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第5章 私の両手にはあまりに大き過ぎるから 1

   第5章 私の両手にはあまりに大き過ぎるから


   1


 あれから八日経ち、代理戦総会第二戦目。よもぎ先輩にとっては9

戦目。

 相変わらずよもぎ先輩と同じベッドで、僕はなるべく占有スペースを小さくしようとベッドの端で身を丸めて、間違っても寝返り打ったりしたせいでよもぎ先輩に触れてしまわないように意識を集中して寝ているので多少寝不足だけど、エルミタージュとバローロのペアはあれからちゃんと練習してきたかな。

 二人の音楽がどんなものになってるか楽しみだ。戦闘前にじっくり音合わせできたら、もっと異世界の音楽に触れることができるのにな。

 なんてフワフワした気持ちをこれっぽっちも顔には出さず、ピリピリとした緊張感溢れる真剣な表情を作って着替え。


 代理戦総会前、更衣室として用意された一室には僕とグラン少佐と、何故こいつがいるのか、執政代行官モウゼン。

 先のパルテスタ教導団戦で、奴らの心をへし折るために、教会そのものをハイペリオンの能力で街の隅っこまで押し退けたのだが。さすがに街の形を変えちゃって怒られるかなと思ってたけど、意外に街の人々に大好評だったから、と言う訳で、内政大臣の了承を得て、街の衛兵団や商店街自治会の協力の元、ハイペリオンで大々的な区画整理を行ってごちゃごちゃとした街はすっかりきれいになったのだ。宮殿からメインストリートが南北にずどんと走り、ストリートの真ん中には噴水を配置して、そこから放射状に商店が軒を連ねる非常に迷子になりにくい魅力的な街になったのだ。


 で、空気を読めないのか、それともわざとやっているのか、グラン少佐は新しく生まれ変わった街の話題ばかりする。それはそれで全然構わないんだが、問題はモウゼン執政代行官だ。もう、ぴりぴりしっぱなし。僕のこと嫌ってるのは知ってるし、僕もこの人のこと嫌いだから、今回の街の大改造はモウゼン抜きでやっちゃったのだ。そのせいでもう不機嫌そのもの。なのに、楽しそうに街のことばかり話すグラン少佐。間に立つ僕の気持ちも考えてくれって。

「包丁持った女神の肉屋は行ったか? あそこのハーブソーセージは絶品だぞ」

「いや、そんな店あった? 今度教えてよ」

 問題は何の肉のソーセージか、だ。前回の戦総会と後夜祭でアンゲリカの在庫を国民総出で食べ尽くしてしまったのか、よもぎ先輩オススメのアンゲリカステーキも何もかも、街中でアンゲリカ料理は品切れ中だった。ああ、そんなに美味しいのなら食べておけばよかった。

「さて、奏者イブキ。くだらないお喋りもそのくらいにしておきたまえ」

 モウゼンが苛立たしげに口を開いた。僕とグラン少佐は大人しく口をつぐんで次のモウゼンの言葉を待った。

「グラン少佐。先に闘技場へ行きなさい。私はイブキに話しておきたいことがある」

 直々のご指名だ。グラン少佐はしぶしぶ立ち上がり、ゆっくりとした足取りで扉まで歩いて行った。

「じゃあな、イブキ。今日の戦闘も楽しみにしてるぞ」

「うん。だいぶハイペリオンの扱い方も慣れてきたから、いいライブを見せられると思うよ」

 じろり、モウゼンがグラン少佐を睨む。グラン少佐はおどけて肩をすくめて出て行った。さあ、これで前回の戦総会以来のモウゼンと二人っきり。また何かムカつくこと言われるんだろうな。

「パルテスタ教導団とのいざこざ、ご苦労だった。あの輩どもは奏者を他国との戦争に使おうと言う、言わば右翼的な思考を持った集団だ」

 お? ちょっと意外な展開。

「一つ確認しておきたい。おまえは戦争をする気はあるか?」

 僕にはモウゼンの質問の意図が分からなかった。彼は兄王国の執政代行官だ。兄王の人が死なない戦争という思想を守る立場にいるはずだ。でも、本当にそうだろうか。パルテスタ教導団と言い、代理戦総会と言い、その気になればいつでも奏者を他国への戦争に利用できる状態にあると言ってもいい。執政代行官と言う立場ならなおさらだ。逆に探ってみるか。

「ないよ。で、今までの歴史上、奏者が戦争に参加したことあるの?」

「皮肉にも、アルテア・パルテスタただ一人だ。そう、アルテア・パルテスタははるか昔に召喚された奏者だ。それこそ、我が国の歴史が始まったのは、アルテア・パルテスタが侵略者を滅ぼした時からだと言っても過言ではない」

「だから翼を持った聖者、か。まあ、どっちにしろ、僕は戦争に参加する気はないよ。お祭りなら喜んで演奏するけど」

 モウゼンはすっと目を細めた。

「で、そのお祭りだが、今日は勝てるのか? いや、言い方を変えよう。勝つつもりはあるか?」

「ご安心を。絶対負けないから」

 モウゼンは僕の答えに鼻で笑っただけだった。くいと顎を上げて僕を見下ろすような目をして、くるり、背を向けて部屋を出て行こうとする。

「戦争、したいんですか?」

 思い切ってその背中に聞いてみた。扉に手をかけたまま動きを止めたモウゼンはこちらを振り返りもせず、何か粘り気のあるものを吐き捨てるように言った。

「君には関係のない話だな」


 モウゼンが出て行った後、僕は一人でコントラバスのチューニングをしていた。戦闘開始までまだ時間はあるし、外をうろついたところで、もしまた迷子になったらみんなに何を言われるかわかったものじゃない。

 戦争。普通の高校生にとって、そんな単語から思い付くのは受験戦争ぐらいしかないだろうな。高校受験は弦楽部があるからって理由だけで今の学園を受験した訳だし、今後の進路もまだ考えてない現状で大学受験のことなんてどうなるかも想像できない。

 でも、この世界に住んでいる人達にとっては、戦争は身近なものなんだろう。戦争で人が死ぬということが毎日の食事と同じレベルの日常なのかもしれない。そういえば、兄王国、弟王国、それ以外の周辺国のこととか考えてもなかったな。世界情勢は安定しているのかな。

 と、扉をノックする音。どうぞ、僕はチューニングの手を止めて声をかけた。やや間を置いて扉を開けて顔を出したのはテテだった。

「……イブキさん、集中しているとこ、ごめんなさい」

 扉の隙間から初日の出みたいにおでこだけ覗かせるようにして、控えめな声で聞いてくるテテ。

「んーん、大丈夫だよ」

「呼んでます。……ヨモギさんが」

「うん、わかった。あ、テテ、待って」

 僕は扉の影に沈みかかった夕日のようなおでこにストップをかけた。再び朝日のように昇ってくるおでこ。きょろっとした二つの瞳が僕を見つめた。

「……何か?」

「隠れてないで全部出て来てくれると話しやすいんだけど」

 鼻すら見せずに目だけ動かしてテテは言う。

「……だって、着替え中だったら、恥ずかしいじゃないですか。……私が」

 君が、か。僕はどうでもいいのか。

「見ての通り、準備オーケーだよ?」

「じゃあ」

 遠慮なしにずかずか入り込んでくるテテ。

「テテが知ってる限り、この周辺国とかで戦争とか内戦とか、そういうきな臭い話ってある?」

 テテは首を傾げてきゅーっと眉毛を寄せた。

「……私、あんまり外国事情に詳しくないです……」

 はい、そうですか。って、それじゃこの会話も終わってしまう。何でもいいから情報欲しいな。

「じゃあさ、この国って最近他国と戦争したりってのは?」

 ふるふると金髪の三つ編みが横に揺れる。

「……五十年くらい、ないです」

 なしか。平和じゃないか。

「……あの、お願いがあるんですけど、いいですか?」

 テテがもじもじし始めた。内股になってつま先同士を擦り合わせてみたり、三つ編みをしきりにいじってみたり。

「何?」

「私って、朝、よく寝坊しちゃうんです。夜に、本ばっか読んでるから」

「うん、僕もたまにやらかす」

「私が寝泊まりしてる下宿先ってこの宮殿の敷地の外で、ちょっと距離があるんです」

「下宿暮らしなんだ。ここに住んでるんだと思った」

「……はい。ごはんは下宿のおばちゃんが用意してくれるんですけど、さすがに朝起こしてくれ、だなんて頼めません……」

「わかる。すごくわかる」

「ですので、……ハイペリオンで、私の下宿先を魔法学校までぎゅーんって持ってきちゃったりとかってできますか?」

 一気にまくし立てるテテ。かわいい顔してなかなかいい度胸してるぞ。思い切り個人的なお願いじゃないか。公私混同も甚だしい。でも何かかわいいから許す。

「いいよ」

「本気ですか!」

 だからそこは本気ですか、じゃなくて、本当ですか、でしょ。

「あれなんです、あれです、あれ!」

 テテは窓に駆け寄りつま先立ちになって身を乗り出して外を指差した。僕もテテの後ろから窓を覗き込む。

「あの三連の鐘の塔が魔法をはじめとしたさまざまな技術の研究舎で、私の魔法学校なんです。あそこで立派な潜行士になるため頑張っちゃってます!」

 テテが指差す方向、確かに三つの鐘が縦に連なっている変わった形をした塔があった。宮殿そのものとは別棟になっていて、ちょうど兵舎などが並ぶ区画に隣接している。

「あそこでヨモギさんも召喚されたんですよ! イブキさんは、急遽って形になってイレギュラー的に闘技場でポータルを発生させたんですけど……」

 へいへい、イレギュラーですか。勝手に来ちゃっただの、イレギュラーだの。随分な言われようだな、僕も。

 と、そこへ扉が激しく開けられる音が。

「イブキくん! テテ! 遅い! 私が呼んだら五秒以内に返事すること!」

 よもぎ先輩が大声で乱入。

「きゃあっ!」

「あぶなっ!」

 窓から身を乗り出していたテテが驚いてバランスを崩し、ぐらっと前のめりになった。僕は慌てて彼女を後ろから抱きとめたのだが、どうにも言い訳が難しい格好で二人は密着した訳で。

「イブキくん、テテに何してんの?」

 窓枠にしがみつくようにして足を浮かせているテテと、その背後に覆いかぶさって彼女の胸やら腰やらに腕を回している僕。二人ともぎこちなく振り返ってそれぞれ一言。

「イブキさんに、見せてあげようとして……」

「テテが、お願いって言うから……」

 …………。

 …………。

「二人とも、今日の試合が終わったら、私の部屋で正座して待ってなさいね」




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