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 ハイペリオンで空を飛ぶ時の奇妙な浮遊感は、たぶん視覚的効果が大きいんだと思う。ジェットコースターなんかには強い僕でも、ふと落っこちているのか飛んでいるのかわからなくなる時がある。

 天井が近付いてきてぶつかるって時に天井が小さなパーツ群に解体されて、それらがカチカチと音を立てて逃げるフナムシみたいにバラバラに僕を避けて飛んで行く。いや、フナムシってのはイメージ悪いな。寄せては返す海の波のようにぎりぎりハイペリオンに触れずに道を作る。天井だろうが石壁だろうがおかまいなくだ。

 ハイペリオンの大ジャンプで宮殿の階層を何段もぶち抜くと、僕達が飛んでいるんじゃなくて宮殿が下に沈んで行くような感覚に陥ってしまう。

 宮殿を構築する物質はそれぞれブロックや木材の形のままその空間の座標をハイペリオンに明け渡してくれる。ハイペリオンが通り過ぎた後には、破壊とはまた違った形で、ハイペリオンの輪郭のままぽっかりと穴が開いていた。

「エルミタージュ、目を開けた方が怖くないぞ」

 上昇が止まる。風景の動きがゆっくりとなり、沈んでいた宮殿が今度は浮上を始めたように見えた。

「うるさぁい!」

 僕にしがみついていたエルミタージュが固くまぶたを閉ざしたままさらに力を込めて抱きついてきた。

 実際のところ、僕達もハイペリオンフィールドに包まれてはいるが、僕自身もハイペリオンには触ることができないので掴まるものもなくただ空中に放り出されているのと同じだ。エルミタージュがこれだけ怖がるのも無理ないか。今度よもぎさんで試してみよう。きゃーきゃー言って抱きついてくるかな。

 通り過ぎる宮殿の断面図で見覚えのある区画を見つけた。ここだ。この扉の向こうが兄王の部屋だ。

「着いたぞ」

 ハイペリオンフィールドをスライドさせる力から反発する力にスイッチさせる。するといままでハイペリオンが突き進むのをゼリーみたいににゅるっと避けていた壁や床が、今度は磁石の同じ極を向けたみたいにぐいっと押し返してくるようになった。これでハイペリオンはまた普通に歩いたり跳ねたりできる。

「あたしもう飛ばない!」

 床に着地すると同時に僕を突き飛ばすみたいに両手を突っぱねて強く睨みつけてくるエルミタージュ。

「飛ばないよ。もう着いたもん」

 通路の突き当たり、地味な色合いの大きな扉を指差す。僕の見立てに間違いがなければあそこに兄王がいるはずだ。いや、兄王のあの性格だ。絶対ここにいる。逃げも隠れもせず仁王立ちして僕の襲来を待っているはずだ。これで代理戦争はおしまい。僕達の勝ちだ。

 王の部屋を守る衛兵はいない。僕達の進むべき道を塞いでいるのは一枚の地味だけど大きな扉。ハイペリオンの力を使うまでもない。僕の手で開けられる。

「静かね。近衛兵みたいな奴らもいないの?」

 場の静寂に引きずられるように小声になるエルミタージュ。そんな彼女の細く小さな声も一瞬で染み込んでしまうほど辺りは静けさに満ちていた。

「みんな出払っているのか、僕達の動きが早過ぎて追いついていないのか」

「ほんとにここでいいの?」

 エルミタージュが声をひそめて足音も立てずにつま先立ちでそーっと歩く。体重が軽いからほんとに何の音もしない。

 遠くに衛兵達の鎧の鳴る音や足音がしてないか、まぶたを閉じて耳に意識を集中させてみる。

 ……。

 風の音も聴こえない。世界から切り離されたみたいに物音がしない。とくんとくんと自分の鼓動が耳に届くくらい静まり返っている。

 目を開ける。目の前には地味なくせに威圧感のある大きな扉。兄王の部屋、ゴールへの扉だ。

「イブキ、どうする?」

 エルミタージュが少し心配そうに眉を寄せて僕を見る。

 間違ったかな? 兄王は絶対ここにいると思ったけど、扉の向こうからは物音一つしない。

 よもぎさんとバローロ組と別れてしばらく経つし、あまりのんびりしている時間もないぞ。

 どうするよ、僕。

 ん? よもぎさん?

 よもぎさんならどうする?

 あのヒトなら、こんな場面どうするだろう。

 そうか。もしもいま側にいたら、よもぎさんなら、きっとこうする。迷う必要なかった。

 僕は小さくコントラバスの弦を弾いた。ピィンっと硬く張り詰めた、でも丸みのあるしなやかな音が扉を打つ。

 僕の後ろで黄金色した巨体を小さく丸めていたハイペリオンがその豪腕で扉を殴りつけた。

 僕の突然の行動に、予想もしていなかったのかエルミタージュがびっくりして飛び上がるのが視界のすみっこで見えた。

「考える必要ないんだ」

 扉は弾かれるように音を立てて開け放たれた。

「扉の向こうに何が待っているのか。それを確かめる方法はたった一つ。扉を開けることだ」

 やっぱり。さすが兄王陛下。僕の読み通り、兄王はそこにいた。

 鳥がはばたくような王冠をかぶり、純白の布で飾られた銀の胸当を装備し、重厚な紅色のマントを羽織って部屋の真ん中にどっしりと仁王立ちしていた。その両手には人の背丈ほどもありそうな大剣が握られ、僕達の姿を認めると、兄王陛下はくいと顎を上げてよく通る声を張り上げた。

「イブキ、見事だ!」

 王たる威厳のある大音声。どんっと胸を張り僕とエルミタージュに向けて演説するかのように身振りを交えて続ける。

「我が軍勢をいとも簡単に退けるその手腕、堪能させてもらった。さすが、歴代最強の奏者と言われるだけはある」

 前に会った時はファンキーなちょい悪オヤジって感じだったが、さすがに今は立派な王様オーラをぶるんぶるんと振るっている。病気で伏せっているというのを忘れさせるくらいだ。ていうか、前のファンキーなオヤジだった時も病気の印象はなかったけど。

「これだけの短時間で、一直線にここへ向かってくるとは、感服すべき闘いぶり。しかも宣言通り、一人の死者も出さずにだ! これを見事と言わずしてどうする!」

 ぴたり、兄王は僕に大剣を向ける。相当な重量なんだろうな。さすがに剣先が少しプルプル揺れている。

「ねえ、話長いよ」

 エルミタージュが僕にそっと耳打ち。

「いいじゃん。ラスボスなんだから好きにさせよう」

 僕も小声で返す。兄王は実に気持ちよさそうに語っていた。

「さあ、最後の闘いを始めようか! 異世界の少年よ!」

 兄王は左足を一歩大きく踏み出して身体を斜めに開き、右の腰に力をぐっと蓄えるようにやや低く構えて大剣をすーっと横に払った。

「俺だって一国の王。いかにイブキが最強の奏者と言えどそう簡単に退く訳にはいかん。それにこの代理戦争を楽しんでいるんだ。手加減無用で頼むぞ。いざ! 異世界の少年よ! 勝ッヴッ!!」

 少しめんどくさくなってきたので、兄王の口上が終わる瞬間、勝負のブのところでハイペリオンで吹っ飛ばしてやった。



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