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 謎のアンゲリカことわざを残してシルクのテントから出ていったモウゼン。そしてテントの中にはぽつんと若い二人。僕ときゃん!な女の子。

 アンゲリカの尻尾の肉が刺さったままのフォークを投げ出すように大皿に戻して、ちらり、その子を見る。未だに顔を上げずにもじもじとするように座ったままだ。そういえば、きゃん!の時からこっちまだ顔も見てないぞ。どんな顔してるんだろうと、じーっと見続けてやる。

 濃い色合いの金髪を後頭部の辺りで六本の三つ編みにまとめている。前髪もきっちりと引っ張っているようで、俯いていてもおでこが広そうなのがよくわかる。

 じっと見つめていると、この重苦しい沈黙に耐えられなくなったのか、ぴくっと三つ編みが揺れてゆっくりと顔が上がっていく。つるんとしたゆでたまごのようなおでこが、まるで日の出みたいに徐々にせり上がってきて、やがてきゅっと釣り上がった眉毛と青い瞳が現れた。

 背が小さい子だから歳下の女の子かと思ったが、意外と大人びた顔付きをしている。たぶん同年代だろう。

 びたっと視線がぶつかった、と思いきや、びくっと震えてまた俯いてしまった。

「そんな目で、見ないでください……」

 見てない見てない。普通の目だ。

「何も見てないよ。君は、その、モウゼンやアンゲリカと一緒に行かなくていいの?」

 さりげなくアンゲリカも付け加えてみる。

「……」

「……」

「……」

 へんじがない。ただのしかばねのようだ。

「……」

「……」

「……で?」

 ふさふさしたとんがった耳だけがやたらせわしなく動いている彼女は、じっと俯いたままようやく答えてくれた。

「私は、ヨモギさんやイブキさんの、その、お世話をすることになっていると言うか……」

 ちらっと僕の方を向いたかと思うと、俯いたままさらに頭を下げた。

「テテアンヌ・クランクラと言います。……テテでも、アンナでも、アンヌでも、どうでもいいです」

 どうでもいいのか。

「じゃあ、テテにする。グラン少佐も世話役とか言ってなかったっけ?」

「あの人は生活全般何にもできない人……。戦闘に関しての世話で、私は、身の回りの世話と言うか……」

「うん、そう、か。何にもわかんないけどよろしく」

「……と言うか、モウゼン代行官を怒らせて何してくれちゃってるんですか!」

 突然口が回り出したかと思うと、テテはぐわっと頭を持ち上げた。

「黙って聞いてれば何ずけずけ言ってくれちゃって! ほんと、自分の立場って解ってるの? ヨモギさんのことを考えてモノ喋ってよ! ついでに間に立つ私のことも!」

「は、はい」

 思わずテテの勢いに飲まれてしまう。彼女はなおもまくし立てながら、絨毯の上を膝立ちで僕を押し倒す勢いでずりずり迫り来る。

「いくら自分が特別だからってさっきのアレはいくらなんでもアレ過ぎる! 元の世界に帰れなくなったらどうするの? そもそも代行官に喧嘩売って何がしたいの!」

 テテの剣幕に圧されて、僕は狭いテントの中で後退を余儀なくされたが、すぐに壁に阻まれて退くに退けない状況に陥ってしまう。ここが攻め時とばかりにテテは僕からマウントポジションを取った。

「イブキさんは目立たず派手に暴れず、代行官の言う通りさくっと勝って気持ち良く元の世界に戻れば全て問題なかったのに」

 つるりとした肌のおでこを僕の前髪に押し付けて、テテは僕の目をじっと睨み付けながら押し殺した声で凄んだ。

「あ……。ごめんなさい」

 しかし急に謝りだしてまた目線を反らして俯く。馬乗りになっていた僕からそうっと降りてすぐ隣にちょこんと小さくなる。

「私、あの、ごめんなさい。興奮しちゃいました」

 テテは俯いたままアンゲリカの尻尾の肉が刺さったフォークを掴み取って黙々と口に運び出した。

 いったい何が起こっているのか、僕はただただ唖然とするばかりで喋ることもできない。

「アンゲリカの尻尾のハーブ煮込みは、気持ちを、鎮める効果が、あるんです」

 口をもぐもぐさせながらテテは言った。それってアンゲリカの肉の効果じゃなくてハーブの効能だと思うぞ、たぶん。でも黙って見てることにする。また興奮されたらそれこそ次は何をされるかわからない。

「……もう、大丈夫です」

 こくん、口の中のお肉を飲み込んだようで、テテはまた自分のポジションに戻っていった。

「もう、喋っていい?」

「……はい」

「恐縮ですが、わかりやすく最初から説明していただける と、こちらとしても大変助かるのですが」

「わかりにくくて、ごめんなさい。……て言うか、何から説明したらいいか……。何から聞きたいですか?」

 何からって言われても、何にもわかんないんだよ。とりあえず、僕はさっきのテテの剣幕から幾つかキーワードを拾ってみた。

「元の世界に戻る、云々の辺りから、お願い」

 よもぎ先輩はここが彼女自身の夢の中と言っていた。しかしそのよもぎ先輩そのものが僕の夢の登場人物の一人に過ぎないって可能性もある。と、思っていた。でも、どうやらその線は薄そうだ。本気でここは異世界のような気がする。だとしたら、元の世界に帰る方法はとてつもなく大切な情報になる。

「簡単です。私達がポータルを開いて、イブキさんがそこに入れば……」

 ポータル。異世界へのゲートみたいなものか。

「……たぶん」

 そこでたぶんとか言って目を反らすな。

「たぶんじゃ困るよ」

「……じゃあ、きっと」

「意味変わってないし」

「……だって、ポータルを一番確実に開けられるのは、モウゼン代行官ですから」

 なるほど。だからあそこまで強気でいられるのか、あのおっさんは。元の世界に帰りたければ言うことを聞けって訳だ。

「潜行士見習いの私じゃ、まだ10回に1回くらいしか狙い通

りのポータルを開けられません……。て言うか、閉じられないし……」

「センコウシ?」

「……この世界とは、軸が違う世界に通じる闇を潜る者、のことです。昔は、一括りに魔法使いって呼んでいたらしいですけど……」

「テテはその潜行士って魔法使いの見習いなのか」

「……見習いでごめんなさい」

「いや、謝んなくてもいいと思うよ」

「でも、すっごくラッキーなんです」

 むくり。頭をあげるテテ。六本の三つ編みがぴょこんと揺れる。興奮してきたか?

「だって、潜行士になって初めての代理戦総会でこんなすごい戦争代理人の付き人になれたんだもん」

 澄んだ青い瞳がキラキラ。形のいい小さな鼻がプクプク。

「ヨモギさんはあんなにキレイな人ですっごい躍動的な音を奏でるし、イブキさんだってかっこいいし楽器を構えた立ち姿なんてもーやばいって!」

 さて、アンゲリカの尻尾のハーブ煮込みに出動願おうか。僕は黙って尻尾の肉をフォークに突き刺した。

「今までは観客として闘技場に来ていたんだけど今回は客席を見上げる位置で奏者と同じ目線で応援できるなんて! それにヨモギさんの音楽だけでもギャンギャン言ってるのにイブキさんの深みのある音が加わってシビレまくり!」

 はい、尻尾。テテの息継ぎのタイミングを見計らって尻尾の肉を差し出してやる。

「あ……。またやっちゃいました……」

「いやいや、気にしなくていいよ」

「イブキさんって優しいんですね。まるでシェヌーみたい……」

 テテは少し頬を染めて身体をくねくねさせて言った。

「シェヌーって?」

「自分のエサを周りの仲間に分け与える草食動物……」

 だと思った。

「アンゲリカが好んで食べる獲物でもありますが……」

 それは余計な情報だ。

 素直に受け取ったお肉を頬張るテテ。ちょっとめんどくさい子だけど、おもしろいからもう少し責めてみよう。

「でさ、僕のこと特別って言わなかった? どういう意味?」

 口をもぐもぐしながら今度こそ真正面から僕を見据えてくれた。何か言いかけたが、まだ咀嚼中のようで小さなあごがよく動いている。こくん。大げさなアクション付きでお肉を飲み込む。そしてテテは慎重に自分をセーブしながら喋りだした。

「普通の奏者は、私達がポータルを開けて、そこからこちらにきてもらいます」

「うん。今聞いた」

「でも、ただのお客さんって訳じゃなくて、戦争代理人として召喚するので、ある程度奏者としての素質がないといけません」

 興奮は控えめなようだ。ちゃんと目を見て話してくれるし、早口になってため口になることもなさそうだ。意外とアンゲリカの尻尾には本当に鎮静効果があるのかもしれない。見てるとおいしそうに食べるし。

 でもアンゲリカは未知な動物なので食べたくない。なので僕は果物の煮汁に浸したパンのようなものを食べながら先を促した。

「まあ、それがこの世界の特殊なところだろうね。で?」

「で、そこが、一番気を付けなければならない点です。もしも、召喚した奏者が、邪悪な心を持った野蛮な種族で、私達が太刀打ちできないほどに強い力を持っていたら。いったいどうなると、思います?」

 テテは両手を胸において少し身を縮めた。

「シェヌーの群れにアンゲリカを放り込むようなもの、かな」

 仕入れた知識を早速使ってみる。テテは俯いて小さく頷いた。

「……はい」

 テテは一度目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をした。そしてきゅっと釣り上がった眉毛をさらに険しくして僕を真正面から見つめた。

「だから、召喚する奏者は、適度に弱い存在でないとならないんです。ヨモギさんのように」

「よもぎ先輩のように弱い存在って?」

「……ごめんなさい」

 小さなテテがさらに小さく見えた。

「武器で脅して言うこと聞くように、とか?」

「……はい。ずっと昔から続いているシステムだと、教わりました。彼らは、奏者は架空の存在。実在しない存在。召喚して、戦争代理人として、戦うことを強要します。従わなければ、その……」

 テテはその先を言わなかった。きっと気の小さな彼女には言えなかったんだろう。とても残酷な言葉を。

「だから、モウゼンには逆らうなってことかな?」

 僕はできる限り優しく声をかけた。僕の中に湧き上がった怒りをテテにぶつけるのは筋違いだ。彼女には何の罪もない。そういう世界に生きているだけだ。

 先代の王が倒れた時に分断された兄弟国だとグラン少佐は教えてくれた。元々は同じ国民、同じ軍隊だ。それらを互いにぶつけ合わせても国そのものが疲弊するだけで何の解決にもならない。異世界から代わりに戦争をする兵隊を召喚すれば、そしてその存在をこちらの意のままにできれば。確かに国を統治する者にとってはおいしいシステムだ。

「よもぎ先輩がそんなに弱い人だとは思わないけど、そのよもぎ先輩よりも弱い立場にいる僕が何で特別なの?」

 テテは怒られている子供みたいに肩をすぼめていた。なんか見ているこっちが気の毒に思えるくらい小さく見える。

「はじめは、ヨモギさんとエルミタージュさんの、二人での代理戦総会でした」

 敵側のエルミタージュもさん付けで呼ぶあたり、この子はいい子なんだな、と思う。

「でも、引き分けばかりで、弟王側の提案で、もう一人奏者を召喚することになって……」

「バローロか。身体は強そうだけど気は弱そうだもんなー」

 テテはこくんと頷いて続ける。

「ヨモギさんは、見ず知らずの異世界の奴とペアなんか組めないって、最初は一人で戦ったんだけど、やっぱり引き分けで……」

「で、僕の登場?」

「ヨモギさんは、絶対信頼できる、頼りになる人がいるって、その人を連れてくるからって、そう言ってきかなかったんです」

 少しドキっとした。信頼できる。頼りになる。よもぎ先輩は僕のことをそんな風に思っているのか。

「その人は、ヨモギさんの忠実な部下で、何でも命令通りだって、そう言ったから……」

 いやいや、騙されるところだった。あながち間違いとは言えないが、表現を変えるだけでがらり印象が変わるぞ。

「後でよもぎ先輩に問い詰めとくよ」

「モウゼン代行官も、それを許したんです」

「で、僕が召喚されたって訳か」

 しかしテテは首を振った。濃い金髪の三つ編みがふるふる揺れる。

「ヨモギさんもエルミタージュさんも、バローロさんも、召喚された人だけど、イブキさんは、違うの……」

「どう違う?」

「イブキさんはヨモギさんが連れてきた。つまり、言うなれば、喚んでないのに、勝手に来ちゃったんです」

 思わず転けそうになる。勝手に来ちゃったって。

「モウゼン代行官が、パワーを抑えて召喚した弱い奏者と違って、勝手にやって来た未知数の奏者。そして戦闘が始まれば、あの、黄金の獣……」

「ハイペリオンだ」

 テテは自分からアンゲリカの尻尾を口に運んだ。また興奮してきたのか。

「すご過ぎます。強過ぎます。美し過ぎます。無敵です。この世界にイブキさんを、ハイペリオンを倒せる者はいません」

「いやいや、褒め過ぎ」

「モウゼン代行官も、そう思っているはず……。イブキさんを利用して、何か、流れを変えようとしている。私には、そう、思えるんです……」

 ふと、グラン少佐の言葉を思い出した。

 兄王様はもう長いこと患っている。

 得体の知れない何かが、どす黒い霧とともに迫ってくる。そんな不安が僕の胸の内に芽生えた。異世界に召喚されただけでも尋常じゃない事態だってのに、とんでもなく厄介なことに巻き込まれようとしている。いや、もうすでに巻き込まれている。

 シルクのテントの外に目をやると、篝火の揺れ動く薄明かりの中、よもぎ先輩がステージで楽しそうに手を振っているのが見えた。

「よもぎ先輩には、それを話した?」

「まだ、時間がなくって……」

 テテもテントの外のよもぎ先輩を見つめていた。と、思い出したようにぐるんっと勢いつけてこっちを向く。

「あのっ!」

「はいっ?」

「ヨモギさんが言ってました。イブキさんは、眼にマジックアイテムを装備していて、私達に見えないモノを見ているって! それって、それですか?」

 興奮気味のテテが僕の顔を、正確には僕の眼鏡を指差して言った。

「マジックアイテムって言えば、そうかも知れないけど」

 いくらファンタジー世界の文化レベルでも凸レンズくらいは存在するだろう。眼鏡まで進化してるかどうかわかんないが。

「よかったら、私に、ちょっとだけ、貸して、もらえませんか?」

 青い眼がすっごいキラキラしている。こんな瞳でお願いされて断る男はこの世にいないだろう。ついつい眼鏡を渡してしまう。

 テテはごくりと生唾を飲み込んで眼鏡をかけた。ちっちゃい金髪三つ編みおでこ眼鏡っ娘だ。属性付きすぎだぞ。

「キャーッ」

 悲鳴と言うか、歓声を上げるテテ。シルクのベールを持ち上げて外を見まくる。

「何これ! きゅーっと来ます! きゅーっと! すごいすごい!」

 度の合わない眼鏡をかけた時のあの目眩に似た感覚のことだろうか。きゅーっとって。生まれて初めて眼鏡を装着したら、確かにきゅーっと来るかも知れないな。

「これがイブキさんの見ている世界ですか! くっきりすっきり鮮やかです!」

 視力悪いのかな、この子も。魔法の勉強ばっかしてきたのだろうか。

「そのマジックアイテムは僕専用なんだよ。僕の世界に来ればテテ専用の眼鏡を作ることできるよ」

「メガネって言うんですか! 欲しいです! 欲し過ぎ!」

「じゃあ、僕とよもぎ先輩が無事に元の世界に帰れたら、テテの眼鏡を作ってあげるよ」

「本気ですか?」

 本当ですか、じゃないんですか。

「うん、本気。そのためにテテには頑張ってもらわないと。モウゼンの代わりにポータルを作れるくらいの潜行士にならないとな」

「やっちゃいます! 私頑張ります! 必ず二人を元の世界に返して、私専用メガネを手に入れます!」

 



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