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闘技場を見回す。戦車が外れて自由になった赤い一本角の水牛は壁際でこっちの様子を伺うようにじっとしていた。他の3頭の牛達は命令する人間がいなくなった戦車をダラダラと引っ張って歩き、やがて3頭固まって休憩でもするかのように座り込んだ。うん、草食動物はそうやって大人しくしてればいいさ。
ふと視線を感じて振り返ると、エルミタージュとバローロの二人が何やらこっちを見てヒソヒソやってる。
「何?」
「べーつーにー」
僕の問いかけにニヤニヤしてはぐらかすエルミタージュ。バローロは何を納得してるのか腕組みして短い首を前後にぴょこぴょこと動かしている。
「若いってのはいいものだなあ、イブキ」
何言ってるかわかんねえよ。一つ二つ何か言い返してやろうかと思ったが、大勢の大音声とともにまた闘技場のゲートが開かれたのでバローロへの逆襲は後回しにしてやる。
「今度は数が多いなあ。伊吹くんに任せた」
よもぎさんがそう言うとガールブラストがしゅんとつまんなそうな顔付に戻り、長くたなびいていた袖も地を這うように彼女の足元に帰ってきた。
「じゃあ、任されたよ」
ギターを低く構えてゲートに向き直る。ゲートからは刃が広くて長い剣と大きな長方形の盾を装備した歩兵が大量に飛び出してきた。
「戦いは数って聞いたきとあるけど」
ギターはそんなに練習してないからよもぎさんみたいに早弾きとかはできないけど、基本的なコードなら何とか押さえている。だからハイペリオンVer.2をきめ細かく操ることはできないけど、これだけの敵の数なら大雑把な攻撃でも誰かしらには当たる。
「戦いは数じゃない。質だ。雑魚が何匹集まったところで、主人公機の一撃で吹き飛ぶんだよ!」
ハイペリオンVer.2がいったん空高く舞い上がって空中でその巨体をひねり、歩兵の群れに頭から急降下していく。
歩兵達はハイペリオンVer.2の攻撃に対し、重装甲の前衛が大きな盾を密集させて一枚の鉄の壁を作り、二列目の兵士達が頭上に盾をかざして前衛の隙間から長い剣を突き出し、全員で歩速を合わせてまるで装甲を纏った巨大な毛虫のようにゆっくりと、しかし確実に迫ってきた。
攻防が一体となった見事な陣形だな、普通の敵が相手なら。
よもぎさんもエルミタージュもバローロも容易には手を出せない金属毛虫だが、根本的にモノに触れられないという特性のハイペリオンには物理的攻撃は無意味だ。僕にはもっと精神的攻撃で揺さぶらないと。それに、さっきの潮吹き攻撃でわかったけど、ハイペリオンVer.2には空を飛べる以外にもう一つの特徴があるようだし。
フルプレートアーマーの行進が一段と密度を高めて大きな盾を頭上に掲げて長い剣を空へと突き立てた。そして対空姿勢をとったまま身を屈めて片膝立ちになる。完璧な対空布陣だ。
「ハイペリオンのこと、まだ理解してないのか?」
黄金のクジラは尾のひと掻きでぐいっと進行方向を変えた。空中でも自在に動けるぞ、この金色毛皮クジラは。
ハイペリオンVer.2は密集した重歩兵達の少し前方にでっかい頭から落ちて行く。大地に激突する、と言う時。重歩兵達は両足を踏ん張って衝撃に備え、よもぎさんのコントラバスがちょっとだけ乱れた。
大丈夫。墜落も激突もしないよ。
ハイペリオンVer.2は闘技場の固い地面に接触し、そのまま音もなく大地へと潜ってしまった。
そうさ。ゴリラは歩く。陸上に棲んでいるから当然だ。じゃあ海中に棲んでいるクジラは?
「上からの襲撃を想定していたんだろうけど、残念。三次元戦闘では死角を取った方が勝ち」
何人かの重歩兵が次に何が起こるか理解したようだった。しかし密集陣形を取っていて個々で身動き取れる状態ではない彼らになす術はなし。
ぐわっと歩兵達が形作る金属毛虫が盛り上がった。そしてその真ん中から金色に輝く塊が飛び出してくる。ハイペリオンVer.2のジャンプだ。
黄金クジラは吠えながら地面からその巨体を現した。直撃を食らった金属毛虫は木っ端微塵に吹っ飛び、打ち上げられた数十人の重歩兵達がバラバラと舞い落ちて行く。磨き上げられたフルプレートが日光を反射させてキラキラときれいだ。
くるくると回転しながら落下する重歩兵達は地面に激突するその瞬間にまた跳ね上がり、スーパーボールみたいに高く跳ね返った。ハイペリオンフィールドの効果で何にも触れないから運動エネルギーがそう簡単に減少しないんだ。だから何度も何度も跳ね返り、重力でやっと落ち着いた頃にはもう目が回って動けなくなっている。
「はい、終わり」
後に立っている者は僕一人。敵の戦意を根っこからへし折る。それを勝利って言うんだったよね、よもぎさん。
「うん、さすがね」
よもぎさんがコントラバスの演奏を止めて、脚を組んで背もたれに寄りかかった。さすがに女王様ランキング第一位だけあっていちいち仕草がカッコいい。
「よし、一気に攻め込むよ。バローロ、あの馬車を乗り心地良く改造できる?」
よもぎさんが弓で闘技場の真ん中らへんに転がっている檻状の戦車を指した。さっきバローロがパーツを組み替えて兵士達を閉じ込めた奴だ。バローロはちらっと戦車の方を見ただけで自信たっぷりに頷く。
「グラスになみなみと注いだワインをこぼさない程度にはな」
そんなこと言って、ダメだぞ、よもぎさんにワイングラス持たせちゃ。飲んでしまうぞ、この人は。女子高生の飲酒は禁じられてるんだぞ。
よもぎさんは次にエルミタージュを弓で指す。
「エルミー、あの赤い角付きを乗りこなせる?」
エルミタージュは闘技場の隅っこでなんかしょんぼりしているような赤い角付きとやらの水牛を一瞥。
「傷付いてるというより、イブキのハイペリオンにビビってるって感じね。話つけてみる」
エルミタージュが赤い角付きの水牛に手を振りながら駆け寄っていく。話つけてみるって、おい、動物と話せるのか? さすがは異世界の植物少女。
「さて、伊吹くん。ギターの練習怠けてるでしょ?」
ジロリ、よもぎさんが目を細めて僕を見つめる。
「僕の担当はコントラバスだからギターの練習は必要ないもん」
「そんなんじゃ私のバンドでツインギターできないぞ」
「バンドって?」
「『ライオンとシマウマ』私と伊吹くんのバンド」
「『トラトコジカ』じゃなかったっけ?」
「そっちがいい?」
「どっちもやだ。それに二人だったらバンドじゃなくてユニットでいいじゃん」
「いいの。気持ちの問題」
とかなんとか言いあっているうちに、ぶるるんっと鼻息も軽やかに一本角水牛が、優勝力士がパレードで乗るような豪華で絢爛なオープンカー仕様の戦車を引っ張ってやって来た。
「こんなキレイなクルマを引っ張れるなら喜んで働くって言ってるわ、この子」
御者席に座るエルミタージュが胸を張る。牛にそんな感覚あるのかよ。
「ヨモギに似合うよう派手めにしといたぞ」
とは、オープンカーのちょうど優勝力士が座る特等席にふんぞりかえるバローロ。
えーと、もはやさっきまでの無骨な戦車の面影はないんだが、どこからパーツ取って来たんだよ。きらきらしてるし、しゃらしゃらしてるし。よもぎさんに似合うって言えば似合うけど、一つ間違えれば田舎の暴走族のバイクだぞ、これ。
「わかってるじゃない、バローロ」
よもぎさんが早速オープンカーに乗り込み、コントラバスを抱きかかえるようにして座り心地を確認する。
「さあ、今度はこっちから攻めるよ」