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 パルテスタ教導団。

 グラン少佐が言うには、その母体であるアルテア・パルテスタ教とは、聖パルテスタ教会の地下に眠る翼を持った聖者アルテア・パルテスタを信仰する宗教団体で、教導団とはその中でもやや過激的な活動をする一派を示すらしい。

「要は教会からも疎まれてる集団でしょ」

 アルテア・パルテスタなる聖者の正体は不明だが、実際に背中に翼が生えた聖骸が教会の地下に安置されているらしい。

「たぶんその昔に召喚された異世界人じゃない?伊吹くんも神格化しちゃったりね。イブキゴリラ教団って。それにしてもゴリラって。ゴリ

ラって」

 特に厳しい戒律などもなく、自己と自己を愛する者を愛せよ、って少しばかり緩めのポリシーのおかげで若者に支持されている第三の宗教団体、ていうことだが。

「自分達以外はみんな敵って、まるっきりダメな奴らじゃないの」

「よもぎ先輩も似たような考え方じゃない?」

「私は私の敵を潰すの」

「方向性同じだって。それに過激な活動するし」

「いちいちうるさい。何か文句あるの? 街に遊びに来て速攻で迷子になったかと思えば、瞬殺で過激派に拉致られたくせに」

「えー。何よもぎ先輩プリプリ怒っての?」

「怒ってないっ」

 ほら、怒ってる。その『っ』が証拠だ。何をそんなにつんつんしているのか、よもぎ先輩はぷいとそっぽを向いてしまう。

「ヨモギさん、さっきはあんなにイブキさんのこと……、心配してたじゃないですか」

 テテが乱入。よもぎ先輩はびくっとこっちに向き直った。長い髪が華麗にターンする。

「イブキくんが攫われちゃった、とかってすっごい慌てちゃったりして、どーなんですか、どーなんですか?」

 ほう、それは興味深い情報だ。興奮してきたのか、口が高速回転を始めるテテと一緒にピンポイントで攻めてみるか。責めてみるか。

「そーなの、よもぎ先輩?」

「どーなの、ヨモギさん?」

 コツコツとヒールの音も高らかにテテに歩み寄るよもぎ先輩。ヒールを加えると175センチはあるよもぎ先輩がブーツを加えても150センチないテテの頭をがしっと鷲掴み。

「……テテ、また泣かすぞ」

 テテはびくっと身体を震わせて二枚貝のようにぴっちりと口を閉じた。よもぎ先輩、テテに何をしたんだよ。

「おまえらいい加減にしろよ。ヨモギ、おまえは女なんだから少しは男の言うこと聞いて素直になれ」

 グラン少佐が僕達の間に割って入った。よもぎ先輩はグラン少佐の言葉を聞いて、いかにもカチンって来ましたって顔で振り返る。

「あら。そういう男尊女卑な思想は私達の世界ではもはや時代遅れなの。もっと個々の能力を尊重しなさいな」

 ぴしゃり、キツイ口調で言い返す。言われたグラン少佐もムッとした表情になる。どうにもこの二人は合わないな。


 僕達はパルテスタ教導団の本拠地とされている街中の教会に来ていた。さっきひと暴れした場所からそう遠くない、露店が軒を連ねるまだまだ街の中心部と言える立地だ。

 さあ、殴り込みだ。と鼻息荒く踏み込もうって時にグラン少佐から先制攻撃にあたっての注意事項を言い渡されたのだ。

 で、これから殴り込むって敵の本拠地の正面玄関で、こうして5分

近くもわいわいとにぎやかにやりとりをしている訳で。


「とにかくだ。繰り返しになるが、絶対に殺すな。いいな、絶対だ」

「わかったって。そう何度も言わないの」

 よもぎ先輩とグラン少佐のつんつんとした応酬は続く。

「兄王陛下の、人が死なない戦争、という思想は守らなければならない。それは奏者であるおまえらも同じだ」

「でも私ら奏者は死んでもいいって訳? 勝手に喚んで殺し合いさせてるくせに」

「奏者はこの世界の人間じゃない。想像上の生き物だ。兄王陛下の民でもないんだ。関係ないだろ」

「そう教わっただけでしょ? 実際自分の目で見て自分の頭で考えなよ。私は空想上の生き物?」

「教導団は奏者を他民族の粛清や他国の侵略に利用しようとしている。我々は兄王陛下の兵として、断じてそれを許す訳にはいかない」

「話反らさないで」

 よもぎ先輩が強い口調で言い返すが、グラン少佐は負けないで続けた。

「だからと言って教導団を攻撃して殺してしまっては、彼等と同類だ。それは何の意味もない、何も生み出さない行為だ。兄王陛下の思想は我々の誇りだ。我々は人を殺さない軍隊だ。そして俺はおまえらのことを仲間だと思っている。いいか、信頼しているぞ」

 グラン少佐は一気にまくしたてると、すーっと鼻で大きく空気を吸い込み、胸を張ってゆっくりと息を吐きながら言った。

「死者を出さなければ何したっていい。俺がケツを持ってやる」

 この人、言い切った。少佐ってクラスは、僕が知っている階級制度で考えてもそこまで上のレベルではないはずだ。そもそもこんな天邪鬼な奏者の世話役を押し付けられるくらいだから、グラン少佐は軍隊の中でもはみ出し者クラスなんだと思っていた。なかなか言える台詞じゃないぞ、俺がケツを持つ。かっこいいじゃないか。

「わかったわ。見てなさい。見事に兄王様の誇りとやらを守ってみせるから」

 よもぎ先輩も僕と同じことを感じたのか、珍しく人の意見を受け入れた。

 と、そこへ。

「おまえ達、さっきからずっとそこで何をしているんだ!」

 乱入者。いや、正確には僕達の方が乱入者か。教会の番兵が幅広い剣と猫みたいな動物を紋章にあしらった長方形の盾を持って立っていた。

「あ」

 思わず。一応、言い訳しておく。思わず、だ。これは事故だ。意図的な仕業ではなく、悲しい事故なんだ。

 僕は、思わず、ついうっかり、反射的に、その他正当性のある言い訳関連慣用句多数、わっしょーいっとばかりにハイペリオンを場に出して、番兵二人の足元に巨大ゴリラの大きな手を滑り込ませて、彼等を空高く打ち上げてしまった。

 よもぎ先輩、テテ、グラン少佐、そして若い二人のグラン少佐の部下。みんな、ぽかーんと大きく口を開けて、くるくると回転しながらきれいに放物線を描いて吹っ飛んで行く二つの人影を目で追った。

「死んだな、これ」

 よもぎ先輩がぽつりと呟く。東京で見る雪はこれで最後かというくらい寂しそうに呟く。

「いやいやいや! 大丈夫! さっき実験済み!」

 慌てて釈明。グラン少佐が思いっきり哀しそうな顔でこっち見ている。

「僕のハイペリオンの能力であいつらはパーフェクトに無傷だって! ほんと!」

その証拠に、教会の屋根よりも高く舞い上がり、音も立てずに敷地内に軟着陸した番兵二人は目が回ったのか立ち上がれず悶絶してのたうちまわっている。ほら、生きてる。

「ね、動いてるでしょ? 元気元気」

「イブキ、おまえ、言ってる側から……」

 血の気が引いてるグラン少佐。えーと、ごめん。以後可能な限り気を付ける。

「はいはい、おしゃべりはそこまで。グラン少佐、一度言ったことはきっちり守りなさい。男でしょ」

 よもぎ先輩の一言で、グラン少佐、復活。

「ここは私と伊吹くんを信頼して、あんた達はテテを守って下がりな。この場に奏者の世話役が一緒にいたら何かとめんどうでしょ?」

「ああ、もう! いちいちママみたいな口調で命令するな! いいか、人を殺すな。絶対だぞ!」

 グラン少佐はテテを庇いながら、部下二人を引き連れてこの場を去った。

 僕達はその後ろ姿を黙って見送り、くるり、パルテスタ教会に向き直る。石造りの門柱が二本、正面ゲートとして地面に突き立ち、教会建物へと続く石畳は黒と白の市松模様に敷き詰められていた。背の低い広葉樹が規則正しく植えられていて、そのせいか樹木よりも背が高い教会そのものがかなり大きな建造物に見える。

「ママって言ったように聞こえたけど、私の聞き違い?」

「僕にもそう聞こえた」

「だよね」

「うん、たぶん」

「……」

「……」

「マザ、コン、的な?」

「っぽい、かな」

「っぽい、よね」

「うん、ぽい」

「ぽいぽい。弱み握っちゃった。グラン少佐はもう私に逆らえないぞ」

 ご愁訴様です、グラン少佐。

 さて、目を回していた番兵二人も覚束ない足取りで立ち上がったし、教会の大きな扉が開いて剣と盾を装備した教導団の兵士達が飛び出してきたし。戦闘開始だ。

 僕はよもぎ先輩の二歩前に立つ。コントラバスを大きく構えれば、どの角度からでもよもぎ先輩の盾になれる立ち位置だ。

「よもぎ先輩は僕が守るから、安心して暴れていいよ」

 ちょっとドキドキしながら言ってみた。

「……うん」

 小さな返事が背中から聞こえてきた。とても可愛らしい声だった。

「でも、私の前に立つなんて、伊吹くんのくせに生意気だ。邪魔だから後ろで守ってくれる?」

 前言撤回。



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