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 もしもこの異世界に神様がいるとして、そしてその神様達の中に効果音担当の神様がいたとしたら。きっとその効果音担当神様は夜はさっさと寝てしまう早寝早起きな神様なんだろう。そんなくだらないポエマーみたいなことをつい考えたくなるほど、怖いくらいに静かだ。

 僕の隣でクッションに埋もれて息を潜めているよもぎさんのかすかな吐息の音だけが、この無音の夜に唯一許された音源みたいに僕の耳に届いている。

 実際のところ、一つのシルクのテントにクッションを集めて、それに一緒になって埋もれて、僕の耳のすぐ側によもぎさんの顔があるからなんだけど。

 気絶した黒ずくめ二人の身体をわざとらしく宴会場の扉に挟まるように放置して、僕とよもぎさんはシルクのテントに隠れて、まるで深夜の森で野生動物の観察でもするかのように待ち伏せていた。

 転がっている二人の黒ずくめは餌だ。奴らの他にもまだ仲間がいたとして黒ずくめ二人を助けようとしたら、さあ、獲物が餌に食らいついたぞ。ハイペリオンでざっくりと狩っちまえ。そんな具合だ。

 バリケードのようにクッションを積んでそこに身体を沈め、クッションの隙間から扉に挟んだ黒ずくめの様子を窺う。

 廊下の方が月明かりが強い。黒ずくめの身体を咥え込んだ扉の隙間から漏れる青白くぼんやりとした明るさは、厚い絨毯の床におぼろげにラインを敷いて、僕達まで真っ直ぐに光を届けていた。

 問題は、いつまでこうしているか、だ。

 黒ずくめに他の仲間がいなかったら、あるいは、仲間がいたとしてもこの二人を見つけられなかったら、僕達はここで朝を迎えてしまうのか。

「……伊吹くん、起きてる?」

 待ち伏せ作戦(よもぎさん命名)を開始した頃は、僕の中で何かが異様に盛り上がってしまいワクワクが止まらなかったが、10分が過ぎ、30分を越えると急速に落ち着いてきて、今では睡魔が僕の肩に手を置いている次第だ。さあ、伊吹よ。睡魔は優しく語りかける。気持ち穏やかに眼を閉じ、夜の空気を胸いっぱいに深呼吸して、羊毛布団の草原に放たれた一万頭の羊の群れに迷い込んだ一頭の山羊を探すのだ。いやいやいや、無理無理無理。

「……かろうじて」

「あのさ、一つだけ確認しておきたいことがある」

 聞き取れるぎりぎりの細い声でよもぎさんは自分自身に言い聞かせるように言った。

「さっきの話さ、私を人質にするってこと、なんだよね?」

「たぶんね。僕が相当のひねくれ者だと奴らも気付いたんでしょ。まともに話も聞いてくれない。じゃあよもぎさんを人質にとって僕に言うことを聞かせようって」

「……もし」

 よもぎさんはクッションの中で身体の向きを変えて、僕に身体を預けるように寄りかかってきた。

「私が奴らに捕まって、人質にされたとしたら、伊吹くんはどうする?」

「うーん……」

 答え難い質問だった。よもぎさんを安心させる期待通りの模範回答はすぐに頭に浮かんだ。でも、それはあくまで模範回答であって、僕にとっての正解ではない。

「その時の状況によるけど、よもぎさんの安全を最優先に考える、かな」

 僕にもたれかかっているよもぎさんの身体が少し重さを増した。さらに僕に体重をかけてきたのか。

「もちろん、今夜みたいなことがあった以上、そうならないようお互い気を付けるってのが重要だけどね」

「うん……。楽器取り上げられたら、私なんて何にも出来ないからなー」

「それが奏者の弱点であり、モウゼンの奥の手でもあるし」

「奥の手?」

「鳴かぬならコロシテしまえホトトギス。言うことを聞かないなら他の奏者を召喚すればいい。奏者なんて危うい存在だよ」

 よもぎさんは自分の両手を見つめながら消え去りそうな声でつぶやいた。

「楽しく異世界の音楽に身を任せよー。踊りたきゃ踊れー。歌いたきゃ歌えー。そんなイベントなら喜んでダイブするのに。音楽を戦争に利用するだなんて、私の両手にはあまりに大き過ぎるよ」

「よもぎさんは頑張ったよ。代理戦総会って奴を戦争からライブに変えちゃったじゃないか。エルミタージュも助けたことになるし、異世界の奏者が奏でる音楽に対するこの国の気持ちを変えたと思うよ」

 僕はよもぎさんの小さくて細長い手を握り締めた。よもぎさんもきゅっと握り返してくれる。

「まずいなー。伊吹くんを召喚してもらってから、私は君に頼りっぱなしだ」

「よもぎさんやエルミタージュやバローロと違って、僕は力をセーブされて召喚されたんじゃない。勝手に来ちゃった規格外なんだ。頼ってくれてもいいよ」

「……そんなこと言われると、甘えたくなっちゃうよ」

 クッションに埋めた顔をクロールの息継ぎみたいにちらっとこっちに向けるよもぎさん。そういえば、学園で弦楽部部長として数々の伝説を残してきた姿と、今の彼女の姿はずいぶんと違うな。触ったら金属的な手触りがしそうだったほっぺたも、低反発マットみたいに柔らかそうだ。って、それじゃまだ硬いな。

 よもぎさんが変わったんだろうか。僕の彼女に対する観方が変わったんだろうか。

「ね、よもぎさん。さっきのやっぱりなし」

 僕の本音を伝えておこう。そう思った。

「なしって?」

「よもぎさんが人質になったらて話。もしも、よもぎさんが人質に取られたら、僕は何をするか解らない。よもぎさんの命と引き換えにだなんて、そんなことする奴らを許せるとは思えない」

「……うん。その時は何もかもぶっ壊して。君のこの手で」

 よもぎさんが僕の指に彼女の細い指を絡ませて強く握り締めた。

 真っ暗な空間を青白い月明かりがばっさりと切り裂いて、クッションに埋もれた僕達をほんのりと照らしている。何の物音もしない。僕とよもぎさんを除いて、世界中のみんなが深い眠りの奥底に落ちていったんじゃないかって思うくらい静かな夜。

 かすかな月明かりのおかげで、目の前のよもぎさんの顔がかろうじて見てとれた。よもぎさんは僕を見つめている。僕もよもぎさんを見つめている。

 そっと顔を近付けて、まぶたを閉じ、僕はよもぎさんにキスをした。

 

 

 

 いや、嘘です。ごめんなさい。どうせ草食系です。ごめんなさい。

 

 

 

 よもぎさんは僕に顔を近付け、ゆっくりとまぶたを閉じて、そして僕は目を閉じるのも忘れて、よもぎさんに温かいキスをされた。

 唇を重ね合わせながら、ひょっとしたら僕は一生この人に主導権を握られっぱなしかもしれないな、と思った。

 まあ、それもいいか。


 僕達は、とても静かな夜に、クッションの海に一緒にとろけていった。



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