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(こんなもんかな?)

(そっち多くない? 私のもっと注いで)

(少しずつでいいよ)

(ケチケチしない)

(量に限りがあるんだから少しずつだ)

(まだまだボトルたくさんあるよ)

(そういう問題じゃなくてさ)

(ちょっと味見)

(こら、飲酒女子高生)

(うん、なかなか。伊吹くんも飲め)

(いらない)

(あらー? 怖いのかしら)

(別に怖い訳ないだろ。酔っ払いが嫌いなだけだ)

(坊やだからさ)

(いやいや、意味わかんない)

(お子様にはわかんないわよ)

(てか、よもぎさんて、けっこうオタク的発言するよね)

(う……!)

(……図星?)

(べ、別にそんなことないわよっ)


「ヨー! ヨー、そこのあんた!」

 じわりじわりと狭められる黒ずくめ男の包囲網。そろそろ限界点突破かって頃合に、僕は隠れていた流し台の下から飛び出した。突然の奏者の登場にびびったか、黒ずくめはびくっと身体を震わせて数歩後ずさった。少しの間、睨み合う。

「安心しな。ご覧の通り、手ぶらだ。武器はないよ」

 僕はワインで満たされたグラスを調理台に置いて、両手を黒ずくめに向けてひらひらさせてやった。

「正直に言うことないだろ」

 よもぎさんもゆるゆると立ち上がり、両手のワイングラスを置く。

「いい加減隠れてるのも飽きたんで、こっちから出てきてやったよ」

 足下から飲みかけのワイングラスを取り上げ、黒ずくめに向けて差し出してみる。

「あんたも飲む?」

 黒ずくめは答えない。慎重に僕と距離を置いて姿勢を低くしてナイフを構えたままだ。

「だめー。あげない」

 ワイングラスを調理台に置く。

 そして再び黒ずくめと睨み合い。全身黒装束で顔にもマスクをしているが、目だけはしっかり見据えることができる。それで十分だ。黒ずくめは相当警戒しているのか、低い姿勢を解こうとしない。そりゃそうか。こっちは期待の大型新人奏者、絶対無敵のハイペリオンの使い手だ。たとえ楽器を持ってなくたって警戒し過ぎるってことはない。

 でもここまで戦闘態勢でいられると話もできないな。

「なあ、ちょっと話があるんだ。そんなにビビるなよ。会話ぐらいいいだろう?」

 その返事は別の角度から返ってきた。

「話とは?」

 晩餐会の広間への扉が開き、もう一人の黒ずくめが現れた。よし、もう一人も出てきてくれた。

「話の通じる相手で良かったね、伊吹くん」

 よもぎさんが新たに取り出したワイングラスをくーっと傾ける。

「飲み過ぎだってば」

「へーき」

 ワイングラスを調理台にどんっと置いて、ボトルのコルクを引き抜いて注ぎ足す。とくとく。もう少しかな、とくっ。

「どっちがリーダー?あんたか?」

 晩餐会の方から出てきた黒ずくめを指差す。しかし特にリアクションはなし。返事もしなければ頷きもしない。

「まあいいや。話は簡単だ。あんたらの目的を知りたい。場合によっては、その目的達成に協力してやらなくもないこともなくね?」

「どっち?」

 と、よもぎさんがつっこむ。先にいた黒ずくめAが首を傾げて後から来た黒ずくめBの方を見る。どうやら黒ずくめBが決定権を持ってるのか。

 黒ずくめBは僕を睨み付けて小さく答えた。よし、会話成立。あとは時間稼ぎだ。

「我々の目的は奏者の確保だ。一緒に来てもらおうか」

「もし、いいよって言ったら?」

「その時は……、えっ?」

 黒ずくめBはナイフをギラリと見せつけた後、あれ? と首をひねった。

「いいのかよっ」

 ワイングラスを並べ変えつつよもぎさんが小気味良いつっこみをかます。ひょっとしてもう酔っ払ってる?まだ一杯分も飲んでいないぞ。

「その時は、一緒に、来てもらう」

 少し間を置いて黒ずくめBはしどろもどろにさっきの台詞を繰り返した。

「おんなじじゃんっ」

 よもぎさんがさらにつっこむ。またワインをほんの少し口に含み、赤く濡れた唇を白い人差し指の腹で拭う。その指をワイングラスの淵に持っていってつうっとなぞった。

「もう少しひねって返せよ。いいよ、行く。で、どこに行くの?」

「えっ?」

 黒ずくめAが間抜けな声を上げた。

「モウゼンってヤな奴がいてさ、そいつに命令されるのも癪だからどっか行っちゃおうかって考えてたとこなんだよ。どこに行くんだ?そこで何をしたらいい?」

「奏者イブキはここに残るんだ。我々はヨモギに用があるのでな」

 ぴくっ。よもぎさんのワイングラスをいじる指が止まった。

「私に何の用だ?」

「イブキが仕事を手伝ってくれている間、我々のゲストとして大人しくしていればいい」

 その言葉を聞いて、僕はうなじの毛がチリチリと逆立つような怒りを感じた。手のひらが火を放ったように熱くなり、自然と握りこぶしを作ってしまう。

「それって、人質ってことか?」

 僕の問いかけに黒ずくめAが答えた。

「好きに解釈しな。楽器を持っていない奏者なんてただのガキと同じだ。どのみちお前に選択肢はないんだ」

 よもぎさんに視線をやると、彼女も僕を見つめていた。交渉決裂。もっとも、はじめから交渉するつもりなんてなかったけど。時間が稼げればよかったんだ。ワイングラスを調整する時間が。

 僕は人差し指と中指をワインに浸した。そして黒ずくめ達を射抜くように強く睨み付ける。

「よもぎさんと離れ離れになるつもりはない。話は終わりだな」

 ワイングラスの淵に濡れた指を置き、ゆっくりと滑らせてグラスを震えさせた。ワインの液面に小さなさざ波が立ち、澄み切った音が夜の空気に染み込んでいった。さらに隣に並べたグラスに指を走らせる。続けてよもぎさんも僕と同じようにワイングラスを震わせて澄んだ音を放った。

 てーてーてーでーてー。

 五つ並べたワイングラスが一つのメロディを奏でた。映画『未知との遭遇』のあのメロディだ。妹にしたいランキング第一位の宮島ちゃんと、アイドルデビューさせたいランキング第一位の高山をからかったのがずいぶん前のことに思えてしまうな。

 突然の楽器の登場に黒ずくめ達は慌てたが、時すでに遅し。ガールブラスト・ハイペリオンの参上だ。

 さざ波が立つワイングラスから子供のような小さな影が飛び出した。コイル状に結んだ髪がワインのように赤く輝いたガールブラストだ。しかし、何故か三頭身くらいにデフォルメされてるけど。

 相変わらず長い袖を床に引きずりながら黒ずくめ達に向かって行くデフォルメガールブラスト。黒ずくめA、Bはナイフを構え直したが、デフォルメガールブラストの方が速かった。

 ディスチャージの左袖を振るう。左袖はムチのようにしなり、ぶわりと急激に膨らみ、袖口からこちらもデフォルメされたハイペリオンの上半身を打ち出した。

 長い袖から搾り出されたようにサイズは小さくなっているが、その能力は変わらなかった。デフォルメハイペリオンは黄金の毛並みの腕を大きく薙ぎ払い、黒ずくめA、Bとともに調理台やら流し台やらを根こそぎ弾き飛ばした。そこへデフォルメガールブラストが右袖を突き出す。撒き散らされた器具や食器が散乱する音がぐんぐん吸収されて、無音のまま部屋の片隅に積み上がって行く。

「まだまだぬるいぞ」

 僕はワイングラスの即席楽器でハイペリオンをさらに突っ込ませた。お子様みたいなデフォルメガールブラストが両足を踏ん張って両手を振り上げる。右袖で周囲の音を吸収して、左袖からどーんっと飛び出ているデフォルメハイペリオンの身体が捻りを加えてさらに伸びた。

「どこに紛れたかな?」

 デフォルメハイペリオンが両腕を調理台の山に突っ込んだ。反発し合う磁石みたいにハイペリオンの腕を避けて動く流し台の隙間に、黒ずくめ二人の姿を見つける。いたいた。まだ意識はあるみたいだな。

 デフォルメハイペリオンが黒ずくめ二人を左右の手でわしっと鷲掴み。実際ハイペリオンは物体に触れないんだけど、ぎゅっと握った手のひらの空気圧で黒ずくめを固定しているようで、二人の身体は空中に浮いたままハイペリオンに鷲掴みされていた。

「はい、おしまい」

 デフォルメハイペリオンの両腕をがつんとぶつけ合わせる。黒ずくめ達は為す術もなく頭をぶつけ合い、もつれあって冷たく硬い床に落っこちた。ガールブラストの右腕で無音状態にしているからいまいち迫力には欠けるけど、これで完全勝利だ。がっつりへこましてやった。

「さすがよもぎさん。ワイングラスの調律もおてのものだね」

「絶対音感あるのかな、やっぱ」

 さて、真夜中の襲撃イベント終了だ。最初はちょっと焦ったけど、勇者イブキの活躍で無事クリアだ。

 と、よもぎさんが倒れている黒ずくめの側にしゃがみ込み、黒いマスクをむしり取った。そして確信に満ちた顔を僕に向ける。

「やっぱり。聞いたことある声だと思ったんだ」

 もう黒ずくめAだかBだかわかんないが、その顔は僕にも見覚えがあった。

 よもぎさんと街に繰り出した時、僕達の警護役としてお供してくれたグラン少佐の若い部下の一人だ。

「じゃあこっちは?」

 僕はもう一人の黒ずくめのマスクを剥ぎ取った。ここにも見覚えがある顔が現れた。この顔は、確か、パルテスタ教導団のフェルドラと一緒にいた鼻がでかい奴、通称鼻デカだ。

「パルテスタの奴だ」

 よもぎさんは僕の側にきて鼻デカを覗き込んだ。

「どう言うこと?警備軍と教導団って繋がっているの?」

「わかんない。グラン少佐の部下がたまたまパルテスタのスパイだったのかも。どっちにしろ、ちょっとヤバイな。早く塔に帰ろう」

 歩きかけた僕のローブをよもぎさんが掴んで引っ張った。ちょっと前がはだけてしまう。いやん。

「待って。まだ他にもいるかも」

「他にも?」

「それに、少し休みたい。さすがに、ちょっと怖かった」

 よもぎさんはそう言うと、僕にもたれかかるようにペタンと座り込んでしまった。だから、ローブがめくれてしまうって。いやん。



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