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 完璧に迷った。

 右を向いても左を見ても同じような街並。案内板なんて親切なものがある訳もないし。空を仰いでも、意外と文明レベルは高いのか背の高い建物が雑多に軒を並べていて、遠くの景色が見えずに現在地が割り出せない。俯いて地面を眺めても、丁寧に切り出された石畳が規則正しく敷き詰められ、逆に方向性を見失いがちになってしまう。お、小銭見っけ。

 異世界の街で迷子になってしまうなんて、桧原伊吹、なんたる不覚か。


 ことの経緯はこうだ。


 代理戦総会は8日後に再試合が組まれる。それまで奏者は己を鍛え直すも、先の戦いの傷を癒すも自由。街をブラブラするも自由だ。

 と言う訳で、よもぎ先輩が街を案内してくれることになった。二人きりで見知らぬ街をデート。ちょっとワクワクしたが、当然のように奏者世話人のテテとグラン少佐、それと少佐が選んだ若い兵士が二人。あれよあれよと膨れ上がり大所帯6人パーティで街を散策だ。

 兄弟国主催の代理戦総会は、それこそ国同士での論議が発生した時に行われる不定期開催なもので、国民にとってはお祭りみたいなイベントと化していた。

 異世界から奏者を召喚して死ぬまで戦わせる祭。スペインの牛追い祭みたいなものか。いや、感覚としては、カブトムシを捕まえてきてクワガタと戦わせる子供達の方が似ているか。僕の子供時代はザリガニだったが。

 そんな趣味の悪い残酷なイベントも、よもぎ先輩とエルミタージュの二人の計画通り音楽と戦いの競演を楽しむライブ的なものになりつつある。二人の音楽の噂は急速に広まり、それこそ国中から観客がやって来るようになった。そして観客達の財布を目当てに街のそこかしこに露店が店を開き、ひしめき合い、人々は屋台で名物のアンゲリカ料理を楽しみ、この数週間であっと言う間に人と屋台が入り乱れた迷路のような街になってしまったのだ。

 だから僕が迷子になってしまってもしようがない話なんだ。僕に非はないんだ。僕が余所見をしながら歩いていたのが悪いんじゃない。ごちゃごちゃしたこの街が悪いんだ。

 とは言え、どうしよう。宮殿に帰るのがベストか。

 兄王の宮殿は首都であるこの街でもっとも重要な施設だ。誰に聞いてもきっちり案内してもらえるはずだ。なんたって僕は戦争代理人、期待の大型新人奏者だ。代理戦総会見物にはるばるやって来た人達から見れば、それこそ某ネズミーランドの手袋ネズミクラスの扱いだ。ちやほやされまくり、気が付けば、一人。いつどこではぐれたのかすらわからない始末だ。


 と言う訳で、僕が迷子になってしまったのは、あまりに無計画な都市開発と所狭しに開店している屋台のせいだ。

 街は基本として石造りのようだが、木造建築も一部見られた。ただ一概に言えることは、どれもこれも現代アートのような装飾がほどこされているのだ。ある区画は壁がすべて白く塗られていて、二階三階と視線を上げるにつれて青みが増していったり。ある建物は壁に人物画を描いていたり。ある家はカラフルな帯を規則正しくたなびかせていたり。街は原色に溢れ、街全体が無秩序な芸術作品のようだった。区画整理って概念がないのか、道は微妙に曲がりくねり、僕みたいな新参者には真っ直ぐ歩くことすら難しい街だ。

 観ているだけで楽しい街だから、こうなりゃとことん迷ってみようか。

 あ、でもよもぎ先輩、心配してるかな。してないだろうな。うん、してない。忘れられてるかも。


 と、考えている側から。


「あら、お兄ちゃん! あんた奏者様でしょ!」

「あ、はい、一応」

「昨日見たよー、あんたすごいじゃない! あんなおっきな獣を操る奏者様、あたしゃ初めて見たよ!」

「いやー、それほどでもないですよー。えーと、いい匂いさせてます

ねー。それ何ですか?」

「うちの自慢のクマバチミツ揚げクッキーよ! 食べてみるかい?」

「おいしそうだけど、お金は連れが持ってて、いま僕は持ってなく

て……」

「何言ってんだいこの子は! 奏者様からお金取る訳ないでしょ!ほら、持っていきな!」

 露店のおばちゃんに甘く香ばしい香りがするクッキーがいっぱい詰まった紙袋をもらったり。ガリガリ、サクサク。


「兄ちゃん兄ちゃん! おまえさん、異世界からの奏者様だろ!」

「あ、解っちゃいます?」

「あのきれいな姉ちゃんは一緒じゃないのか?」

「ああ、アイツなら他をウロウロしてますよ。お、なんか美味そうな匂いさせてますね」

「おおよ、うちのは他の屋台とタレが違うからな! タレが! 食ってくかい?」

「ああ、ごめんなさい。お金はアイツに預けてて、僕は持ってないんですよ。アイツ、迷子になっちゃってて、今探してたんです」

「金なんていいって! ほら、持ってけ! 次の戦いのため力つけとけって! きれいな姉ちゃんにもよろしくな!」

「あの、この焼肉、アンゲリカですか?」

「いやー、アンゲリカは宮殿の方や高級店に全部持ってかれちまって、それはシェヌーの肉なんだ。だがよ、秘伝のタレが効いてるからアンゲリカに負けない味だぜ!」

 屋台のおっちゃんに甘じょっぱい匂いがよだれを誘う焼肉の串を何本ももらったり。ぱくぱく、もぐもぐ。


 重ねて言おう。迷子になったのは僕のせいじゃない。僕は悪くない。断じて。


 それはさておき。さて、どうしよう。

 周囲はアトラミネイリア人ばかり。欧米人のような顔付きでふさふさと毛が生えた長い耳が特徴の彼等の中で、オリエンタルでアルカイックなよもぎ先輩はよく目立つ。しかもギターケースを背負って長い足で大股で歩くのだ。遠くからでもすぐ見つけられるはずだ。

 僕もコントラバスのケースをコロコロと転がしてるのでそれなりに目立つはず。それになによりこの世界で眼鏡をかけてるのはおそらく僕だけなはずだ。これはかなり目立つはず。なのに。もう小一時間も徘徊してるが未だに迷子継続中。

 さすがに昼間に外をぶらつくにはあの民族衣装はエロ過ぎる。と言う訳で、よもぎ先輩は今日は一般人の普段着っぽいのを選んでいた。淡いグリーンに染められた丈の短い上着に、チャイナドレスのような深いスリットが入ったロングスカート。澄んだ水色のニット帽を目深にかぶって黒髪を一本に束ねていた。よし、水色の帽子の長い黒髪を集中的にマークだ。

 僕はグラン少佐達が身に付けていた衛兵達の制服である革製ジャケットがあまりにかっこよかったから、それを一枚おねだりして手に入れた。背中にほどこされた剣と盾を装備したフクロウのデザインが気に入った。下はジーンズのような藍色に染色された硬い生地の綿のズボンなので、もしコントラバスを持ってなかったら非番の衛兵がそこら辺をぶらついてるのと変わんない。見付けてもらうのは諦めてこっちから探すか。


 それにしても、いろんな物食べて歩き回ったせいか喉が乾いたな。何か冷たいものでも欲しいとこだが。と、手近な露店に果物っぽいのを発見。ターゲットロックオン。

 僕はわざとゆっくりめに歩いて店先の商品を眺めながら目的の露店に近付いた。果物屋さんみたいな品揃えの店先で、おっなんだこれ?的な表情で二度見する。

「あれ、お兄さん、ひょっとして奏者様?」

 僕よりひと回りくらい歳上そうなお姉さんが食い付いてきた。よし、おいしそうな果物ゲット。

「あ、はい、こんにちは」

 そりゃパッと見でわかるはずだ。耳が小さくてつるっとしているし、この国に無いような大きな楽器担いでいるし。

「なんでもずいぶん凄腕の奏者様ですって? 話は聞いてるわよ」

「いやいや、僕なんてまだまだですよ」

「黄金色した山のような猛獣を従えてるんでしょ?」

「ええ、まあ。それにしても街中お祭りみたいで見ていて楽しい街ですねー」

「あら、今日は街の見物? あ、そうだ。ねえ、お兄さん、喉乾いてない? ちょうどいまミックスジュース冷やしてたとこなのよ」

「へえ、異世界のミックスジュースってどんなのだろ? あ、でも……」

 ポケットをゴソゴソ。さっき拾った小銭を取り出す。

「ごめんなさい、あんまりお小遣いもらってなくって……」

「あらあら、奏者様って言ったらお祭りの主役じゃないの。いらっしゃ

い、サービスよ」

 お姉さんは気持ち良く笑って店の奥に僕を招いてくれた。では遠慮なく、ごちになります!

「あー、なんかすみません」

「いいのいいの。こっちも奏者様の顔見たかったとこなんだし。こっち

よ」

 店の奥は木箱が積まれていて、果物やら野菜やらが溢れていた。普段は八百屋さんだろうか。お姉さんは奥まったところにある地下へ向かう階段をとんとんとんと軽い足取りで降りていった。僕もそれに続く。

 階段を少し下るだけでひんやりした空気が頬に当たった。外も暑いってほどじゃないけど、やっぱり陽の光が届かないだけ涼しいんだな。異世界のミックスジュースか。変な肉とかミックスしてなければいいけど。

 階段の突き当たりの扉を開けて、お姉さんは大胆にも僕の手を握って中に引き入れてくれた。え、なになに? ちょっとドキッとした。

「フェルドラ、お客様よ。なんと、噂の奏者イブキ」

 ランプが灯った地下室には何人かの男達がいた。テーブルを囲んでいた男達がじろりと僕を品定めするように睨み付ける。

「えーと、ヒバライブキです」

 なんとなく自己紹介してみた。

 フェルドラと呼ばれた顎鬚を蓄えた精悍な顔付の一人が立ち上がり、丁寧に頭を下げる。

「これはこれは、ようこそ奏者イブキ」

 あれ? ミックスジュース的なものは全然見当たらないが。

 ふと、背後に人の気配。振り返ると、いつの間にか階段を別な男達が降りて来ていて、退路を断たれた形になっている。筋肉質な男が腰からナイフを抜いて、ランプの光を反射させながら言った。

「アンゲリカの口に飛び込むシェヌーとはまさにこのことだな」


 えーと、なんか、やばくね?






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