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「まあ、いい頃合だったんだと思う。俺も弟の奴もお互いにそろそろ後継問題とか意識しなければならねえ歳だしよ」

 と、王の威厳が吹っ飛んでしまった兄王は自嘲気味に言った。エルミタージュの操る蔦にぐるぐる巻きにされてベッドの上であぐらをかいている。どう見ても捕まった泥棒だ。

「しかしあれだな。イブキの黄金の獣は実におもしろいな。あれだけのパワーで弾かれたと言うのに、ダメージを食らうどころかむしろ爽快感すら味わえる」

 ハイペリオンの触れられない能力に吹っ飛ばされるのは、大きな大きなゴム風船の中に入って坂を転がり落ちるアトラクションみたいなものか。実際、ハイペリオンに飛ばされた兄王陛下は一分間くらい部屋の中を飛び跳ねまくり、しばらく目を回して立てなかったし。

「それが僕の能力です。誰も傷付けたりはしません」

 ここは素直に胸を張っておこう。

「僕達とこの国との戦争はこれで終戦ですね。僕達の勝ちです」

 兄王は蔦でぐるぐるに縛られているにも関わらず、肩を揺らしながら豪快に笑った。

「異論はない。これだけ実力差を見せつけられて、まだおまえとやり合おうと言うヤツは我が軍にはいないだろう」

「文句がある奴は僕が直接相手になります」

「一人の戦死者も出さない見事な戦争だったんだ。誰にも文句など言わせはしない」

 兄王はゆっくりと頷いて、まるで自分自身に言い聞かせるように穏やかで染み込んでくる声で言う。

「約束通り、弟の奴に後の事は任せる。くだらない権力争いで分断された王国は一つに戻るんだ。王は二人もいらんし、何より俺はやっぱり王様ってのには向いてねえ気がするな。早速弟側に共同議会の開催を要請する。十何年ぶりになるかな、弟と言葉を交わすのは」

 その行動力や決断の潔さは十分に王様の素質だと思うよ。と、感心したのも束の間、兄王は王としての威厳と慈愛に満ちた表情からスケベオヤジの顔へとお変わりになりやがった。

「で、そっちの緑の少女は、弟側の奏者だな? ヨモギとはまた違って可愛らしい奏者だな」

 兄王を蔦でからめとった張本人をくいと顎で指す。

「ハイ。エルミタージュと申します。弟王陛下とはまだ一度しかお話ししていませんが、たぶん、兄王陛下と同じ気持ちだと思います」

 エルミタージュがスカートの裾を摘んで軽く膝を曲げて頭を下げた。なんか、この子も大人しくしてれば可愛いんだけど、どうにも女王様気質が見え隠れするんだよな。

「うむ。とりあえず、だ。いまさら抵抗などするつもりはないんで、この植物の枷を解いてはもらえんか?」

 兄王が笑顔のまま身体を揺らす。兄王の上半身をがんじがらめにしている蔦が生き物みたいにしゅるしゅるとさらにきつく縛り上げた。

「あっ、ごめんなさい。すぐに」

 エルミタージュが慌てて横笛を奏で、蔦はするすると解けていく。うーん、蛇のように動く植物って、安物の特撮みたいだけどけっこう気持ち悪いな。

「ところで、イブキよ。ヨモギともう一人の弟側の奏者はどうした? 宮殿に入る前に別れてからずっと姿が見えないが」

 よもぎさんとバローロか。よもぎさんのことだから問題なくうまくいってるだろうけど、兄王を捕らえたよって連絡しないとな。って、ちょっと待て。兄王がなんでそれを?

「何故それを知ってるんですか? よもぎさんはいま別の作戦行動中だけど、宮殿に入る前にって、どうして?」

 兄王はさも当然と言った顔で僕達の背後を指差した。

「だって、見てたからな。ほれ」

 ほれ? 僕とエルミタージュは顔を見合わせて、兄王が指す背後を振り返った。

 病気療養中の兄王の臨時執務室兼寝室はいわゆる王の間と呼べるほど広くはない。もちろん現代の僕の部屋なんかとは比べ物にならないけど。学園の音楽室並みの広さでベッドとデスクがどんっと中央に置いてあり、壁はぎっしりと本が詰まった書架となっている。

 ちょうど僕とエルミタージュの真後ろにあたる本棚の一部が繰り抜かれたようにぽっかりと空いていて、そこには僕とエルミタージュの後ろ姿が映っていた。僕はコントラバスを片手で抱くようにして腰に手を置いて、その隣に小首を傾げているエルミタージュの細い背中が見える。

「鏡?」

 エルミタージュが一歩本棚に歩み寄る。

 と、違和感。僕の隣のエルミタージュと、鏡の中のエルミタージュの動きがずれている。そうだ、鏡ならば僕の目の前にいるエルミタージュの背中が見える訳がない。

「違う。鏡じゃなくい。映像だ」

 どこから撮っているのか、それは僕とエルミタージュをやや斜め上から狙っている映像だった。

「カメラどこ?」

 思わず天井を仰いで監視カメラを探してしまう。しかし、この世界の文明レベルから言ってそんなのあるはずない。

「何よこれ。気味悪い。ずっとあたし達が映ってる訳?」

 エルミタージュが僕の後ろに回った。映像の中の彼女もまた僕に隠れようとする。

「モウゼンに頼んでな、イブキの挙動をモニターできるようフォーカスしていたんだ」

 兄王の口からファンタジー世界には似合わない言葉が飛び出してくる。僕もエルミタージュもただ呆然として兄王の言葉を聞き流すだけ。

「これでおまえの逐一の行動をモニタリングしておまえの襲撃にそなえていたんだ。この戦争を特等席で見たかったが、そこは最前線だ。そしたら俺はすぐに捕まって戦争が終わっちまう。だからモウゼンの奴に遠隔レンズをここに設置させたんだ」

 遠隔レンズ? 魔法で見れるモニターみたいなものか? つまりずっと見られてた訳か、僕達は。いつから?

 じわじわと顔が熱くなってくる。ひょっとして僕とよもぎさんのあれやこれも見られてたとか? もしもそうなら、ハイペリオンを使って兄王の頭の中をシェイクして記憶を抹消してやる。

 そんな僕の動揺に気が付いたのか、兄王はけらけらと笑った。

「案ずるな。おまえの寝姿など覗いたりはしていない。あくまでも戦争を最前線で見るためのものだ」

 ほんとか? ほんとだな? 純粋でウブな少年のピュアなハートを弄んだら後が怖いぞ。

「モウゼンの奴ならフォーカスをイブキからヨモギに変えて彼女の今の様子を見ることもできるんだが、戦争が始まってからあいつの姿が見えないんだ」

 その言葉を聞いて、僕の中で何かが繋がった。待機しておくよう言っていたテテの姿が消えて、モウゼンもいなくなった。この大事な戦争に参加するどころか見物もせずに、モウゼンは何をやっている? 

 いや、戦争に参加しているとしたら。あいつはあいつなりに僕と戦争をしているとしたら。

 そうだ。この戦争は終わっていない。まだすべての敵を排除した訳ではないんだ。

 いますぐによもぎさんと合流しなくちゃ。モウゼンは僕達の行動を遠く離れていてもモニターできる。テテに元の世界に戻るためのポータルを開けてもらうことも知られているはず。

「兄王陛下、ごめん。まだ戦争は終わってないかも!」

 僕はポケットに手を突っ込んで叫んだ。

「何故だ? もう俺は捕まったし、敗北を認めた」

「モウゼンの執政代行官としての権限がまだ生きていれば、まだ奴の命令は最上級の命令となるよね?」

 よもぎさんや僕がアンプなしでもエレキギターをギャンギャン言わせられるように、僕達はこの世界では電気を自在に操れる。ただ、電化製品が存在しないから無意味な能力だけど。でも、この世界に持ち込んだコレは問題なく使える。一度迷子になった時に実証済みだし。

 僕はポケットからケータイを取り出してよもぎさんに電話した。

 プルルップツ、と予想と反して一回もコールしないでよもぎさんが出てくれた。ひょっとして連絡待ってたか?

「よもぎさん? いま……」

『黙って! 静かに』

 よもぎさんの鋭い声が僕の耳に突き刺さる。投げかけた言葉を思わず飲み込んでしまう。

 さらにガサゴソと衣擦れのようなノイズが聞こえ、少し間を置いてから小さくかすれたよもぎさんのささやき声が届いた。

『今はまずい。黙って聞け』

 今は? 何かあったのか? ただならぬ気配とよもぎさん独特の威圧感に僕は静かに次の言葉を待つしかなかった。

 兄王もエルミタージュも、何それ? 何してんの? という顔付きで僕の手元を覗き込んでいるが、とりあえず人差し指を口に持ってきて黙ってろとジェスチャー。説明したって理解できっこないし。

『伊吹くんのことだから、もう兄王は確保してるんだろ? こっちに来て、……助けて』

 助けて。そのキーワードで心臓がどくんと跳ねた。よもぎさんが、あのよもぎさんが助けを求めている。

『テテは見つけた。一緒にいる。……ただ、モウゼンもいた。あいつが、……とんでもないことを……』

 途切れ途切れに聞こえてくるよもぎさんのささやき声。

 声を出せない状況にいるのか? モウゼンが何かやらかしているみたいだけど、よもぎさんはどこかに息を潜めて隠れているのか。

「すぐ行く。どこにいる?」

 僕も小声でケータイにしゃべりかけた。

『……』

 でもケータイから聞こえるのはよもぎさんのかすかな吐息だけ。どうしようかと、もう一度声をかけてみようか口を開いた瞬間、ケータイからグランの叫び声がほとばしった。

『上だ! ヨモギ避けろッ!』

 そして木片が砕け散る音、誰かの甲高い悲鳴、布が破ける音が次々とケータイから飛び出してきた。

「よもぎさんっ!」

 思わず叫んでしまった。ケータイがきしむ程に手に力がこもり、楽器を演奏していないのにも関わらずハイペリオンが僕の声に反応して大きく吠えた。

「イブキ! 何が『……イブキ……』あったの?」

 エルミタージュが僕の肩に手を置く。いや、待て。今エルミタージュの声に被って誰か叫んでいた。

「静かに!」

 ケータイを耳に押し付けて息を止める。目を閉じる。それでも胸がバクバク言ってうるさくて聞き取れない。ええい、心臓、うるさいぞ! 止まれ!

『ヨモギさああんっ! イブキさん! 助けてッ!』

 テテの泣き叫ぶ声だ。ケータイの使い方を知らないせいか、握り締めてスピーカーを塞いでしまっているのか、くぐもった叫び声がようやっと聞こえる。

『魔法研究舎! 私の職場! 早く来てッ! ヨモギさんがッ!』

 しかしすぐさまよもぎさんの声も飛び込んできた。

『大丈夫! でも、会いたいから、さっさと来いッ!』

 僕は自分の心に火がついたのを感じた。何をすべきなのか、次から次に頭に湧いてくる。

「すぐ行くから待ってろ」

 ケータイを切り、兄王に指示を飛ばす。

「モウゼンだ。あいつをぶっ飛ばしてくる」

 兄王は腕組みしてふむと唸った。

「何やら雲行きが怪しそうじゃねえか。力貸すぜ」

「ほんと? 助かる」

 兄王はどんっと足を踏み鳴らして仁王立ちした。

「モウゼンは何かと生意気な奴だったからな。たった今から執政代行官としての全権限を剥奪する。代理戦争は終戦した。我が軍の次の作戦はモウゼンの身柄確保だ」

「うん、後のことは任せた」

 僕はコントラバスの弦に指を這わせた。静かに振動する弦がブーンと唸る。

「よし、エルミタージュ、飛ぶぞ」

「やっぱり?」

 諦めたように笑っていたエルミタージュの細い身体を小脇に抱えるようにして、僕は黄金のゴリラを再び吠えさせた。

 そして兄王の執務室の天井にゴリラの形の大穴を開けて、ズタボロになった宮殿を軽く越えて青空へと飛んだ。よもぎさんが待つ新たな戦場へと。


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