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 闘技場の狭いトンネルを抜けると、そこもやっぱり戦場だった。

 どうやらまだ闘技場そのものの外に出た訳ではなく、外周にぐるりと設けられた通路と言うか、練習用の控えの空間と言うか、とにかく兄王国軍兵士達がたくさんいる所に通じていたようだ。

「うわ、イブキ!敵がたっくさんいるわ!」

「気にしない。突っ込みな、伊吹くん」

 二人の女の子が好き勝手言う。はいはい、なんとかしますよ。

 吠えるハイペリオンVer.2を先頭に、眩しい赤を基調としたオープンカーのような低い馬車がトンネルを駆け抜ける。

 戦いの前の精神集中でもしていたのか、きちっと四列で整列してボウガンを構えた兵士達がみんな目をひん剥いてこっちを見た。

 そりゃそうだ。いきなり黄金の毛並みを持ったマッコウクジラが、狭いトンネルをところてんのようにつるんと飛び出てきて驚かない奴なんていない。しかもそれだけでなく、よく磨き上げられたクロムメッキのようにピカピカに輝くパーツで縁取られた赤いオープンカーに奏者様御一行が乗り込んで突っ走ってくるんだ。

 さすがの国軍兵士と言えど、想定外どころの話じゃない。常識外甚だしい非常識が突っ込んでくるんだ。とっさにボウガンを構えられたのは一部の兵士だけで、さらに引き金を引けたのはなおさら極一部、ほんの一握りの優秀な兵士だけ。

「撃ってきた!」

 御者席でエバーグリーンを使って一本角水牛を操っていたエルミタージュが言うが早いか、バローロのASDが何人か金属っぽい光沢がある盾を持ってエバーグリーンの周りに現れた。

 そして僕とよもぎさんが動き出すよりも早くエルミタージュの周りを鉄壁の防御で固めた。珍しくASDが動かないでじっと盾を構えて飛んでくる矢を弾いている。いまならASDの数を数えられるぞ。えーと、7、8体見える。なんでじっとしているのに数えられないんだ?

「なんやかんや言いながら、あの二人ってぴったり息のあったコンビなんだな」

 ニヤニヤとしてつぶやきながら、よもぎさんが細い人差し指でコントラバスをピンと弾いた。途端にガールブラストの薄い胸がぎゅーんと超鳩胸になる。

「よもぎさん、何する気?」

 いまにもはち切れそうなガールブラストの胸の膨らみはどんどん右袖に移動していき、その右袖は頭上のハイペリオンVer.2を狙っていた。

 ふと、物理の授業を思い出す。エネルギー保存の法則。そういえば、さっきチャージした3台分の一本角水牛のスピード、まだディスチャージしていなかったような。

「頼りにしてるよ、伊吹くん」

 よもぎさんは語尾にハートマークが付きそうな甘い声を出し、そしてそんな声とは裏腹に冷酷な命令を繰り出した。

「行け、ハイペリオン」

 ガールブラストの右袖から何か光の塊のようなモノが撃ち出された。あれがスピードの塊だろうか。空飛ぶ黄金のモヒカンクジラは、その光に撃たれると急激に泳ぐ速度を増した。どんだけすごいBダッシュだよ。

 僕は慌ててギターを掻きむしりハイペリオンVer.2をコントロールした。

「前もって言ってよ!」

 ハイペリオンVer.2は巨体を捻りながらボウガン部隊に猛スピードで突っ込んで行った。兵士達は避けるどころかボウガンを撃ち込む暇さえありゃしない。おまけに僕にもハイペリオンVer.2を精密に操作する余裕がなかった。

 ふさふさと黄金色の毛が生えた空飛ぶマッコウクジラが怒涛の勢いで兵士達の列に突っ込んで行った。何者にも触れない、触れられないハイペリオンフィールドは兵士達をなぎ払い、それどころか地面をえぐり、闘技場の外壁すら粉々に破壊してしまった。

 ハイペリオンフィールドの影響下に置かれた物体は、一時的にだけどハイペリオンと同じように何にも触れなくなる。目に見えない丈夫なシャボン玉に包まれるようなものだ。

 そのせいで弾き飛ばされた兵士達も壁や地面にぶつかっても摩擦が発生しないからそのままの勢いで跳ね返り、重力によって動きが落ち着くまで跳ねまくって体勢を整えることもできなくなる。

「あーあ、イブキったら派手にやっちゃって」

「事故だよ、事故。でも誰も怪我してないからいいでしょ」

 えぐり取られた土塊も砕かれた外壁のレンガも然り。その場にごとりと落ちる訳でなく、ポンポンと跳ねまくって、見た目にはものすごい破壊活動が行われたように見えてしまう。

 でもいいか。外へ通じる道が出来たし。このまま突っ切ろう。

「エルミタージュ! 外に出たら僕が造った大通りを南へ!」

 兵士達とレンガの塊が飛び交う中、僕はエルミタージュの右肩を叩いて南を指差した。

 兵士やレンガが降り注ぐ土煙を抜け、目の前がぱっと拡がりを見せた。この大通りを左手側、北へ向かえば兄王の宮殿がある。そして右手側。僕がハイペリオンを使って街の形を変えた時に造った新しい大通りだ。この道を真っ直ぐ進めば大きな教会にぶち当たる。その教会こそパルテスタ教導団の本部みたいなものだ。

 僕達にちょっかいださないよう、教会ごと街の端っこに追いやったんだけど、どうやら懲りていないようだ。今度こそ完全にへこましてやる。もう二度と僕の前に姿を現せないように完璧に気持ちをへし折ってやる。


 バローロがデザインしたオープンカーの牛車は、空中に浮いているみたいにスムーズに走った。当然アスファルトなんて存在しない石畳の大通りを赤い一本角水牛が跳ねるように駆けているってのに、ほとんど振動もなく滑らかに疾走。ほんとになみなみと注いだワイングラス片手におしゃべりしながらくつろげてしまいそうだ。木材と少ない金属部品だけでどれだけ優秀なサスペンションシステムを開発したんだよ。

 エルミタージュの操る一本角水牛もすごい。牛車一台と4人を乗せてここまでスピードをだせるなんて。兵士達を戦車に乗せていた時はもっと牛っぽいドタドタした走りだったのに、エルミタージュが何やら話しかけたらその駆け足の軽やかなこと。エルミタージュは一本角水牛にいったい何を言ったんだ。

「見えた。生意気に門番がいるな」

 よもぎさんは長い脚を組んで背もたれに優雅に持たれかかっていた。ほんとにこの派手派手な真っ赤なオープンカーがよく似合う女王様だ。

「さて、ぶっ壊そうか」

 僕は徐々に近付いてくる教会を見上げた。

 改めて見ると、もしもこの教会が現代日本にあったとしたら、相当な歴史的価値のある観光スポットになっているだろうな。

 三本の尖った屋根は赤煉瓦で組まれていてその天辺には鳥をモチーフにした彫像が羽ばたいている。

 ビルの4、5階分くらいの高さだけど、聖堂部分は屋根まで吹き抜けになっていて高い天井と明かり取りに効果的な天窓がすごく解放感のある空間に仕上げていた。

 棟続きの裏手の方はまだ見ていないけど、たとえ生活感溢れる居住スペースだとしても総石造りの建物には有無を言わせない説得力ってのが漂っている。僕みたいな現代人には何もかもが重厚な歴史が降り積もっているように見えてしまう。

 まあ、ぶっ壊すけど。それはもう容赦なくぶっ壊すけど。



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