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教導団の兵士が上段から幅広の剣を力任せに振り下ろす。狙うはガールブラストの頭部。スイカ割りとか剣道部の素振りとか、もうそんなレベルじゃない。ガチだ。ガチでヤル気だ。
日本刀のように肉を斬る鋭利な刃物ではなく、骨を叩き割る鈍器のようなブロードソードだ。本来なら、細い女の子の腕なんて紙切れ同然にぶった斬ってしまうだろう。しかし相手は普通の女の子じゃない。よもぎ先輩の力強いエレキギターの音楽を現像化させたバケモノだ。
ガールブラストはうっとうしいハエを追い払うように、だらりと長い右袖を軽くふわっと振るった。兵士の剣が右袖に触れた途端にその勢いは急激に失われ、そのまま重力に引かれてガチンと剣先が石畳に落ちる。
「え、何で!?」
ガールブラストの右腕に力を奪われた兵士が思わず叫んだ。その隙によもぎ先輩のギターの弦を走る手が速くなり、ガールブラストの左腕が大きくしなって兵士が持つ大きな長方形の盾を狙った。
「弾けろっ!」
ガールブラストの左袖が盾に触れると、金属と金属がぶつかり合う硬く尖った音が鳴り響き、ロケット花火が破裂したような火花が散って金属の盾は紙屑みたいにくしゃりとひしゃげて兵士は吹っ飛んでいった。
「次っ!」
まるでダンスだ。よもぎ先輩のギターに合わせてガールブラストが長い袖を新体操のリボンみたいに振り回し、兵士が吹っ飛び、盾がぶっ壊れ、剣が叩き折られ、石畳がぶち抜かれる。
華麗な舞に思わず見惚れてしまうが、僕にはよもぎ先輩のガードっていう重要な任務がある。彼女の影も踏まないように三歩後ろでコントラバスを構えて、応援。実際、ガールブラストが強過ぎてすべきことがなかったりして。
「よもぎ先輩! 上! ボウガンで狙ってる!」
教会の二階バルコニーに二つの人影を発見。ボウガンを構えて僕達に狙いを定めているのが見えた。
「ボウガンって何?」
「鉄砲みたいな弓矢! 当たったらたぶん痛い!」
「じゃあ伊吹くん、私の前にっ!」
「いやいや! ガールブラストを下がらせて!」
さらっと無茶言われた。
無敵に思えるガールブラストにも弱点がある。それは奏者みんなに当てはまることだ。そう、奏者本体だ。よもぎ先輩のガールブラストはどんな打撃でも右袖でチャージしてしまい無効化できる。でも、その本体はごく普通の女子高生だ。あ、いや、ごく普通とはちょっと違うかも。まあ、どちらにしろか弱い女の子だ。いや、か弱くもないかも。
そこら辺はよもぎ先輩もよく解っている。ガールブラストをバックステップさせて本体の、つまり自分自身の側に立たせた。
やけに乾いた木の枝を折ったような音がして、射ち出された矢が僕達に襲いかかる。が、無駄だ。ガールブラストがすでに右腕を高々と振り上げているからだ。
二本の矢は当たり前のようにガールブラストの右袖の中に吸い込まれて消えてしまう。
「返すよ」
そしてガールブラストの左袖から射ち返す。矢はボウガンを持った兵士のすぐ側のレンガにものすごい勢いで突き刺さった。
「危ないなー。当たったらどうするの」
「ちゃんと外すよう狙ってるって。上の敵は伊吹くんに任せる。私は下を片付けるから」
見える範囲で残りの敵はバルコニーのボウガン兵二人と、教会の正面を守っている剣と盾を装備した三人。
突然の奏者からの襲撃で何の準備もできなかったようで、革製の上着を着ているだけで鎧っぽいのは身に付けていない。ガールブラストで問題なく倒せるな。
「じゃあ、バルコニーの敵は任された」
やっとハイペリオンの出番だ。僕はよもぎ先輩のギターのリズムに合わせて、決して彼女の音を邪魔にしないように、だからと言って草葉の陰から控えめにって訳でもなく、よもぎ先輩の音楽が冴え渡るよう輪郭をくっきりとさせるような伴奏に徹した。
ハイペリオンは膝の屈伸運動をするように大きな動作でしゃがみ込み、カエルみたいに両手で地面を叩いて前転するように宙に飛び上がった。
教会そのものはビル五階分くらいの高さがある。二階バルコニーはハイペリオンの視線よりも下にあるけど、多少の演出を付けて力の差を見せつけてやれば相手の心もへし折りやすいと言うものだ。
ハイペリオンは空中できれいに前転すると、教会の壁部分に重力に逆らって真横になって着地した。ちょうどボウガン兵の頭上の壁に地面と平行になったハイペリオンは、大きく吠えながら右腕でバルコニーをなぎ払う。
二人のボウガン兵は声を上げる間もなく飛んで行った。ついでにバルコニーも。
「うわ、やり過ぎた」
何者にも触れることも触れられることもできないハイペリオンの一撃は、強風に吹き飛ばされる枯葉のように兵士の身体を空中に巻き上げ、その触れないエネルギー帯、ハイペリオンフィールドの射程範囲内にあったバルコニーさえも教会の壁からもぎとってしまった。
くるくると回転しながら隣の建物を飛び越えて落ちて行くボウガン兵二人。すまん。落下によるダメージはないが、目が回って当分気分が悪いだろうな。そしてバルコニーそのものも、その大重量のせいでそこまで飛距離はでなかったが、教会の庭先にふわりと音もなく落下してすすすーっと滑っていく。不運にも、そこにいた兵士達を巻き込んで。ごめん。こっちは事故だ。ちょっとは痛い目に合うかもしれない。
ハイペリオンフィールドの効果で、弾き飛ばされた兵士達はもげたバルコニーの直撃でダメージを受けることはなかったが、石畳に強く激突して気絶してしまったようだ。
そして静かになった。教会から兵士達が飛び出して来ることもなく、倒れ込んだ兵士達も完全に戦意を喪失したか気を失ったか、動く気配はない。
「伊吹くん、やり過ぎ」
「うん、そうみたい。いろいろみんなごめんなさい」
「でも良かったよ。私のメロディーのウラを取ってくる辺りは聞いていて心地良かったし」
「ほんと?」
「帰ったらバンド結成ね。『トラとコジカ』」
なかなか語呂は悪くないんだよな。でも却下。僕はコントラバスに寄りかかるようにしてよもぎ先輩から顔を反らして言ってみた。
「僕が虎でよもぎ先輩が子鹿なら、考えなくもないよ」
「伊吹くんが虎? 私が子鹿で? 私のこと、襲うつもり?」
よもぎ先輩がぐいと僕の顔を覗き込む。ちょっと上目遣いに小首を傾げてニット帽からこぼれる黒髪を斜めに流して。
「あー。無理無理」
「ところでさ、ちょっと気になってたんだけど」
「何?」
「伊吹くん、いつの間にか私とため口になってない?」
いつかは突っ込まれると思ってたが、意外に遅かったから僕も普通に喋ってた。
正確には、夕べ、二人でベッドに寝っ転がっていた時、よもぎ先輩の心の内を聞いた時からだ。僕はよもぎ先輩のすぐ側にいるよって意味でため口を使ったのだ。
よもぎ先輩は少し意地悪な笑顔で僕を見ている。うん、ここは攻め時だ。
「だめ?」
ちょっとびっくりしたように目を丸くして、よもぎ先輩はぷいっと教会の方に向き直り僕に背中を向けてしまった。
「別に好きにしなよ。でも、学校でため口利いたらまつ毛引っこ抜くから」
やめてー、そんな地味なくせにダメージ大きそうな嫌がらせ。でも、押し切った。よもぎ先輩を押し切ったぞ、この僕が。よし、いまこそ虎だ。虎になれ、桧原伊吹!
「じゃあ、学校以外でならため口利いてもいいんだよね」
「その時はまつ毛以外を引っこ抜いてやるから」
何を? 何を引っこ抜く気だ? 毛と断定してないだけに、やんわりとした殺意表明だよ、それって。
「そんなことより!」
よもぎ先輩が僕に背中を向けたまま話の方向を変えた。
「これでおしまい? 何の動きもないんだけど」
教会は静まったままだった。確かに、これで兵士達も打ち止めとは思えない。いくら僕達が急襲したからと言ってこれっぽっちの兵団で過激派と呼べるとは思えない。この教会の大きさ、裏手にある寄宿舎からしてまだまだ兵力はいるはずだ。フェルドラ達の姿も見えないし。
「ってことは、教会内で待ち伏せでもしているかな?」
狭い屋内なら巨大なハイペリオンの動きを封じることができるし、大人数で奏者を囲むことも容易なはずだ。
「さて、どうしよう。伊吹くん、何かアイディアは?」
うーん。僕は空を仰いだ。この世界の教会は、屋根の天辺に十字架でなく三又の鉾みたいなのを飾っているのか。でもステンドグラスは元の世界でも見たことあるような色合いだ。やっぱり物語性のあるステンドグラスは異世界共通な宗教的シンボルなのかな。
「どかんと思い切り意表をついてみない?」
僕の言葉にようやくよもぎ先輩が振り返ってくれた。僕を見つめながら首を傾げたよもぎ先輩は、ほんのりと頬をピンクに染めていた。