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第6章 輪王寺よもぎはかく語りき 1

   第6章 輪王寺よもぎはかく語りき


   1


 輪王寺よもぎ語録。

「本気なら、百の説得よりも一の実力行使」


 僕が入学したての一年の時、女子生徒のスカート丈が短過ぎると一部の親連合からクレームが入ったらしい。後からわかったことだが、その一部の親連合とやらは、学園の風紀に関することにやたら首を突っ込んでくる連中で、学園生徒達からも疎んじられていた親集団だったのだが。

 学園側としても親御さんの意見をないがしろにする訳にも行かず、女子生徒にスカート丈を詰めることを禁止した。ファッションに敏感な女子生徒達や数少ない男子生徒からもブーイングが発せられたが、所詮、学園理事側と生徒会と言うはっきりとした力の差がある以上、生徒側の意見は完全黙殺されていた。

 その時まだ2年生だったよもぎさんは、学園でも指折りの美少女達に声をかけ、綿密な計画を極秘裏に進め、学園理事側に事前報告なしで文化祭にて制服ファッションショーを開催したのだ。他校の生徒はもちろん、ローカルテレビ局からタウン情報誌まで呼び付け、盛大なファッションショーとなった。

 そして翌年、制服が可愛いからと言った理由で地元中学生の入学志望者が大量増加し、よもぎさんをリーダーとした女子生徒自治会なる集団が打ち上げた制服着こなし自由化の流れは学園理事側も無視出来ないものとなったのだ。

 その時のよもぎさんの一言だ。


「本気なら、百の説得よりも一の実力行使」


 ただし。これが単なる女子生徒のワガママだったとしたら、たとえファッションショーが大成功だったとしてもその首謀者であるよもぎさんには退学レベルの厳しい処分が下されていたかもしれない。

 よもぎさんは学園卒業者であるファッション業界に勤める専門家にきっちりと指導を受け、十数パターンの制服コーディネートを提案し、学園理事側に抵抗して風紀が乱れる一方だった女子生徒のスカート丈に秩序をもたらしたのだ。

 つまり、よもぎさんは学園理事側だけでなく一部暴走していた女子生徒群をも実力行使で制圧した訳だ。

 それが、輪王寺よもぎが女王様ランキング堂々一位たる所以であり、女子生徒並びに一部の男子生徒から狂信的支持を得ている理由だ。

 

 てな訳で、僕とよもぎさんは実力行使に出ることにした。


 僕達の前には一枚の大きな扉。僕もよもぎさんも本気だと言うことをアピールするために代理戦総会の装甲ドレスとスーツを身に纏い、それぞれコントラバスとエレキギターを構え、呼吸を整えた。

 ちらり。よもぎさんの横顔を覗く。

 ゆうべの誰も知らないよもぎさんの姿を想い出してしまう。

 朧げな月明かりに、艶やかに光る鱗粉を纏った夜の蝶々のように青白い光を帯びたよもぎさん。強がりでワガママで、でも一本のしっかりとした芯が通ったいつもの凛々しい姿とは違う、柔らかくて温かくて、普段からは想像できない甘ったるい瞳と声で僕を見つめたよもぎさん。どっちが本当のよもぎさんの姿なんだろう。

 と、僕が横顔を見つめてるのに気付いたよもぎさん。

「……何を見てる? 口元が緩んでる」

「ごめん。つい」

「……もう。後でお仕置きしてやるから、今は集中しな。相手に考える隙を与えちゃダメだからな」

「大丈夫。僕のやるべきことはわかってる」

 今、僕の隣にいるのは普段のよもぎさんだ。やると決めたらとことんやり抜くよもぎさんだ。女王様ランキング第一位のよもぎさんだ。

「うん、大丈夫。行こう」

 僕は一度深呼吸してコントラバスの弦に弓を当てた。

「よもぎさん、曲は何がいい?」

 よもぎさんはギターを構え、やや足を開いて腰溜めに踏ん張って形のいい眉毛を片方だけきゅっと上げた。

「わかりやすく『ツァラトゥストラはかく語りき』で行くよ。ファーストインパクトでぶっちぎる」

「かっこいいね」

 僕は弓を静かに押した。弓は弦の上を滑り太く重い音を震えさせた。低く静かな音が染み渡っていく。そしてよもぎさんが右手を振り上げ、スパークを弾けさせて強く硬い音をほとばしらせた。

 僕達の目の前の大きな扉が一気に弾けて開いた。

 そこは衛兵達の食堂。早朝、これから任務につく兵士達が集う場所。まだ朝も早いのに、食堂にいたたくさんの衛兵達が爆音に驚いて一斉にこっちを向いた。そこへガールブラストとハイペリオンの登場だ。

 ハイペリオンにとっては小さ過ぎる扉をにゅるっとゼリーを押し込むみたいに潜り抜け、黄金の両腕を大きく広げて一気に空気を押し退ける。ガールブラストはハイペリオンの肩に乗って長い袖を結ぶように腕組みして衛兵達を見下ろした。

 ハイペリオンによって巻き起こされた空気の津波は、眼に見えない柔らかい壁となって衛兵達とテーブルを一気に壁際まで押し付けた。

「おはよう、衛兵諸君!」

 凛としたよもぎさんの一声が食堂に響き渡る。

 ハイペリオンは空気の津波を押し固めるように広げた両手を見えない壁に押し付けた。物に触れないハイペリオンフィールドによって空気はぎゅっと密度を増して、エアクッションみたいに衛兵達とテーブルの間に入り込み、彼らを壁際にぴたっと固定させた。空気に身体をがっちりと押さえつけられた兵士達は、僅かに首を動かして僕達の方を見るのが精一杯のようで、誰一人よもぎさんの挨拶に答える奴はいなかった。

「返事がないぞ。おはよう! いい朝だぞ! 元気出せ!」

 さらに追い討ちをかけるよもぎさん。ガールブラストがコイル状の髪を黄色くスパークさせてハイペリオンから降り立った。黒タイツに包まれたすらりと長過ぎる脚にミニスカートの挑発的な立ち姿で、すごく鋭いハイヒールをコツコツと鳴らして彼らに歩み寄り、いつものようにつまんなそうに口をへの字に曲げて、だらりと長い袖を振り上げて押し固められて団子状態の兵士達に無理矢理突っ込んだ。

「でてきなさい、グラン!」

 ガールブラストの右袖がぶわっと膨らんだかと思うと、その大きな膨らみは右袖から胸を通って左袖に達し、ずるっとグラン少佐が浜に打ち上げられたイルカみたいに投げ出された。おいおい、人間までチャージアンドディスチャージできるのかよ。

「いってえな! ヨモギ! 朝から何だよ!」

 グラン少佐が石造りの床にあぐらをかいて、手に掴んでいたパンを口に放り込んだ。こんな状況でも朝食を続ける辺りは、さすがと言うべきだな。

「グラン少佐。聞きたいことがあるんだ」

 僕はよもぎさんの前に進み出てよっこらせとしゃがみ、グラン少佐と目線の高さを合わせた。

「用件は言わなくてもわかるよね?」

 口をもぐもぐやっていたグラン少佐は、僕達がここにやって来た理由を悟ったらしく少しうつむいて口の中の物を無理矢理飲み込んだ。

「ああ、さっき叩き起こされて聞いた。何の言い訳もできねえな。すま

ん。上官として情けねえ」

 ぺたんと両手をついて頭を下げるグラン少佐。うん、グラン少佐ならそう言うと思ってた。やっぱりこの人は信頼できるな。

「なんか、みんなは何のことかさっぱりって顔してるな。まだ話していない?」

 よもぎさんがぐるり食堂を見回して言った。エアクッションに押し固められている衛兵達はみんなきょとんとしてグラン少佐と僕達を見較べている。

「朝飯の後のミーティングで伝えようとしてたんだが、まあ、今でもいいか」

 グラン少佐はあぐらをかいたままくるっと姿勢を変えて固まった兵士達に向き直った。

「あえて名前は伏せさせてもらうが、ここに何人か姿が見えない奴らがいる。そいつら、どうやら兄王陛下の兵隊であると同時に、パルテスタ教導団の一員でもあったようだ。昨夜、奏者イブキとヨモギを襲撃したらしい」

 ざわっと空気がざわめく。固まったままの兵士達がかろうじて首を回してみんな顔を見合わせた。

「もちろんあっさりと返り討ちにしたけどね」

 僕は軽くうそをついてハイペリオンの鼻を撫でてやった。金色の巨大ゴリラは笑うように鼻にシワを寄せて鋭い犬歯をぎらりと見せつけた。

「もう、ボッコボコよ」

 よもぎさんが僕の嘘をさらに広げる。ガールブラストが退屈そうにハイヒールで石造りの床をカツカツと突つく。

「で、どうする? 責任は俺にある。俺もボコボコにするか?」

「そんなことしても意味はないよ。ただ僕達は一つだけ確認したいことがあったんだ」

「確認?」

 グラン少佐が首を傾げる。僕はそんなグラン少佐を真正面から見据えて尋ねた。

「グラン少佐は、僕達の味方? それとも敵?」

 固まった兵士達がざわめいた。それぞれにグラン少佐を擁護する言葉を並べ立てたが、僕はグラン少佐本人の口から聞きたいんだ。雑魚には静かにしててもらおう。

「黙れッ!」

 僕は強く叫んだ。同時にハイペリオンが牙を剥いて吠えた。

「グランに聞いているんだ! あんたらは口を塞いでいろ!」

 僕みたいに普段から大人しい人間が突然大声を張り上げるとみんなびっくりして黙り込むんだ。ハイペリオンもいるのでその効果は絶大だ。

「さあ、グラン。答えはイエスかノーのどちらかだ」

 僕は言葉を流し込むようにゆっくりとしゃべった。グラン少佐を真っ直ぐに見つめながら。

「ああ。俺はおまえらの味方だ。なにがあっても、だ」

 うん。知ってる。最初にあった時に聞いた。だけど、それをもう一度、みんなの前で言ってもらう必要があったんだ。

 つと、よもぎさんがグラン少佐の耳元に顔を寄せ、僕にもぎりぎり聞き取れるくらいの小声でささやいた。

「あなたのママに誓える?」

「な、なに?」

 グラン少佐の顔がぼっと赤くなった。怒りとか屈辱とかそんなんじゃない、純粋な照れの赤だ。ほら、よもぎさんに弱み握られるとこうなる。また犠牲者が一人増えた訳だ。

「あなたのママの名に誓って、私達の味方だと言えるかって聞いてるの」

 ご愁訴さま、グラン少佐。

「男の子でしょ。自分の態度ははっきりさせなさい。グラン」

 よもぎさんはまるで母親のようにグラン少佐を説き伏せた。

「……ママの名に誓って、おまえらの味方だ」

 グラン少佐は僕とよもぎさんに聞こえるくらいの小声で誓ってくれた。うん、これくらいにしといてやるか。

 僕は固まったままの衛兵達に告げた。

「今後、僕達に何か用がある時は、必ずグラン少佐を間に通すこと。グラン少佐の言葉なら僕達は絶対信じるけど、それ以外の人が話しかけてきても、僕達はそれを敵とみなして速攻で叩き潰す!」

 静まり返った食堂に、ガールブラストのハイヒールが石造りの床をほじくる音だけが響く。

「以上だ!」

 ぱあんと一回大きく手を打つ。ハイペリオンが空気を支えていた黄金の腕を緩めた。その途端、空間に固定されていた兵士達やテーブルがぶるっと震えて床に着地した。よし、大勢の兵士達を相手に怪我人なし。テーブルの上の食器も破損なし。カップのミルクすらこぼれていない、我ながら見事なハイペリオンコントロールだ。

「そう言うことよ。伊吹くんを怒らせたら怖いから、肝に命じておくこと」

 よもぎさんが長く艶やかな黒髪をひるがえして、背筋を伸ばした凛々しい歩き姿ですたすたと食堂を後にする。

「じゃあ、どうぞ朝食を続けて。今日も一日お仕事頑張ろー」

 僕はガールブラストの袖を引っ張って帰ろうとした。ガールブラストがニヤッと笑って僕を見下ろす。このコ、よもぎさんをさらに強力にしたような眼力持ってるもんな。睨まれたら怖いよ。

 ふと見ると、ハイヒールでほじくったのか、石造りの床にぽっかりと穴が空いていた。



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