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 巨大黄金ゴリラだったハイペリオンはビルの二、三階分くらいの大きさだった。でも常にゴリラっぽく手を地面につけて低い姿勢で歩いていたから見慣れてくればそんなに巨大な感じはしなかった。そりゃまああんなでっかいゴリラは存在しないが。

 しかしハイペリオンVer.2はクジラの姿をしている。たぶんクジラとしては普通サイズな大きさなんだろうけど、そもそも泳いでいるクジラの全身を間近で見る機会なんてないんだ。その巨大さに圧倒されてしまう。全身が黄金の毛皮で覆われて頭から背中にかけてモヒカンのようなたてがみがあり、ゴリラハイペリオンの面影がある。

 頭が大きく盛り上がり、下の方に牙がびっしり並んだ口が開いている。モデルはマッコウクジラだな。マッコウって言ったらダイオウイカなんかも喰ってしまう肉食クジラだ。

「見て見て、よもぎさん! すごいの出た! しかも肉食っぽい! 肉食!」

「うるさい」

 よもぎさんはまっすぐ前を見据えたままで、黄金クジラの方をちらりとも見上げなかった。えー。少しは見てくれてもいいじゃないか。よかったね、イブキクン! 草食系からの脱却ね! とかなんとか。

「ケモノの次は毛の生えたサカナか」

 バローロがぼそっと呟く。魚じゃないぞ。魚じゃないぞ。めんどくさいからつっこまないぞ。

「イブキの世界の鳥ってこんな形してんだー」

 と、ぽかーんと小さな口を開けてるエルミタージュ。その発想はなかったぞ。そして鳥でもないぞ。妙にふさふさしたクジラだ。もうどうでもいいからつっこまないぞ。

「いつまでも喋ってないの!」

 よもぎさんが一喝。それと同時に闘技場の兄王側ゲートが勢いよく開き、真っ黒く大きな毛の塊が飛び出してきた。

 でかい水牛のようなヤツだ。ユニコーンのように額にねじれた一本角が突き出ていて、黒い剛毛に覆われてずんぐりむっくりとした身体付きしてるくせにやたら脚が速い。後ろに金属の装甲板で補強された馬車をひき、土煙を立てて僕達の周囲を大きく回り始めた。いや、馬車じゃない、牛車か。もうこれは水牛戦車だ。その数、4。

「チャリオットか。兄王軍も本気って訳だな」

 バローロが肩をゴキゴキと鳴らしながら回し、腰の周りに取り付けたドラムセットに手を添えた。

 水牛戦車は轟音を響かせて僕達の周囲を反時計周りに疾走していく。4機の間隔が次第に開いていき、僕達をきっちり四方から抱囲するつもりか。

「伊吹くん、指揮を。かっこいいとこ見せてみな」

 よもぎさんが水牛戦車の地面を蹴る爆音に負けないように、さらにコントラバスを大きく振るって音楽を放った。長い髪が曲の流れに沿ってしなやかに揺らめく。このままずっと見ていたいけど、まずはよもぎさんの旋律を邪魔する雑音から片付けるか。

 4機の水牛戦車をざっと眺める。これだけの音楽と轟音の洪水の中、戦車同士でお互いに声が届くとは思えない。攻撃のタイミングを仕切る隊長機がいるはずだ。たぶん、あの一本角を朱色に塗ってある水牛戦車だ。

「エルミタージュ! バローロ! あの赤い角の奴を速攻で潰す!」

「赤? 角? てことは専用機?」

 よもぎさんが何かのキーワードに反応したようだけど、アニメオタク確定だな。よもぎさんの弱みみっけ。

「気を付けて! 通常の三倍よ!」

 いやいや、ないない。

「よもぎさんはスピードを落とした奴を前から狙う! 僕は後ろから!」

 曲調は一気に膨れ上がり、僕達四人の異世界の奏者が操る現像化された音が水牛戦車に襲いかかった。

 闘技場の観客席を埋め尽くした観衆の声が沸とうする。大人数の声と足踏みで闘技場が揺れた気がした。

「バローロ! 赤い角をバラすよ!」

 エルミタージュのエバーグリーンが両腕の枝を地面に突き立てた。その枝の影に一瞬だけ子豚の顔が覗いた。バローロのASDがすでに乗っかってるのか。

「兵士や牛に怪我させるな」

 バローロがドラムをゆっくりと撫でるように叩きながら言った。エルミタージュはぷっくりとした小さな唇を舐めながらニヤッと笑う。

「さあ? 兵士の運動神経次第よ」

 そして艶やかに湿った唇に横笛をあてた。そしてよもぎさんがリピートしているメロディに、横笛の木管楽器らしい柔らかい音色を飾っていく。エバーグリーンの腕が地面にさらに深く潜り込む。次の瞬間に赤い角の水牛戦車の猛烈に回転する車輪に地面から突き出たイバラの蔓が絡み付いた。

 車軸がロックされてドリフトするように水牛戦車が傾く。それでも赤い角の毛むくじゃらの牛みたいな奴は走るのを止めなかった。車体が軋む音が闘技場に響き、蔓にロックされた車輪が地面に斜めに黒い線を引きずった。

 と、そこで子豚達の出番だ。6、7? ん、8体いるのか? 分身の術のようにものすごい勢いで現れては消えるASD達。それぞれの手に見た事もない大きな工具を持っていて、ASD同士で工具をパスしながら戦車をいじり回していく。

 エバーグリーンが車輪をロックさせてから約3秒後、まずは水牛と戦車とを繋ぐ木製の枠と手綱がきれいに分解された。次の2秒で車体の車輪がバラバラになり、がくんと着地して土煙を上げて滑る車体そのものが止まる頃には、バラバラになった車輪と戦車のパーツで大きな檻が組まれ、戦車の中の兵士達がガッチリとロックされていた。お見事。あれなら誰にも怪我させずに完全に戦力を奪うことができるな。

 よし、僕も負けてられない。ハイペリオンVer.2の出番だ。ほんと言うとギターはあんまり得意じゃないけど、やるだけやってみるさ。

 よもぎさんから借りたギターを構え直した時、目の前を何かとんでもなく長い帯のようなものが横切った。黒くてラメが入ったような生地で、よく似たものをよもぎさんのガールブラストが身に付けていたような。

「伊吹くん、フォローお願いねッ!」

 やっぱり。よもぎさんが奏でるメロディラインの抑揚が少し大袈裟になって、椅子に座った彼女の身体も大きく揺れている。

 ガールブラストは腰をひくく落として『木星』のメロディに合わせて両腕を大きく振るっていた。僕の目の前を横切って行ったのはあいつの長い長い両袖だ。十数メートルはある袖を風になびく旗のように、風に泳ぐ鯉のぼりのように、縦横無尽に振り回している。

 ガールブラストのばかみたいに長い袖はまるでドラゴンのように空中を滑空して、水牛戦車の列に牙を剥いた。

「いっけええッ!」

 袖のドラゴンが3機の水牛戦車にふわっと近付く。触れたか触れなかったかぎりぎりの一瞬だったが、ガールブラストは水牛戦車の何かを確実にチャージしたようだ。

 びたっと物理法則を無視して急停止する一角水牛。動画を一時停止したみたいに脚で地面を踏みしめたまま、前につんのめったり転んだりもしないで、一角水牛は完全に動きを止めてしまった。それも一頭じゃない3頭全部だ。

 運動エネルギーでもチャージしちゃったんだろうか。一角水牛はぴたりと動きを止めたが、兵士達が乗る戦車はその動きを止めようとはしなかった。

 車は急に止まれない。異世界でもこの絶対法則は有効のようで。動きを止めた大きくて重そうな一角水牛。そして金属板で装甲のようなものをつけてはいるものの、牛に比べたら軽そうなホロ馬車のような突っ走る戦車。想像通り、一角水牛を支点として牛と戦車とを繋ぐ木枠の長さを半径とする孤を描いてすぽーんと吹っ飛んだ。見事に3台同時に。

 うむ。第1ラウンドももはや終了だってのに、結局僕は何にもしてないぞ。

「あれは、死にそうだぞ」

 ぽつり呟くバローロ。えーと、確かに。カタパルトで撃ち出されたようなものだ。フォローお願いって、こういうことかよ。

「よもぎさんのバカーッ!」

 僕の心の叫びとともに頭上に優雅に浮かんでいたハイペリオンVer.2が尾びれをぶるんと振るった。おおよそクジラとは思えない速度で宙を泳ぎ、戦車から放り出された兵士達を大きな口でぱくぱくと飲み込んでいく。

「喰ってどうすんのよ」

 エルミタージュがつっこむ。

「問題ない。あれは僕の世界では鳥じゃなく海に住む動物で、得意技があるんだ」

 ハイペリオンVer.2は黄金の毛並みを持った背中をぐっと丸めた。さあ、思いっきり吹け。

 観客から歓声が湧き上がった。ハイペリオンVer.2の背中の鼻孔からぶわっと兵士達が潮とともに吹き出された。ハイペリオンフィールドに包まれてるからあの高さから落ちても痛くも痒くもないし、何より見た目が派手でいいでしょ。

 潮は虹を呼んで、兵士達はくるくるときりもみしながら落ちていき、ぼよんぼよんと数回跳ねてからぐったりと動かなくなった。直接的なダメージはないだりうけど、目が回って当分立てないな、あれは。

「伊吹くん、今どさくさに紛れて何か言わなかった?」

 よもぎさんがジロリと凄む。

「さあ? それより、行くぞ、みんな! 奏者の力を見せつけてやるんだ!」

 びしっ。決めたつもりだが。

「いいから。伊吹くん、こっちいらっしゃい」

「ハイ」

 だめだ。逆らえない。

 恐る恐るよもぎさんに近付くと、くいくいと人差し指一本でひざまずくことを強要される。そして言われるがままに、僕は彼女の前に正座した。

「もう、正座なんかしなくていいって」

 よもぎさんは、コントラバスを挟んでだけど、正座した僕を抱きしめてくれた。おでことおでこをくっつけて、僕以外誰にも聞こえないような小声でささやいた。

「ゴリラはね、実は他の猿とか小動物を襲って食べちゃう雑食性の動物なの。伊吹くんだってもう草食系じゃないんでしょ? もっと自分に自信を持って、私に戦っている君の姿を見せて」

 そして僕の頬に唇をそっと触れさせる。

「頑張れ、私の伊吹くん」

 何か、心の奥底から燃えてきた。

「うん。規格外のフルパワーでへこましてやるよ」


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