確かに、少し離れて見る分には迫力ある巨大生物同士の戦いだろうけど、実際戦ってるこっちの身にもなってくれ。怖くてたまらないって。

「いちいちイライラするわね、この触れない能力って」

 カリアラがゆらりと立ち上がった。

「そう? 誰も傷付けない素晴らしい能力だと思うけど?」

 僕も身体についた砂埃を払って立ち上がる。

「草食動物みたいに優しいこと言うのね」

「誰が草食動物だ、この肉食系女子が」

 再び、睨み合い。僕はテテや兵士達を守るために迂闊に前に出る訳にも行かず、カリアラはバローロの打撃を避けるために僕達と距離を詰めない。膠着状態か。

『よし、伊吹くん。モウゼンをグランに任せて私もそっちに行くよ』

 僕の沈黙から戦闘の停滞を感じたのか、よもぎさんが小声で行ってくる。

「ダメ。ちゃんと怪我が治るまでおとなしくしている事」

 太もものあの位置の傷では、制服の短いスカートをはいたら傷が見えてしまう。

『もう平気。エルミーの治療のおかげで痛くもない』

「ダメったダメ。傷をちゃんと消して」

『私を差し置いて一人だけでライブを楽しもうったって、そうはいかないよ』

 と、よもぎさんとひそひそ喋っていたらカリアラが不意に僕に背中を見せ、煉獄オルガンを止めて燃える犬の姿を消して、ぽーんと宮殿の影に飛んで隠れてしまった。

「逃げたか?」

 バローロがカリアラを追おうとする。兵士達もバローロに続こうとするが、僕はそれを止めさせた。

「狭いとこに引き込む気だ! バローロ、兵士達を連れてよもぎさんを迎えに行ってくれ。テテは僕と一緒に来て」

 テテの細い腰に手を回してハイペリオンの背に乗る。

「バローロ! よもぎさんに無茶させないでくれよ!」

 よもぎさんがこっちに来ちゃう前にケリをつけないとな。

 僕はハイペリオンを跳ばしてカリアラを追った。


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