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 ジジジ。

 ランプの油が燃える音がかすかに聞こえて、ジジジ、小さな炎が僕達の影をゆらめかせた。僕も含めて、ジジジ、壁に映る7体の影。なんか、ジジジ、すごいぴりぴりした緊張感。

 テーブルには3人。おそらくリーダー格のフェルドラと呼ばれた顎

鬚男は、ゆっくりと立ち上がり対面の空いていた席を指し示した。テーブルに付いた他の2人も僕を見ている。一人はまだ若い感じの鼻がでかい男。以降鼻デカと呼ぼう。もう一人はフェルドラとやミックスジュースお姉さんと同じくらいの歳に見える長髪を結んでいる男。こいつはロンゲと呼ぶか。

「お目にかかれて光栄だ、奏者イブキ。まあかけてくれたまえ」

 フェルドラが言う。ちらっとミックスジュースお姉さんを見ると、ぷっく

りとした唇だけで『ゴメンね』と動くのが見て取れた。これって、ある意味美人局って奴ですか? ミックスジュースに釣られてしまった僕って。むしろ美人に釣られたかった。

 後ろを振り返ると、階段を肉の壁で塞ぐ二人のごつい奴。一人は丸坊主。わかりやすいからハゲと呼ぼう。もう一人はでっぷりと太っていて、着ている丸首のシャツが汗のためにVネックに見える。Vネックでいいか。

 Vネックはギラギラとしたナイフをぺしぺしと自分の頬に当ててにやついている。この状況はどう判断したらいいかな。やっぱり、拉致監禁系?

「何か用?」

 これがもしも現実社会での出来事だったら、それこそ現実逃避レベルの緊急事態だ。正直、土下座でも何でも余裕でしちゃうぞ。

 でも、今の僕は違う。この異世界での僕は何でもありだ。

 空いている一つの椅子に座り、よくアメリカ人が映画やドラマでやるみたいにテーブルに投げ出すようにして足を組んでフェルドラを見上げてやる。

「外に連れを待たせているから、手短かにね」

「ウソつけ」

 と、ハゲ。

「おまえ仲間とはぐれたろ」

 Vネックが続く。

 もしかしてずっと後を尾行されてて、僕が迷子になってるのもお見通しってことか。

「あ、はい。すみません」

 テーブルに投げ出した足を折りたたんで、行儀良く背筋を伸ばして座り直す。

「そう言う事情で、ミックスジュースを戴いたらもう宮殿に帰らないといけないので、すみませんが宮殿への道を教えてもらえると、何かと助かり、ます、が」

 言葉の途中でVネックにがしっと肩を掴まれる。どうやら、そう簡

単には返してもらえないっぽい。

 まいったな。この人達が敵か味方かわからない以上、どう対応したらいいか見当もつかない。

 フェルドラが席について、両手を組んでそこに顎を乗せて勿体ぶって喋り出した。

「君の噂を聞いたよ。実に素晴らしい奏者らしいな。そこでだ。私達はこの国がもっといい方向へ向かうよう活動しているパルテスタ教導団の者なんだが、ぜひ、君の力を借りたりんだ。奏者としての、素晴らしい力を」

 少しかちんと来た。気に入らない。とにかく気に入らない喋り口だ。欧米人みたいに彫りが深いアトラミネイリア人からすれば、僕みたいな日本人高校生はそりゃあ子供に見えるだろう。だからと言って僕とあんた達とでは文化レベルが違うんだ。こっちはこの国の十代よりも高い水準の教育を受けて来たんだ。ここまで子供扱いされるのは心外だ。

「具体的には?」

 思っても見なかった反応だったのか、フェルドラは少しだけ目を見開いて驚いた表情を作った。しかしすぐにその表情を消す。

「現政府を倒すための軍隊の旗手、と言ったところかな」

「全然具体的じゃないじゃん」

「一言では説明できないが、要はこの国を変えたいんだ。そのためには大きな力がいる」

「要するにクーデターを起こしたいから戦争に参加しろって言いたいの? 悪いがすでに代理戦争をしているから手一杯だよ」

「その代理戦争だが、君は何のために戦っているんだ? より多くの人々のために力を使ってみないか?」

「戦いたくて戦ってるわけじゃないよ。パルプンテ教団って軍隊になるほど信者がいるの?」

「パルテスタ教導団だ」

「どっちでもいいよ」

 僕は背中に立て掛けていたコントラバスケースを小脇に抱えるように座り直し、また脚を組み、少しだけふんぞりかえるようにフェルドラを睨み付けてみた。

「自分達でやればいいじゃん。僕には関係ない」

 何か言いかけたフェルドラを制して僕は続ける。

「そうやって余所者に頼って国を変えたって、国民はついてこないと思うよ。自分達の国だろ?自分達の力でやんなよ」

 と、口からでまかせでなんとかこの場を切り抜けようとしていた僕に天の神様が味方してくれた。

 突然音楽が鳴り響いた。フェルドラ達はびくっと身体を震わせて僕を強く睨み付ける。

 音源は僕だ。が、僕はケースを抱えたまんまで何にもしていない。

空気を強く震わせたオーケストラの一撃が鎮まると、静かにピアノの旋律が駆け降りてくる。繊細な鍵盤の連打が波打つように穏やかに流れると、再びオーケストラの力強い一撃が場を支配する。

 ベートーヴェン、ピアノ協奏曲第5番『皇帝』だ。音楽は僕のポケットから鳴り響いていた。

 どうせこの異世界では使えないだろうからって制服と一緒にしまっておこうと思っていたが、よもぎ先輩が絶対持っておけと言ってきかなかったアレが鳴りまくっている。

 フェルドラ達が突然の音楽に動揺している隙に、僕はポケットからアレを取り出した。携帯電話だ。液晶画面には輪王寺よもぎの名前。受信ボタンを押す。

「もしもーし、なんでこの世界でケータイが通じるのー?」

『そんなことより、伊吹くん! どこほっつき歩いてんの!』

 いきなり怒鳴られた。

「いやいや、これには深い事情があって……」

『黙れ』

「はい」

『もう探すのもめんどくさいから、私達だけでお昼ごはん食べちゃったからね。アンゲリカのステーキ、やばいよ。まじやば。で、いまどこ?』

「えーと、わかんない」

『バカ? 伊吹くんってバカ? 周りに人いないのか? 聞いてみな』

 僕は慌ててフェルドラ達に場所を確認してみた。ダメだ、たとえ電話口であってもよもぎ先輩には本能的に逆らえない。それこそ草食動物と捕食者の関係か。

「あの、ここってどこ?」

「誰と、話しているんだ?」

 フェルドラが何か不思議なヒトを見る警戒心でいっぱいの視線を向けてくる。そりゃそうだろ。ケータイを知らない人にケータイを説明するなんて、アンゲリカを知らない人にアンゲリカの味を説明するようなものだ、たぶん。

「えーと、詳しくは後で話すよ。ねえ、お姉さん、あの果物屋さんって何て名前?」

「え? ああ、スクワブルズって店よ」

「よもぎ先輩、スクワブルズって果物屋の地下室でパルプンテ教団って奴らに拉致監禁されてるよ。どうしよう?」

『ブツッ』

 切られた。いきなり切られた。

「うそー。ひでー」

 て言うか、そもそもこの状況に僕自身も追い付けていないんだ。信じてもらえないよな。

 仕方ない。僕の現状をありのまま伝えよう。

 ケータイを見ると、表示はやっぱり圏外になっている。でもよもぎ先輩から着信あった訳だし、よもぎ先輩のエレキギターが電気がなくっても使えたあの原理と同じか。

「あー、ちょっとみんな集まってくれる?」

 呆然としているフェルドラ達にケータイを向ける。はい、チーズ。

 パシャ。薄暗い地下室でケータイがフラッシュを放ち、また彼等を驚かせた。

「それは何? さっきから何をやってるの?」

 ミックスジュースお姉さんが聞いてくるが、とりあえず無視。よもぎ先輩を怒らせたままの方が怖い。

 早急にこの画像をよもぎ先輩にメール。ほんとに拉致されてるの!ってテキストを付けて。

「なあ、もう帰っていいかな? ほんとにもうまずいって」

 フェルドラが何か答えようとしたが、すぐにまたケータイが鳴り出す。『皇帝』の勇ましいオープニングはついつい聞き惚れてしまうが、今はまずい。ベートーヴェンよりよもぎ先輩だ。

「はいっ! 信じてくれた?」

『このオンナ誰よ?』

「そっちじゃなくって!」

『まあ言い訳は後で聞くから』

「後も先もないって。言い訳って、別に何にもしていないよ」

 いやいや、何でこんなに慌ててるんだ、僕は。

『いいから。グラン少佐が言うには、この写メールの奴らって、パルテスタ教導団の活動家みたい。国の体制にいちゃもんつけてくる連中だって。何で早速トラブってるの?』

「知らないよ。グラン少佐に聞いて。こいつら、一言で言うと、敵? 味方?」

 電話口で何かごにょごにょ聞こえてくる。グラン少佐の声がかすかに聞こえるが、当然僕の電話でのやりとりはフェルドラ達に丸聞こえだ。敵か、味方か。そんなある意味物騒な僕の一言でフェルドラ達も警戒心をあらわにしたようだ。鼻デカとロンゲが顔を見合わせて、ハゲは階段前でがっちりガードするように腕組みをし、Vネックはまた僕の肩に乱暴に手を置いた。

 僕は思い切りふんぞり返って背後に立つVネックを睨み付けた。ぴりぴりした緊張感が増していく。一触即発ってのはまさにこんな空気を言うんだな。

 空気が硬くなっていくような雰囲気の中、ケータイからよもぎ先輩ののんびりした声が聞こえてきた。

『敵だってさ。自力でなんとかしな』

 はいはい。自力でなんとかしますって、もう。

 僕はこっそりとケースの口を少しだけ開けて右手を忍ばせる。

「フェルドラさん、詳しく話聞きたかったけど、よもぎ先輩が帰ってこ

いって言うから」

 ケースの中でコントラバスの弦をブンッて弾く。

「僕、もう帰るね」

 コントラバスのケースから人間の身体ほどもある巨大な腕が盛り上がった。黄金色の毛皮と筋肉の鎧に包まれたハイペリオンの剛腕がコントラバスのケースから飛び出し、あり得ない大きさの獣が小さな地下室を満たしていく。

「その前に僕の力を見せてやるよ」






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