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 音楽が好きな奴が四人集まって、それぞれ楽器を持ち寄って好き勝手に好きな音を奏でれば、それでもう立派なセッションとなるもんだ。

 個性的な楽器使いが集まったとしても、徐々に我の強い奴がぐいぐい前に出てきて、それを抑える役目、全体のリズムを取る役目、ハーモニーを演出する役目、自然と適した役割が割り振られて行く。

 お決まりのメロディラインなんか必要ない。お互いが次にどんなメロディを奏でるか肌で風を感じるみたいに読み取れるようになってくる。お互いの息継ぎ、スピード、音の強さ、ぴったりとはまってくる。もうそうなったら楽しくて楽しくてたまらない。たとえ何時間も音楽漬けだろうと平気に感じる汁が脳内に分泌されるんだろうな。

 僕達は今まさに音楽漬けだ。きっと音楽汁が分泌されまくりだ。

 よもぎさんのコントラバスが荒ぶる海風のように輪郭がくっきりとした音を放てば、エルミタージュは繊細だけれどもどこか攻撃的な木管の優しい音色で突き刺してくる。この二人を凶器に例えるなら、よもぎさんはバールのようなもの、エルミタージュはアイスピック状のもの、と言ったところだな。

「バローロ、いまのとこもうちょっと速くお願い」

 よもぎさんがメロディを繰り返してリズム担当のバローロに注文をつける。

「いや、バローロ、もちっとってくらい速くして」

 エルミタージュも負けじとよもぎさんの音色に上から音をかぶせていく。もうちょっと、と、もちっと。もうニュアンスの問題になってくるな。それでもバローロは最初はもうちょっと速く、そして繰り返し二度目はもちっと速くドラムを叩きこなした。バローロらしい几帳面できめ細かい心遣いが効いたリズム回しだ。

「伊吹くん、ここは押し倒すくらいに迫って来なきゃダメ」

「イブキ、もっと猛る肉食動物みたいに」

 あー、はいはい。どーせ僕は音楽も消極的で草食系ですよ。そもそも僕はエレキギター専門じゃないんだし。

「伊吹くん、もっと優しく蹂躙するように!」

「イブキ、鋭い犬歯で甘噛みするみたいに!」

 わかんねえって。

 そんなこんなで僕達のセッションは観客なしだったけど心地良く続いた。たまに瓦礫が崩れるサウンドが加わったり、あるいは野太い悲鳴のコーラスが入ったり。僕もよもぎさんも、たぶんエルミタージュやバローロも、この異世界に連れて来られてからこんなに自由に演奏したことはなかった。ああ、もっと音響効果のしっかりしたホールでこのセッションができたらなあ。

 そんなことを思っていたら、初めての観客がやってきた。

「おまえら、なかなか宮殿に来ないと思ってたら、こんなとこにいたのか」

 グラン少佐だ。馬みたいな、でも猫みたいでもある奴に跨って風のように現れた。

「ちょっと練習もかねた寄り道」

 よもぎさんはさらっと歌うように返した。すぐさまエルミタージュがその台詞にメロディをつけて繰り返す。

「れんしゅうーもかっねたよっりっみっちっ」

「歌うな。探したんだぞ」

 グラン少佐が馬猫?猫馬?から降りて手綱を引っ張って寄ってくる。近くで見るとわりとモフモフしてるぞ、この馬猫。

「そんなことより、あんたこそここで何してるの? テテの側にいろって言ったはずだけど?」

 よもぎさんの一喝に、まるでお母さんに怒られた子供みたいに首を引っ込めるグラン少佐。

「そ、そのテテのことでおまえらを探してたんだ」

「テテのこと?」

 よもぎさんがコントラバスを止めた。ちょうどパルテスタ教導団本部教会をものすごく長い袖でぐるりと囲っていたガールブラストも動きを止める。

「テテがどうかしたのか?」

 僕のギターに合わせてハイペリオンVer.2が二人の教団兵士を胸びれでお手玉する。さっきからもうすでに戦意を失っているだろうけど、他の奴らへの見せしめの意味も含めて念入りにお手玉っておく。

「……いないんだ」

「いない? 私達が使ってた隅っこの塔に?」

「ああ。今朝から誰も姿を見ていないんだ」

 よもぎさんがきれいにつりあがっている眉を寄せて僕を見た。いつもの自信に満ちたいじめっ子の顔じゃない。不安の影が混じったか弱い女の子の顔だ。

「グラン、よく確かめたのか?」

 僕はギターの手を止めて一歩よもぎさんに近付いた。ハイペリオンVer.2が胸びれの動きを止める。お手玉されていた二人の教団兵士がどこかに飛んでいくが、別に怪我しないだろうから放っておく。

「宮殿の隅々まで探したって訳じゃないが、探しているうちに普通じゃない気がして、おまえらに知らせた方がいいって判断したんだ」

「普通じゃない?」

 よもぎさんがコントラバスを抱くように腕を組んだ。

「……モウゼンの姿も見えないんだ。この代理戦争時に、執政代行官がいないだなんて普通じゃない。何かおかしいぞ」

 僕の心の中に、テテの小さくて可愛らしい笑顔が思い浮かび、すぐさまどす黒いモウゼンの影が沸き立ってテテの姿を掻き消した。

「気に入らない流れだな」

 僕の言葉を聞いてエルミタージュとバローロが歩み寄ってくる。地面からバキバキとイバラの蔓を生やして教会をからめとっていたエバーグリーンも、教会の木造部分を分解してパーツを作って石造りの出入り口を完璧に塞いでいた6、7体のASDも動きを止めてこっちを見ている。

「ヨモギらしくない顔しちゃって、なんか、トラブル?」

「うん、まあ。元の世界に帰るためのポータルを開けてくれる約束してた潜行士がいなくなっちゃった」

 よもぎさんが俯いて唇に親指を添えて顔をさらに曇らせる。

「あの真っ直ぐなテテが裏切るなんて考えられない。何かあったんだ」

 エバーグリーンのイバラに取り付かれて、ASDが窓や出入り口を塞いで歪な形になった教会からまた二人の兵士が飛び出してきた。それをちらっとだけ一瞥してよもぎさんはコントラバスの太い弦を一回だけ親指で擦るように弾いた。

「パルテスタの奴らのアジトなはずのこの教会も、何か、思ったよりも手応えないし」

 ガールブラストが左袖を振り回して二人の兵士をそっと触れる。その途端にふわっと宙に浮かび上がる教団兵士達。重さをチャージしたか。

「僕なりに裏をかいたつもりだけど、さすがに実戦では向こうの方が経験豊富かな」

 ガールブラストの長い長い右袖が唸りを上げて宙に浮いて動けない不運な彼等に襲いかかる。

「よもぎさん、考えてる時間がもったいない。即行動だよ。一気に宮殿を攻め落としてテテを探そう」

 兵士二人がガールブラストの一撃で地面にめり込んだのを見届けると、僕はよもぎさんの肩に手を置いた。

「グラン、一緒に来てくれ。エルミタージュ、バローロ、ちょっとだけ作戦変更だ。遊んでないで全力で攻めるよ」

 しかしよもぎさんの考えは違った。僕を真っ直ぐに見据え、しっかりと芯のある声で言った。

「伊吹くん、二手に分かれるよ。私はグラン少佐とテテを探す。伊吹くんとエルミーとバローロは予定通り宮殿を攻め落として」

 何を言ってるんだ、と僕にしては珍しくよもぎさんの決定事項に異義を申し立てようとしたが、僕が言うよりも早くドラムの音とともに反論の声が上がった。

「それはだめだ」

 バローロだ。腰のドラムをリズムを取るように軽く叩いた。ASD達が教会のベランダを手際良く封鎖していく。

「この代理戦争はイブキの絶対的な防御力があってはじめて勝利できるものだ。ヨモギだけ単独で行動するのは無謀だ」

 よもぎさんがコントラバスの弦を撫でるようにしながら応えた。ガールブラストが左袖を長く長く伸ばして教会を巻き込みはじめた。

「私達のことを煙たがっているモウゼンが、この代理戦争で私達の邪魔をしないだなんて考えられないの。テテは私達にとって大事なキー。もしモウゼンにテテを抑えられていたら……」

 バローロにしては珍しく強い口調でよもぎさんの言葉を遮った。

「だからと言ってヨモギ一人を行かせる訳にはいかない。俺達四人が無事に生き残るのがこの代理戦争の勝利条件だ」

 ASD達が手に持った巨大ハンマーでベランダを打ち崩す。イバラにからめとられたベランダは一瞬で瓦礫と変わり、イバラがさらに粉々にする。

「ヨモギらしくない。変な小細工する必要ないわ。一気に攻め込んで、代理戦争を片付けてからその子を探すのじゃダメなの?」

 エルミタージュが肩をすくめて言う。教会を覆ったイバラがメキメキと音を立てて締まっていく。よもぎさんは少し迷うような表情を見せ、僕にちらっとだけ視線を向けて、またバローロとエルミタージュに向き直った。ガールブラストは右袖もぐんっと伸ばして教会を包み込んでいく。

 確かに、よもぎさんらしくない。自分や、自分の範囲内(この場合は主に僕のことを指し示す)に困難が降りかかることに関してはまったく気にしない。むしろ望むところだ。だけど、自分のせいで他の誰か(この場合は主に僕以外のことを指し示す)に迷惑がかかることを嫌う。自分が力不足だと感じてしまうからだ。だからよもぎさんは学校でも一人で行動することが多い。誰にも迷惑をかけないからだ。

 でも、今は違うはずだ。バローロもエルミタージュも仲間だ。信頼できる大切な戦友だ。誰が迷惑だなんて思うか。一緒に降りかかる火の粉を振り払ってくれる仲間なんだ。テテだって、きっとそう思っているはず。

「じゃあこうしよう」

 僕は二人の間に割って入った。そして有無を言わせない毅然とした態度でよもぎさんを真正面から見つめる。

「グラン、バローロ。よもぎさんのサポートを頼む。完璧によもぎさんを守ってくれ。僕とエルミタージュは思い切り派手に暴れる。宮殿の全兵力がこっちに向けられるくらいど派手に。その隙をついて、よもぎさんはテテを見つけて保護する」

 黄金のマッコウクジラを空高く舞い上がらせる。

「制限時間は僕が兄王陛下を捕まえるまで。できる?」

 よもぎさんは黒髪が大きく揺れるほど強く頷いてくれた。

「よし、一秒も無駄にしたくない。行動開始だ」

 僕はギターを振り上げ、ハイペリオンVer.2を一気に急降下させた。狙いは、ピンポイントで教会の鐘。教会の中心線だ。空高くから舞い落ちてくる黄金の毛皮を持ったクジラが、一番てっぺんのとんがり屋根に突っ込んだ。

 その瞬間、教会そのものが大きくぶれるように震えて、音もなくとんがり屋根が真っ二つに割れた。そこへハイペリオンVer.2が巨体をひねりながらねじ込んでいく。まるでばかでかいウエディングケーキをクジラの形をしたナイフですぱっと真っ二つにするように、ハイペリオンVer.2は教会を真っ二つに裂いていく。

 ハイペリオンVer.2の圧倒的なパワーは直接触れることなく教会を分断してそのまま地面に消えて行った。ハイペリオンVer.2が通ったスペースだけぱっくりと口を開けた教会は、エバーグリーンのイバラとガールブラストの長い袖にからめ取られてかろうじて倒れずにいた。

「よもぎさん、またあとでね」

 そしてとどめの一撃。地面から噴火のように土煙を吹き上げて現れたハイペリオンVer.2が割れた教会に体当たりする。物に触れないハイペリオンフィールドはそれぞれ隣り合うレンガや積み石に伝播して、教会を形作っていた建材は木っ端微塵に吹き飛んで、後には山となった瓦礫しか残らなかった。






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