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 そういえば。

 去年の夏休み、校舎に泊まり込みの吹奏楽部との合同合宿の時。夏休み合宿と言えば恒例の深夜の校舎探索肝試しで、圧倒的数的優位に立つ女子部員達による肝試しペア争奪戦が行われたのだ。吹奏楽部少数男子部員達と弦楽部唯一男子部員の僕は、ハーレムと言うのはこの世に実在するのか、とギャルゲーの中でしか味わえないような甘ったるい一夏の経験をさせていただいた訳だが。

 そういえば、よもぎさんは男子部員争奪戦に参加していなかったな。オトコよりも音楽に熱中してる硬派な女子高生、と当時の僕は考えていたのだが、よくよく考えてみると肝試しそのものにも参加していなかったような気もする。

 つまり、こう言うことじゃないだろうか。彼女は、高い所だけでなく、怖いのも苦手なのだ。


 僕とよもぎさんのスイートホーム、通称囚われの塔は小さな居住スペースなので、明かり取りの窓からの月明かりと燭台のロウソクだけでも本が読めるくらいの明るさは確保できる。でも石造りの宮殿はその大きさから強度を高めるために石組みも厚く組まれているようで、太い柱や壁が入り組んで部屋数も多い。なので宮殿外周は二つの月明かりで十分に明るいが、奥に進むにつれて次第に夜の濃度が増すみたいに息苦しいまでに真っ暗になっていく。よもぎさんを追いかける時に引っつかんだロウソクのランタンだけじゃ追っ付かないほどの暗闇だ。


「さすがに真っ暗だね」

 プリプリと頬っぺたを膨らませて小走りに部屋を出て行ったよもぎさんだが、意外とすぐに追い付くことができた。彼女は厨房に向かう廊下の手前、一際暗闇が濃い通路の前で壁に寄り添ってじっとしていたのだ。暗闇を恐れず突入するか、それとも部屋に逃げ帰ろうか迷っている様子の彼女を驚かさないように、ちょっと遠めから優しく声を投げかけてやる。まるでノラ猫を餌付けするみたいに。

「灯り持ってきたよ」

 横に並ぶと、僕の横顔を盗み見るようにちらっとだけ振り返り、またぷいとそっぽを向いてしまう。

「ここまで真っ暗だとちょっと怖いなー。さっさと行って取ってこようよ」

「……て」

 よもぎさんが何か言った。でも小声過ぎてよく聞き取れない。て? てって?

「て」

「……て?」

「て!」

「テテ?」

「お手っ!」

 さっと条件反射的に手を差し出してしまった僕。犬か、僕は。

 よもぎさんは僕の手をじっと見つめた後、いつでも逃げ出せるくらいゆっくりと手を伸ばし、小指だけをきゅっと握り締めた。ほんと、これじゃノラ猫の餌付けだよ。

「灯り。前歩いて」

 俯いたまま、小さな声。

「ハイハイ」

 僕は右手でランタンをかざして、左手の小指によもぎさんをぶら下げるようにして、厨房にワインを盗みに歩き出した。


 しばらくは無言の二人。ペタッペタッと僕のつっかけたサンダルとズルッズルッとよもぎさんが引きずるサンダルの音しかしない。

 宮殿は基本的には兄王陛下の住居兼仕事場だ。大臣や議員達の仕事場である立法院や行政院は宮殿のすぐ側にある。宮殿は独立した機関として成り立っていて、従って、夜にもなると極端に人の動きが少なくなる建物だった。住み込みの使用人達も休む時間帯になると、宮殿外の兵舎から見回りの兵士の影ぐらいしか動くものもなくなる。

 だから、こんな暗闇の中を、ペタッペタッとズルッズルッと歩いているのは僕とよもぎさんくらいなはずだ。


「真っ暗で怖いよなー」

 ペタッペタッ。

「……」

 ズルッズルッ。

「よもぎさんって、いつもお酒盗んでるの?」

「……お酒飲んだのは、こないだが初めて。……あれっきり」

 ペタッペタッ。ズルッ。

「……?」

「……ごめん、なさい」

 ペタッ。

「何が?」

「ごめんなさい。私が悪かった」

「悪くなんかないよ。どっちかって言うと、僕の方が悪い」

「ううん、伊吹くんは悪くない。私の暴走だ。あれじゃ誰だって引いちゃう」

 ズルッズルッズルッ。

「うん、まあ。びっくりした」

 ペタッ。

「……こう言うの初めてだから、どうしたらいいのかわかんなくって。ごめん、全部忘れて」

 ズルッズルッ。タッ。

「……やだ」

 ペタッペタッ。

「やだって?」

 ズルッ。タタッ。

「よもぎさん、すごくきれいだったから。忘れるなんて嫌だ。ずっと覚えていたい」

 ペタッ。スッ。

「……ほんと?」

「でもああ言うのはちょっと、どう対応したらいいかわかんないから。ほら、僕も初めてだし」

「確かに。手馴れた感じで押し倒されてもちょっとイヤだな」

 ススッ。

「そんなもんなの?」

「いや、知らない」

「よもぎさんはよもぎさんらしく。僕は僕らしく。それで行こう。勇気が出たら、不器用ながら押し倒すからさ」

 スタッ。

「……うん」

 サッ。

「……?」

「……?」

「さっきから、何か、聞こえない?」

「……人の気配がする、気がする」

 僕とよもぎさんは、せーのっで振り返った。ランタンの明かりはか細くて頼りない。揺れるロウソクの炎がオレンジ色に照らす僅かな範囲を境に、徐々に暗闇の勢力圏内に沈み込んでいく訳だが、その闇の中に、ギラリ、炎の光を反射させるものが見えた。

 そのギラリは、もはや隠れる必要はないと判断したのか、堂々とオレンジ色が頼りなく揺れるエリアに侵入してきた。

 衣擦れの音がしないようにか、身体に巻き付けたようにぴったりとした黒装束の男だ。その手には、ランタンの灯りをギラギラと反射させた短いナイフが握られている。やや俯き加減で、闇の中で鋭い目付きを光らせて僕とよもぎさんを見つめていた。その冷たい目付きは、どう考えたって友達になろうってノラ猫の目じゃない。獲物を狙う目だ。

 そこで僕は気付いた。楽器なしで、どうやってハイペリオンを呼び出せいいのか。僕もよもぎさんも手ぶらだ。よもぎさんにいたっては、ローブの下は何も身につけていない。こんな無防備な状態で、こんな暗闇の中で、いったいどうしろと。



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