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 ハイペリオンの黄金のモヒカンが風になびく。巨大ゴリラは岩の塊みたいな筋肉をまとった太い腕をぶるんと振るった。すべてのものに触ることができないハイペリオンの力は空気をばりばり震えさせてハイペリオンフィールドを打ち出す。空気の壁は重低音を発しながら波紋のように拡がって、整然と敷き詰められた石畳の廊下の先、曲がり角から姿を現した衛兵達を問答無用で弾き飛ばした。

 弾かれた衛兵達もそれぞれにハイペリオンフィールドがまとわりついて何にも触れなくなる。ある者は天井まで吹っ飛んですごい勢いで跳ね返って落ちて来たり、ある者は右の壁にぶち当たっては左へ跳ね返ってさらにそれを繰り返し、ある者は軸足を中心に全身で高速スピンし始めて止まらなくなった。

 ごめん。今は手加減してる余裕ないんだ。物に接してなくて摩擦が発生しないから動き出したら止まらないはずだ。ハイペリオンフィールドの効果が自然と消えるまでしばらく目を回しててくれ。

 音楽は名も無き即興曲。メロディにも成っていないような単発の音の連鎖。

 僕がコントラバスで重低音を響かせれば黄金モヒカンゴリラのハイペリオンが渾身の力がこもった一撃を放ち、エルミタージュが僕の音に重ね合わせて澄んだ音を奏でれば、バラに包まれたエバーグリーンが宮殿の壁を突き破って植物の根を這わせて兵士達を縛り付ける。

 僕達の音楽の後には破壊された宮殿と溢れる緑がいっぱいだ。

僕が穴を開け壁を砕き道を作る。エルミタージュはそこに緑を植え付けて宮殿を自然に還す。僕達の音楽は確実に兄王の宮殿を削り取っていった。

 低く長い僕の音にエルミタージュの抑え目の静かな音が重なる。僕のリードにうまく乗っかって来ているな。

「イブキ!いいよ!」

 エルミタージュが音の合間に笑顔を見せてくれた。

「なんかヨモギにはもったいない!」

 エルミタージュが奏でやすい音を導き出すために僕は単発で音を繰り出していたが、彼女の好みや癖がわかってきて、そして彼女もまた僕のパターンを読み取り、お互いの音がだんだんと交じり合ってメロディに厚みと多様性が出てくる。音楽をやってて一番楽しい瞬間だ。

 生まれた世界も姿形も違う僕とエルミタージュが奏でる即興曲は、花や虫達もステップを踏みたくなるようなアップテンポなものとなって、宮殿のブロックを崩して大穴を開けたり、大樹が広間の真ん中から天井を突き破ってみたり、石造りの威厳があった宮殿をめちゃくちゃにしていく。

「ねえ、イブキ! ヨモギなんかと帰らないであたしの世界に来ない?」

 逆ナンかよ、逆ナンかよ。

「エルミタージュみたいなのがたくさんいるんだろ? なんかやだなー」

 音楽のセンスや楽曲の方向性は共感できることが多く、演奏技術も人間離れした指裁きが僕の持ってない特別な感性を引き出してくれる。自分の持っていないモノを与えてくれて、自分から多くのモノを学んでくれる。まさ最良のパートナーじゃないか。しかしながら性格の不一致で。

 僕とエルミタージュがバンド組んだとしても上記の理由であっという間に解散しそうだ。

「あからさまに嫌そうな顔しないでよね。傷付いちゃうじゃない」

「バローロがいるだろ。バローロが」

 エルミタージュはふーむと考え込むみたいに小首を傾げて細いあごに人差し指を添えた。

「バローロかあ」

 ちょっと真面目に考えてる辺りは脈ありなのか? 異世界間恋愛ってのもおもしろいぞ。僕は遠慮するが。

「あいつは確かにいい人だけど、なんか引っ込み思案ってか、物足りないな。ドラムの腕は認めるよ」

「うん、ドラムはいいよね、ドラムは」

 物足りないって言ったぞ、この植物女子は。バローロのような筋骨粒々なタフガイすら草食系扱いかよ。

「イブキとバローロを足して2で割り忘れたくらいのオトコだったら、強引に口説いてたかも」

 よもぎさんは強引に口説いてきたぞ。って言うか、割り忘れるのか。僕とバローロの二人がかりでも満足しないか、この植物女子は。ん? 植物女子って言ったら、草食系の好物じゃないのか、本来の意味なら。

「そこら辺は終わってからじっくり話し合おう。君もよもぎさんも男を何だと思ってるんだ?」

「オトコに求めるモノは、あの金色の獣みたいな力強さかな」

 エルミタージュはハイペリオンを指差してあっけらかんと言ってのけた。

「そうか? 世界で一番優しい獣だぞ」

「どの世界での話よ?」

 エルミタージュは白い歯を見せて笑った後、笑顔のまま横笛にキスするように唇を添えた。

 廊下の窓から差し込む陽の光が遮られた。見ると、エルミタージュの笛の音に合わせて踊るように大きな葉っぱを持ったツタが窓から侵入してきた。

 もう随分宮殿の深部まで進んできている。あの窓の向こうは小さな中庭になっていて兄王陛下のお気に入りのお月見ポイントだ。でも、あんなでかい葉っぱの植物生えていなかったような。

 エバーグリーンが両腕を広げるとその怪しい動きをするツタが一斉に拡がりだして、ぴっちりと組まれた石壁に潜り込んで行く。めきめきと音を立ててひび割れていく石の壁。よくアスファルトを突き破って育つ雑草の話を教訓っぽく聞かせる数学の先生がいるけど、こんなの見せつけられたら僕も植物なんかに負けてらんないって気持ちになってくる、訳がない。頑張ろうってどころのレベルじゃない。怖いって。キモいって。

「もうすぐなんでしょ、兄王の部屋は」

 エルミタージュが言う。ツタはざわざわと彼女の足元を大蛇のように這っている。

「うん。兵隊もあらかた倒したし、さっさと兄王を確保しちゃうか」

 一度だけお邪魔した兄王の部屋への道のりを思い出してみる。兄王お気に入りの中庭を越えて廊下を突っ切ったところだ。

「あと壁を2、3枚ぶち抜けばきれいな廊下に出るはず。その先だよ」

「まだ兵隊いるかな?」

「兄王を守る最終防衛策ラインはあるだろうけど、そんなの問題じゃないな。問題は宮殿の外の連中だ。追いついてくると厄介だ。数が多過ぎる」

「じゃあなおさら速攻で落とさないと」

「うん。と言う訳で、エルミタージュ、またじっとしてろよ」

 え? と言う顔をするエルミタージュをひょいとお姫様抱っこ。うん、やっぱり軽過ぎて物足りないな。女の子ならもうちょっとふっくら柔らかくないと。案山子かなんかを抱いているみたいだ。

「ちょ、やめ、またぁぁ!」

 大体の方角を定めて、僕は再びハイペリオンに大ジャンプさせた。



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