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『アルテア・パルテスタ。この世界の神々のうちの一人』

 ケータイからよもぎさんの静かな声が流れてくる。少し低くてゆっくりとしたリズムのその声は、朝霧が晴れるみたいに瓦礫が散乱する崩れかけた部屋に染み込んでいった。

『かつて召喚された奏者。圧倒的な力を持ち、侵略者達を滅ぼした絶対的存在』

 ハイペリオンで吹っ飛ばしてやった、その圧倒的絶対的存在って奴の出方を待つ。ハイペリオンの攻撃では直接ダメージを与えられない。すぐに起き上がって崩れた壁の向こう側から余裕の笑みを浮かべてのそのそと歩いてくるに違いない。

『三百年も前のおとぎ話のような話だけど、この世界の人にとっては確かな歴史であり、恐ろしい事実でもある。侵略者を皆殺しにし、一時期恐怖をもって世界を支配した神、アルテア・パルテスタが再びこの地に降り立った訳だ』

 スピーカーに切り替えたケータイからよもぎさんの声が、まるで眠れない夜に聞くラジオの小説朗読のように、僕に歴史絵巻を見せてくれる。

『私達が国を相手に代理戦争を仕掛けたものだから、もうどうにも動きようがなくなったモウゼンは最後の手段を取った。新しい奏者の召喚だ。しかしリミッターの付いていない伊吹くん以上の奏者でないとならない。アルテア・パルテスタの再来は必然だったと言う訳だ』

 アルテア・パルテスタなら、パルテスタ教導団の教会で見た。彫像だったけど。だけどあいつは少し形が違う。身体のサイズもかなりでかい。あいつはメスのようだったが、かつてこの世界にやってきたカマキリみたいな悪魔のような神はオスだったのか?確かカマキリって、交尾の後にオスを食っちゃうほどメスは身体が大きくて凶暴だとか聞いたことがある。もしもよもぎさんがカマキリだったら、僕も食べられてるのか? とか言ったりして。

『私達がテテを助けにここに来た時、すでにあいつは召喚されていた。後は知っての通り、私は負けた。あいつの狙いは伊吹くん、君だ。最強の奏者を倒せば、もうこの国は、この世界は支配したも同然。アルテア・パルテスタと言う恐怖の神が再び降臨して、暗黒時代が始まる』

 カマキリの形をしたヒト型の生き物が吹き飛んだ瓦礫の山が崩れ、細長くしなやかな腕が突き上げられた。その指は太いのが二本。さらに先で鉤爪みたいに二本に枝分かれしている。そして手首から肘にかけて、外骨格が鋭く裂けたみたいに開いたり閉じたりと動いている。カマキリのカマだな。

『伊吹くん。あいつに勝って、今度は君が神になってやれ』

「うん。その時はよもぎさんは女神様だね」

『……それってプロポーズ?』

「展開早過ぎ。さ、そのアルテア・パルテスタが立ち上がったよ。情報ありがとう。もう切るよ」

『……待って』

 少しの沈黙。ケータイからはかすかなノイズが聞こえるだけ。

「どしたの?」

 電気的な沈黙の後、やがて、よもぎさんの吐息が聞こえてきた。

『伊吹くんの側にいたい。お願い、切らないで』

「……うん、いいよ。ただしどうやら今の僕はキレてるみたいだから、そこら辺は大目に見てね」

『今後のためにも、キレた伊吹くんも見てみたいな』

「自分で言うのも何だけど、けっこう嫌なキレ方してるよ」

 カマキリ人間のシルエットが全身姿を現した。舞い上がった埃の霧の向こう側にすらりと細長い立ち姿が揺れている。両手のカマを閉じたり開いたりして、逆三角形の頭には触覚の他にも長い髪の毛のようなものが逆立っているように見える。

「やっぱり全然ダメージないみたいだ」

 変に角張った装甲タキシードみたいな服のポケットからハンズフリーキットを取り出す。さすがにケータイ片手に戦えるような相手じゃなさそうだ。

『気を付けてね。想像以上に速いから』

 イヤホンからよもぎさんの声が頭の中に溢れ出す。そういえば、ケータイでよもぎさんとゆっくり話したことあんまりないな。帰ったらバッテリーが切れるまで夜通しおしゃべりしたいな。

 奴のシルエットがぶわっと広がった。背中の羽根をばたつかせたのか、周囲の埃が一気に吹き飛ばされて視界がクリアになる。

 カマキリ人間がふわりと宙に浮く。そのまま直立の姿勢で空中を滑るみたいにじわりじわりと近付いてくる。頭のてっぺんまで3メートルくらいありそうだ。さすがにこれくらいでかいと迫力あるな。

「いきなりじゃない? かわいい顔してヒドイことするのね」

 巨大メスカマキリはトタン板を震わせたような猫なで声を出した。モザイク模様みたいな複眼のうちの黒目っぽい部分がきょろっと僕を見下ろす。視線を合わせるためにはぐいっと見上げないとならない。

「油断し過ぎだよ。それに自己紹介もなしだったんで、礼儀を教えてやろうと思ってね。僕は桧原伊吹。コントラバスっていうこんな大きな弦楽器を使ってる。好きな食べ物は大福っていう甘いお菓子」

 巨大メスカマキリは少し驚いたように口をぽかんと開け、すぐに横に大きく飛び出た牙をカチカチぶつけ合わせるようにして笑った。

「これは失礼しました。先輩奏者殿。アタシをこの世界に召喚した奴から話を聞かされてたので、ついよく知った仲と勘違いしてました」

 大きい身なりに反して意外に甲高い声でゆったりと言葉を使い、一歩後ろに引いて彼女はぺこりと頭を下げた。彼女、って表現もすごい違和感あるな。カマキリでいいか?

 カマキリは腰を折って頭と胸とを僕に突き出すようにして目線の高さを合わせてきた。

「アタシの名前はカリアラ・プリッセル。レンゴクオルガンって呼ばれる楽器を使ってるわ。好きな食べ物は生のお肉」

『そういえば、こいつ、楽器を持っていなかった。本体だけでもあんなに強いのに』

 イヤホンによもぎさんの声。ツッコミ所は他にもあるでしょ。何オルガンって言った?

「うん、どんな音楽を演るのかって興味があって」

 僕がイヤホンのマイクに話しかけるとカリアラがカマキリっぽく首をくりっと傾げた。

「誰と喋ってるの?」

「さっきカリアラが脚を傷付けた子。僕のカノジョ」

『コラ。調子に乗るな』

「あらあら、あの筋張っててお肉少なそうな子?ちょっと撫でてやったらざっくり切れちゃって、柔らか過ぎじゃない?」

『コラ。調子に乗るな』

 よもぎさんが僕とカリアラとまとめてツッコんでくれる。

「で、僕が操る音楽イメージはこいつなんだけど、カリアラのはどんな?」

 コントラバスをブンッと弾く。僕の後ろで静かに座ってたハイペリオンが雄叫びを上げて豪快に胸を叩いた。身体のでかさならカリアラのさらに倍はある巨大な獣だ。さすがにビビるだろうな。って、まったくビビってないし。

「ふうん。これが音楽イメージね。アタシのはどんなのが出るのかしらね」

 余裕の表情だ。カマキリも顔の造形をヒトっぽくすると表情がだいぶ豊かになるんだな。

「じゃあ、ちょっと演奏してみようかしらね」

 カリアラはさらに数歩下がってカマのついた両手を擦り合わせた。僕のよく知ってるカマキリと同じでカマの部分は鋭いギザギザが生えている。ただそれが折りたたまれた時は腕の外骨格にキレイに収まる仕組みになっているようだ。そしてカマの関節部分が人間で言うところの手首のようで、二本の鉤爪に枝分かれする太い指が二本。指を折って数えたら両手で8までしか数えられないな。人間で言うなら手のひらがすごく小さく、親指がカマのように鋭く長くて手首から肘にかけて格納できるような感じの腕だ。あんな指で演奏できる楽器ってどんなのだろう?

「アタシのは煉獄オルガンって言ってね、シャーマン達がよく使う楽器なの。わかる? シャーマン」

 シャーマン。精霊とお話しちゃったりする呪い師みたいなものか?

「なんとなく。で、そのオルガンはどこにある?」

 カリアラは見た限り手ぶらだ。女性っぽいドレスに楽器がしまえそうなポケットもないし、背中にリュックっぽいのを背負っている訳でもない。

「いや、シャーマンと言うより、ネクロマンサと呼んだ方が解りやすいかしら?」

 ネクロマンサって、確か死霊使いみたいな職業じゃなかったか?

「煉獄オルガンはね、地獄と繋がってるのよ」

 カリアラが両腕を大きく広げて振り上げた。すると彼女の足元が鈍く光り出す。床が半透明に変化していって、ゆらゆらと陽炎が立つように濁った光が波打っている。

『伊吹くん、何? ノイズがひどい』

 僕の耳には何も聞こえないが、ケータイのよもぎさんの声が急に強いノイズ混じりになった。ノイズの強弱が光の波のパターンと一致する。

 と、何かが空間に浮かび上がってきた。カリアラの腰の高さに横に長い四角いもの。動物の皮をなめしたような光沢のないのっぺりとした表面のオルガンだ。ただ、僕が知っているオルガンと違う点がある。宙に浮いていることと、バイクのマフラーみたいなパイプが何本も肋骨みたいに突き出していることだ。一言で表現するならばワイルドなオルガン。二言ならすっげーワイルドなオルガン。

 カリアラが上げていた腕を一気に振り下ろした。鉤爪の指先を鍵盤に叩きつけるようにオルガンを弾いた。重い和音が空間を震わせて、煉獄オルガンの肋骨パイプから真っ赤な炎が勢いよく噴出してきた。パイプはカリアラの背後まで伸びている。その噴出した炎は掻き消えることなくその場に留まり続け、やがて何かの形になっていった。

「これがカリアラのイメージか。おもしろそうじゃないか」

 それは犬だった。恐ろしく巨大で、いびつなほどに頭が大きな犬だ。まるで象のようだ。そして全身に炎を纏っていた。地獄と繋がっているオルガンから噴出した炎がそのまま犬の形に燃え盛っている。ぎろり、真っ黒い目玉が僕を睨んだ。

 巨大ゴリラのハイペリオンの方が頭は高い位置にあるが、全長を比べると同じくらいだろう。さすが、制限なしで召喚された奏者だ。

「さあ、代理戦争、始めましょうか?」


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