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音楽って何だ。
そりゃあ人によってその答えは変わってくるだろう。
毎日の生活に活力と潤いを与えてくれる不可欠なもの。
たくさんある趣味のうちの一つ。
ノーミュージック、ノーライフ。
邦楽なんて聴く価値もねえ。
洋楽なんて歌詞の意味わかんねえ。
気持ちを鎮めてくれる心に効くクスリ。
辛い時に慰めてくれる大事な友達。
気分転換にいい。
気分を高揚させてパワーと勇気をもらえる。
空気や水みたいなもの。
うるさいだけ。
僕にとっての音楽は表現方法の一つだ。言葉で表現する。身体で表現する。それと同じライン上に音楽がある。僕にとって楽器を演奏することは、詩人が詩を詠むこと、ダンサーが舞台で踊ることに等しい。
とは言っても、もちろんまだまだ未熟な僕だ。偉大な作曲家が作り出した楽曲の内にある奥深く鮮やかなイメージを伝えきることなんて到底できっこない。それでも、わずかでも伝えることができたら。
一面に広がる菜の花畑に風が巻いて黄色い花びらが蝶々のように舞う優雅さを。果てしない暗黒の宇宙空間に存在する途方もなく巨大な惑星の雄大さを。それらを僕なりに表現するために音楽をやっているんだ。
エルミタージュはどうだろう?
濃い緑色した呼吸する髪を持つやたら身体が細い異世界の女の子は。最初会った時はつっけんどんな態度で冷たい感じがしたが、話してみれば、なんてことはない同年代の女の子だ。
エルミタージュは細長い横笛を使う。木管なのか金管なのかわからないが多層構造の笛を六本の指で器用にシフトさせながら広範囲の音域をカバーしている。しかも髪の毛で呼吸して口から息を吐き続けられるようで、人間にはとても真似できないメロディラインを披露してくれる。
強気で、意地っ張りで、でもか弱くて。細い身体で一生懸命になって演奏して、巻き込まれたこの代理戦争を戦っている。どこかよもぎ先輩に似た女の子だ。
エルミタージュの音楽を現像化したバラのような姿のエバーグリーンを操りながら、彼女は何を思って戦っているんだろう。何のために戦っているんだろう。
決まってる。生き残るためだ。よもぎ先輩とエルミタージュの二人が初めて出会った時は、どちらかが死ななければならない運命にあった。お互い何もわからないまま戦わされて、傷付け合い、どちらか一方が命を失うまで代理戦争は続く。
でも、よもぎ先輩とエルミタージュはそれを乗り越えた。悲しい結末が待つ運命を力を合わせてねじ伏せた。この極限の戦いの中で、周りの誰にも気付かれずに意思を通い合わせ、二人とも生き残る道を見つけた。細い手足を汗まみれ砂まみれにして、か弱い女の子達は懸命に生き抜いている。
バローロはどうだ。
彼は荒々しい外見とは裏腹にとてつもなく優しい男だと思う。逞しい筋肉を相手を傷付けるためではなく、ドラムを叩くために使っている。
バローロが追加で召喚された時、よもぎ先輩は一人きりで戦っていたはず。バローロの体格ならよもぎ先輩だけでなくエルミタージュもまとめて片手一本で組み伏せ、腕力に物を言わせて強引に言うことを聞かせることだって容易なことだ。
それでもバローロはよもぎ先輩とエルミタージュの意図を必要以上に汲み取り、率先して協力している。よもぎ先輩、エルミタージュを守るために。
そこにあるのは恋愛感情とは違う、異世界の人間だろうと通じ合う愛の形か。博愛と言うべきか、友愛と言うべきか、その愛は彼の優しさがあってこそ成り立つものだ。
バローロこそが、誇り高き真の草食系男子だ。僕のような偽物じゃない。いや、これって褒め言葉だろうか。
よもぎ先輩。遥か遠い異世界に召喚されても、ワガママとも言える強力なリーダーシップを発揮し、決して負けることなく、常に自分らしくあれと胸を張っている強い人だ。
あの夜、僕にだけ見せた弱い姿があるから、今の彼女がとても強がっているように見えてしまう。僕の役目は、よもぎ先輩の弱い部分を包み込んでやることだ。そうすれば、よもぎ先輩は安心して弱さを曝け出すことができる。そしてその分だけ強がることができる。
学園生活では見せたこともない彼女のさまざまな顔。僕はそんな彼女を護りたいと心から思った。僕は、よもぎ先輩のことが、す「コラッ! 伊吹くんボケっとしてんなっ!」なんだと、気が付いてしまった。
ん? よもぎ先輩、何か言った?
「伊吹くんっ! 何をブツブツやってんだっ!」
よもぎ先輩が戦闘ドレスの裾を翻して、スリットから太ももをちらっと覗かせて僕に蹴りを入れた。見事に僕の太ももを打つきれいなローキック。思わずがくっと沈み込む。
「いや、心の中でつぶやいてたけど……」
「ブツブツ聞こえてたわっ! ほら、ガード!」
よもぎ先輩のガールブラストに人の大きさほどもある木の棒が飛んで来た。ガールブラストが何でもチャージする右袖で払おうとしたが、飛んでいる木の棒の影からするりと子豚が現れた。バローロのアバウトセブンドワーフズ、ASDだ。ASDは手に持っていたのこぎり状の道具で一瞬だけ木の棒に触れたかと思うと、すぐさま棒から飛び退いて逃げて行った。ガールブラストの右袖が棒に触れた途端、棒は細かい木片と繊維の塊となってガールブラストの頭上にばらまかれ、繊維と繋がった木片がガールブラストが周囲に木製の檻を作り上げた。
「捕まえたよ!」
楽しそうなエルミタージュの声が飛び跳ねる。それと同時に地面から木の根がめきめきと生えてきてガールブラストを捕らえた檻を補強した。
「その檻は簡単には壊せないぞ!」
バローロの言う通り、檻に絡み付いた木の根がぐんぐん太くなり、新たな芽が出てさらに絡み付き、よもぎ先輩の脚くらいまで太い木の檻に成長した。
「ほら! 伊吹くんのせいだからね!」
よもぎ先輩が僕の胸ぐらを掴んでグラグラ揺する。そうやってる間にも檻の木はよもぎ先輩のウエストくらいまで太くなった。もうすぐ檻の隙間も埋まってしまいそうだ。
「どうする? ヨモギ」
エルミタージュが笛を奏でる手を休めてバローロの肩に寄りかかった。
「ヨモギのガールブラストは攻撃をチャージしてしまうが、閉じ込めればチャージしようがないだろうな」
と、自信たっぷりのバローロ。
「でもさ」
僕はそんな彼らに言ってやった。
「ハイペリオンでこんなの軽く吹っ飛ばせるけど?」
「かもね」
エルミタージュが可愛く笑う。緑色の髪が笑い声に合わせてわさわさ揺れた。
「でもヨモギのプライドはぶっ壊せたんじゃない? ガールブラストはもう敵じゃないわ」
その通り、かも。ガールブラストそのものはそんなに打撃力を持ってない。打撃をチャージしようにも完全に密閉されてしまってはエネルギー源がない。ガールブラストだけでこの檻を破ることはできそうにないな。ガールブラストにダメージはないが、よもぎ先輩のプライドには大きなダメージだ。
「勝っちゃだめだろ。引き分けにしないと」
僕は闘技場の歓声に紛れて小声で言った。
「イブキのハイペリオンで助けてあげなよ。ま、あたしがヨモギに勝ったって事実までは吹き飛ばせないけどね」
うん。実際にこの二人は強くなった。二人の音楽に相手の音を尊重する響きが生まれ、音楽に調和がもたらされて耳に心地良く流れてくる。
エルミタージュの笛の音がメロディを刻めば、バローロのドラムはさりげなくメロディに深みを与えるビートを奏でる。バローロの力強いリズムはエルミタージュの空気を切り裂くような高い音に連れられてさらに高みに昇る。すごく練習したんだな。お互いが音を思い合ういい音楽になったよ、ほんと。僕のアドバイスを素直に聞き入れてくれたんだな。敵ながらあっぱれ。
と、胸に温かみを感じた。見れば、僕の胸ぐらを掴んでいたよもぎ先輩が僕の胸にもたれ掛かるように俯いていた。
「よもぎ先輩、どうしたの? 何かダメージでも受けた?」
「ううん」
小さく溜息をついて、よもぎ先輩は頭を振って僕から離れた。
「ぶっちゃけ、あんま身体の調子良くなかったんだ」
言われてみれば、かすかな変化だけど、目の下にくまがうっすらと浮かび、顔色も透明感がなくってどこか青白く見えるような。
「ちょっとだるいなー。疲れてるのかな?」
「ごめん、気付かなかった。ハイペリオンですぐに終わらせるよ」
「ううん、へーき。エルミーにやられっぱなしってのも癪にさわるから、一発やり返す」
よもぎ先輩はギターを構え直し、右腕を一度大きく振り回して弦に添えてエルミタージュに言い放った。
「私の戦闘力は53万よ」
いやいや、エルミタージュ達には意味わかんないって。さらによもぎ先輩は続ける。
「私はあと2回、変身を残してるの。見せたげる。ガールブラスト第二形態」
よもぎ先輩のギターが甲高い唸りを上げた。右手で弦を摘むように音を弾き出す。あれはライトハンド奏法だ。指の腹で弦を叩いたり押さえ込んだりする、いわゆる速弾きの一つ。よもぎ先輩のギターサウンドが変わった。これが第二形態って訳か。
ガールブラストが閉じ込められた木の根の檻から青白い光が漏れ出した。中で何かが高速回転しているような、隙間からこぼれる青白い光は左右に走り、やがて木の根の檻が振動を始める。
よもぎ先輩の右腕の動きは止まらない。さすがに本職のギタリストに比べちゃうと荒っぽくてまだまだスピードも安定しないライトハンド奏法だが、その荒削りな分だけガールブラストも派手に暴れているっぽい。
「行くよ、エルミー!」
木の檻が木っ端微塵に弾け飛んだ。その土煙を吹き飛ばして、コイルのような髪から青い光を放ったガールブラストが飛び出してくる。そして、一瞬遅れてもう一体のガールブラストが青い光の軌跡を追いかけて走り出した。
「ガールブラストが二体?」
バローロが素早く反応してドラムを連打。ASD達はエバーグリーンの前に立ち、それぞれに盾のようなものを構えてびっしりと並んだ。
「何が第二形態よ。ただ二体に増えただけじゃないの!」
エバーグリーンがASDの盾の隙間から蕾のなった枝を伸ばす。蕾は口をすぼめるように花びらを丸め、ぴったりとガールブラストに狙いを定めた。
二体のガールブラストはお互いの間に青いスパークを散らせて動きをシンクロさせて突進していく。
シンクロ? 違う。トレースだ。ガールブラストは二体いるんじゃない。あれは残像だ。ガールブラストがあまりに速過ぎて青白い残像が見えているんだ。
エバーグリーンが種子の弾丸を撃ち込んだ。ASDの盾に守られながら何発もガールブラストに連射する。
よもぎ先輩のサウンドが一層速くなった。ガールブラストは右袖で種子弾を一つ残らずチャージする。あまりの速さで右腕が何本も増えたように見えてしまう。
「無茶するなー」
今日の僕は何にもすることないな、こりゃ。よもぎ先輩飛ばし過ぎだよ。
と、どうやらここからがガールブラスト第二形態の真骨頂のようだ。残像なはずなのに、前のガールブラストと後ろのガールブラストに変化が出てきた。残像同士でエネルギーの受け渡しをしているのか。
先のガールブラストが右袖で種子弾の運動エネルギーをチャージすると、後に続く青白いシルエットの空間にエネルギーが置き去りにされ、後ろから来た残像のガールブラストがそれを左腕にストックしていく。
さっきの木の檻をぶち壊したのも、本体が檻に打撃を与えて残像がそれをエネルギーとして回収して溜め撃ちした訳か。ガールブラスト本体の力の弱さをカバーした完全な攻撃スタイルだ。
ガールブラストが残像を引き連れて高く跳んだ。大きく振りかぶって、ASD達の盾の壁に種子弾のエネルギーで膨らんだ左袖を振り下ろす!
が。しかし。
エネルギーは爆発しなかった。ガールブラストの残像は掻き消え、相変わらずつまんなそうに口をへの字曲げてエルミタージュ達に背中を向けた。
「何が、どうしたの?」
エルミタージュがよもぎ先輩の方を見やる。つられて僕も振り返る。いつの間にか、よもぎ先輩のギターは止んでいた。
よもぎ先輩はギターを肩からぶら下げるようにして腕を止めて棒立ちになっていた。俯いて長い髪が顔にかかっているから顔色を窺うことはできない。さっき体調良くないみたいなこと言ってたけど、大丈夫か?
「よもぎ先輩?」
僕はよもぎ先輩の側に駆け寄った。すると今までつっかえ棒のようにぴんっと身体を支えていた膝が折れ、彼女は崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込んでしまった。
「よもぎ先輩!」
地面に突っ伏してしまうところをギリギリ抱きとめる。よもぎ先輩は全身の力が抜けたようにくたっと柔らかく僕の腕の中に沈み、僕に全体重をかけてのしかかってきた。
「よもぎ先輩、ねえ、よもぎ先輩!」
僕にもたれかかった後頭部に声を投げかけても返事がない。くるり、彼女を裏返してみる。
「……だ、め。目眩、止まんない」
か細い声が聞こえた。意識はあるようだな。うっすらと目を開けて僕を上目遣いに見るよもぎ先輩の額に手のひらを置いてみる。うん、熱はないか。むしろ体温が低くなってないかな?
「大丈夫そう? どこか痛む?」
よもぎ先輩は弱々しく首を振る。
「急に、疲れちゃった。ごめん。今日はもう無理っぽい」
真っ白い顔で無理に笑うよもぎ先輩。鼻の頭にしわを寄せて猫がくしゃみしたみたいな顔になる。
「エルミタージュ! 悪いけど、今日はもうおしまいでいいか?」
「あたしは別に構わないけど。ヨモギ、大丈夫?」
「眠れば、回復するよ。たぶん。エルミー、ごめんね」
僕がよもぎ先輩を抱いて退場するまで、闘技場のどよめきは消えることはなかった。